33話 リベンジ





 部室棟二階の真ん中に文芸部の部室はある。部室前にかわいい猫と共に文芸部と書かれた立て看板があって、ふぅ、と一呼吸してから部室の扉を開ける。

 新たに息づいた新入生の気持ちで、ぼくは批評に臨む。


「今日はぼくですね。批評、お願いしたいです」


 と言うと、何人かが手を挙げて読みたい!と期待してくれるのは嬉しい。タカギ先輩も手をあげていた。ブルーで散々言ったくせに、なんだかんだ読みたいんだな、日常ミステリーだからか?と思いながら小説を渡す。もちろん多田師にも。それから何人かの1年生と先輩に渡して、時を待つ。


 そして暫しの無言。


 無言は読むことに集中している証だから仕方ないのだけれど、でも沈黙はいつだって怖い。しずけさが支配した空間では、何の音すらも許されないような気がして、自習やテスト当日の時の静かな空気を苦手としていたぼくは、批評と合わせて二重のストレスで苦しくなって、部室を出た。


 やっぱり批評は怖い!


 部室からずいぶん離れたB館の自販機前でえずいて、焦る。なんとか取り出した小銭を詰め込むように自販機に流し込んで、りんごジュースを買って、吐き気ごと飲み込むようにごくごく音を立てて飲んだ。秋になって、日の入も早くなって周りが暗いから、座り込んだりしていた。どうやったってしんどい。


 息づく桜花の手応えで、ダメならーー考えるだけでも逃げ出したいくらいの恐怖。怖くて怖くて、Twitterで呟く。この読まれている十数分間の正しいしのぎ方を知らなくて、ずっと怖い。ブルーの時のように小説未満の烙印を押されたら?1年女子のように変な風に解釈されて笑われたら?絶対にないとは思っても、悪い妄想が止まらなかった。ブルーを提出して最後に批評したのが2月で、実に半年以上ぼくは批評を受けていなかった。

 ずっと書けなかったのは、プロットが面白くないとか、やる気がないとか、そんなもんじゃない。底無しの恐怖だけがあった。


 先輩の批評に対する怖さもあるけれど、それ以上に1年生にこんなもんかと失望される恐怖も膨らむ。




 でも、楽しく書けただろう?


 今までにない感覚を味わうくらい、いい書きっぷりで小説が完成した。それだけでも、本当に今回は収穫があったよな、そうだよな、ぼくをなだめるぼくに納得した頃には落ち着いて、どうにでもなれ!と部室に向かって走り出していた。吐き気と不安と空想に苛まれて、時間感覚もわからなかったので、もうとっくに読み終わってるかもしれない!と焦って風を切って全速力で戻って部室に飛び込んだけど、まだ読み終わってない人もいて、ちょっと安心した。


「池添」


 とタカギ先輩が呼ぶ。もう怖くない。頷きながら、読みました?どうでしたか?と聞くと、タカギ先輩は驚き半分、にやけ半分の表情で、瞳だけをくわっと見開き言った。




「いや〜、めっちゃよかった!」



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