3.占領軍総司令部から参りました
戦争なんてものは、突拍子もなく始まって、あっけなく終わるものだ。
四重帝国と連邦による十五年もの〈終末戦争〉も、そんなものだった。
連邦の兵士たちが帝都に軍靴の足音とライフルの銃声を響かせ、マギア・クラフトによる破壊と蹂躙をはじめたとき、帝都の守備隊は抵抗らしい抵抗もできずに瓦解し、皇帝を守るべき陸軍近衛師団はあっさりと降伏した。
精霊女王ティターニアの眷属たる地・水・火・風の四色精霊の末裔を自任する四つの帝国が併合して生まれた四重帝国は、間違いなくこの世界で最も繁栄していた国家のひとつだった。
それがまるで幻想だったかのように、数日で歴史から姿を消すことになったのである。
敗戦をもって、四重帝国は占領帝国となった。
連邦は占領軍総司令部を新たに組織し、広大な版図に占領軍を進駐させた。
敗戦国である四重帝国の国民にとって不幸中の幸いだったのは、皇帝と軍があまりにもあっけなく降伏したため、数世紀の歴史をもつ帝都が焦土になることを免れたことくらいだ。
「神父様! いらっしゃいますか、神父様!」
重厚な木製の扉を激しく叩く音が、静謐な朝の空気を壊している。
扉には旧四重帝国の国教である、四色精霊とその女王を崇めるハーケン聖教の四菱の紋章が見事な細工で彫り込まれていた。
太陽が昇ったばかりの帝都にまだ人影はなく、教会の扉を叩く女は信徒にしては剣呑だった。
連邦軍の漆黒の軍服を着て、腰にはサーベルを帯びている。
襟には中尉の階級章。
胸元にはいくつかの勲章を授与したことを示す略綬が輝いている。
銀灰色の長い髪は、ガルーであることの証明だ。
「ファル、近所迷惑だからやめなよ」
ラスティはあくびを噛み殺し、扉を叩き続ける女に言った。
わずかに幼さが残る顔つきと体躯は、敗戦を知った一年前とあまり変わっていなかった。
変わったことと言えば、彼はいま連邦の軍服を着ているということだ。
そして、彼に敗戦を告げたガルーの女――ファル・ソルベルグ中尉と同じ組織で働いている。
占領軍総司令部で。
「仕方ないわね」
ファルは嘆息すると、腰のサーベルに手をやった。
力づくで扉を破壊するつもりらしい。
「まってまって。すぐに腕力に訴えるのはやめなって。脳筋なんだから」
「誰が脳筋ですって?」
首をぐりんと回して、ファルが睨んでくる。
唇をわざとらしく尖らせて、実に不満そうだ。
「自覚がないなら鏡を見れば?」
「ふーむ……どこのモデルかと思ったわ」
手鏡を軍服のポケットから取り出して、彼女は満面の笑みを浮かべた。
わざとらしくウインクする。
「休日にスカウトされたことだってあるのよ?」
「ついていったら絵画買わされるってやつじゃないの?」
「はあ、まったく。君は子供だから、私の魅力がわからないのね。やだやだ」
「僕を殺そうとした女の良さなんてわかりたくもないよ」
ラスティは冷めた視線をファルに送った。
一言で言うなら、彼女は美人には違いない。
すらりとした長身はバランスよく鍛えられ、無駄なぜい肉とは無縁だった。
美しい銀灰色の瞳、長いまつげ、整った鼻梁と顎のライン。
大きく口を開けて笑うと愛嬌があるし、黙っていれば大人びたクールな雰囲気になる。
それでも戦場で見た暗い狂気と獣の笑みが、彼女の本質には違いなかった。
「そんな連邦共通語訛りのエレメンタル語で呼びかけたって、出てきやしないさ。心当たりがあるなら、なおさらね」
今度はラスティが扉を控え目に叩いた。
「神父様、連邦の兵隊はもういきました」
精いっぱい哀れな子供を演じる。
四重帝国の国民たるエレメンタルであることがすぐにわかる、ルーベル訛りだ。
「僕はなにもしてないのに、兵隊に追いかけられて、ここまで逃げてきたんです。神父様、助けてください。兵隊は凶暴なガルーの女で、見つかったら食べられてしまうんです。あいつは僕を探しているんです!」
「失礼ね。食べるわけないでしょ」
ファルの苦々しいつぶやきを無視して、ラスティは静かに泣くふりをした。
やがて木製の扉がわずかに開くのがわかった。
「哀れなルーベルの子よ、あなたの母たる精霊女王は、決してあなたを見捨てたりはしませんよ」
静かで威厳に満ちた神父の声が聞こえる。
ハーケン聖教が崇める、黒の精霊女王ティターニアの御使いにでもなったつもりか。
「いいえ、神父様」
ファルが扉の隙間に軍靴をねじ込むなり、力任せに割って入った。
「あなたの神は大変な試練をお与えになりましたね。いま、ここで」
突き飛ばされる格好になった神父が、たたらを踏んで木の床に腰を打ちつける。
質素な長椅子が並ぶ、薄暗い礼拝堂。
一番奥には精霊女王ティターニアの偶像が恭しく飾られている。
精霊世界〈ネバーランド〉から精霊女王と地・水・火・風の四色精霊たちがこの地を訪れ、人々に叡智と四色精霊のマギア・クラフトの力を与えていく旅の様子を表現しているステンドグラスは、まだ陽光が届かずにどこか陰鬱だった。
中年の神父はぎょっとして、青色の目を見開いていた。
水と青色に象徴される、青玉の精霊人――サフィラスの典型的な特徴だ。
「ガルー……!?」
「ええ、そうですとも」
ファルは神父を見下ろし、笑った。
「占領軍総司令部から参りました」
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