34話 おわり方






 文体に癖はあったけど、全員の許容範囲だったらしく『息づく桜花』は変に叩かれることもなく、無事に批評を終えた。純粋に面白いとも言ってもらえたし、本当によかった。


 ぼくが批評をするもう少し前の日に、多田師は批評を終えていた。彼は今回の秋祭に出す小説を最高傑作だと語っていたのだけれど、読んでみると、なるほど、その自信も頷けた。キャラクターがいいとか、劇的にストーリーが面白いとかではないけれど、とにかく主人公とヒロインの空気感が包む小説で「違うな」と読者に思わせる何かがあった。


 先輩たちは、最後の作品になる。

 秋祭が終われば、彼らは引退だけど、きっと彼らは部室に蔓延り続ける。もちろんぼくは、そんなこと許さないけど。ここでスッパリと辞めてもらうのだ。その為の覚悟だって、もうぼくは決めていた。


 ーー絶対、追い出す。


 だから悔いの残らない作品を持ってこいよ、と思っていた。


 でも創作は難しいんだ。


 タカギ先輩は、この前のイベントの部誌にも小説を載せていたけど、批評をした多田師が、どこか無難というか、なんか……と言葉を濁していた。

 そして今回。彼女の最後の作品は、小説じゃなくて詩だった。

 詩を否定するつもりは全くない。詩は美しい。短歌だってぼくは好きだ。でも彼女は、小説が「書けなくて」詩を書いたのだと言った。それは妥協の詩だ。ずっと悔しそうに、苦笑していたタカギ先輩の表情を忘れない。多田師とこっそり誓い合った。来年のぼくらは悔いの残らない作品を出して終わろう、絶対に。


 ドミノ先輩は、小説のようで小説じゃない、でも「後輩に想いを託すメッセージ性の込められた」散文を提出したけれど、1年生を潰したような人が書いても、何も響かないし、個人的にはそのメッセージ性を創作物にしっかり混ぜられたものこそが素晴らしいと考えているので、いいとは思わなかった。現に、ドミノゼミの女子2人は、あの図書館で話した日以来、めったに部室に姿を現さなくなった。もちろんぼくが無理して来なくていい、秋にはあいつらは引退だし、ぼくは追い出すつもりだから。と言ったからだけど。


 最後の作品という想いを、そのまま出すんじゃなくて、ちゃんと創作という形にしたい。そんな思いが強くなった。去年と同じように多田師に言う。最後の作品ってどんな感じなんだろうな。

「ああはなりたくないな」

 と多田師は言った。うん、なりたくない。楽しい文芸部を作って、最高の部誌を完成させて、終わるんだ。


 ダイヤの原石、1年生たちもいい小説を提出していた。

 特に透明ちゃん。鬱と文学を融合させた小説で、後半では読者を騙す仕掛けまである。しっかり純文学の形をした文体に、エンタメ性まで混ぜてくるなんて!彼女の才能に愕然としながらも批評会では褒めまくってしまった。嬉しそうだけど、ちょっと困惑気味だった。

 いわく、読者を騙す仕掛けは私なりのミステリー小説だったらしい。

「先輩がミステリー書いてて、私もこういうのやってみたいな〜と思って」

 なんだか、今回ぼくがやろうとしていた純文学×ミステリーの融合をもっと高いレベルでやられた気がした。でも全然悔しいとかはなくて、ただただその輝きに触れていたいと思った。透明ちゃんのような才能あふれる人と同じステージで創作ができて、ぼくは本当に嬉しい。


 先輩たちの中では、唯一カザマ先輩だけが良く書けていて、心の中で(タカギ先輩、カザマ先輩のこと散々馬鹿にしてたけど、結局最終的にアンタは書けなくなって、カザマ先輩は普通に面白い小説書いてきたぞざまーみろ!)と思った。

 カザマ先輩の小説自体に憧れたわけではないけど、こういう終わり方をしたいと思った。カザマ先輩の小説は自分の好きが詰まっている。迷いがない。書きたいものを小説という形にして書いて、それなりに面白い。ぼくも書きたいものを小説という形にして書いて、他人に面白いと言われたい。タカギ先輩は書けないし、ドミノ先輩は形になっていない。2人が、批評のたびに馬鹿にしてきた同級生は、どちらも書けていますけどね、と言ってやりたい。


 

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