35話 ブレーキのない車







 秋祭は、何事もなく終わった。

「引退かー」とブースで呟いていた先輩たちの言葉を信じない。どうせ形だけの引退をして、部室に残るつもりだろう?絶対そうはさせないからな、とドロドロした感情を溜めていた。




 そして、秋祭終わって最初の部活。


 いつもこの日に、幹事職などの引き継ぎがおこなわれて、今後の予定とか方針を話し合ったりする。だから、引退してようと3年は来るのだ。二個上の代はこの日を境に来なくなったけど、こいつらは来そうな雰囲気しかない。

 でも、絶対に許さない。


 ぼくらはずっと耐えていた。無能なくせに偉そうで迷惑しかかけない批評もだめ文芸部らしいこともしない先輩たちに、ずっとついてきた。だから今日を境に、もう二度と関わらないでくれませんか。

 そんなお願いが通じる奴らではないだろう。




 ぼくは少し前からたびたび多田師に言っていた。

「あいつらを追い出すよ」

 冗談でもなんでもなく。

 どうやって追い出すかについてはシンプルだった。


 ぼくには「盾」がある。

 ぼくらが受けてきた仕打ち、ストレス。それをきっと先輩たちも自覚しているだろうから、ぼくがもう来ないでくださいというのは「正当防衛」なのだと思っていた。何を言われても、ぼくらは正当防衛をしているだけなのだ、と。


 でも、心のどこかでは「追い出す」という行為に抵抗があった。


「来るな」「帰れ」みたく、人が人を強制させる言葉を言い放つ苦しさは、言わなくてもわかる。つらい。怖くて、身体中が震えるかもしれない。相手の刺すような視線も、周りの目も、なんだって怖くなる。

 だから常々多田師に言っていた。


「もし、あいつらを追い出すことになったらさ、ぼくらの代もさ、引退したらもう二度と部室に来ないようにしよう」


 これは訳すと、追い出す側の罪を償うつもりなのだけど、多田師と同じ追い出す側だから罪を被るかい?という質問だ。


 多田師も、先輩にはかなり迷惑しているし、追い出すことには賛成している。だからだろうか。

 わかった、と言った。


 本当に一番いいのは、先輩たちがもう二度とここに来るつもりがないという結果だ。でもそんなわけがない。チラチラと言葉にしていた。まあ一応引退だけど、まだ時間はあるし……。


 一応ってなんだよ。


 お前らが散々かけてきた迷惑を自覚して、もう来ないでくれよ。


 嫌われてることもわからないのかよ。


 そう毒づいてやりたくなったのを、ずっと堪えてきたんだ。

 今日引退してもらわないと困る。






 そして、幹事職の引き継ぎが始まった。今日から新生文芸部始動ということで、久しぶりにKさんも部室に来ていた。先輩もドミノ先輩がいないくらいで、ほとんどがいた。

 ぼくが会議の司会進行なので、ホワイドボード前に立つ。

「まずはじめに、先輩たちは今日で引退なので、一人一人挨拶してもらってもいいですか?」

 先輩たちが何か挨拶する。おわり。次に、新しく幹事につくぼくと、1年から副幹事と会計につく2人が挨拶する。おわり。さあ、会議を続けよう!とぼくはどんどん今後の予定をホワイトボードに書いていく。


「色々取り組みたいとは思いますが、まず創作に関するゲームをやりたいです。これは何回かテストでやってみたんですけどかなり面白いんで、文芸部の活動に組み込みましょう。詳しくはやる時に説明します。あと、他にも企画として……」


 とホワイトボードに企画を羅列していく。Kさんが「ちょっと待って」と言う。

「どうした?」

「ゲームとかの企画はいいけど、それ来れない人は参加できないし、なんか置いてきぼりになるくね?」

 は?なんで来ないやつに合わせて活動しないといけないんだ?と思いつつ、「いや……なんで?たまに来たときに、参加すればいいだけじゃない?」と返す。Kさんの真意は手にとるようにわかる。自分が来ていないうちにどんどん部活のシステムや企画が定着するのが嫌なんだ。彼女はいつだってそう。発案者側、中心側にいないとコミュニティに入れない。人についていくことが出来ないタイプ。でもぼくも似たようなもんか。だから、わかるんだ。

 構わず進める。

「あと図書館と連携した企画もいいんですけど、スケジュール的に部誌作るのが難しそうだなって」

 と言うと、タカギ先輩が「それは1月〜3月の春休みあたりでやるの?」と聞いてきたので頷く。


「じゃあ私たちもそれぐらいの時は暇だから、参加できるしそれなら足りるんじゃない?」


 ……。


 きた、やっぱりな。残るつもりだ。


 でも今日のぼくは、覚悟が違う。


「いや、先輩たちはもう引退なんで、関係ないですよ」


 とニッコリする。「は?」と先輩たち。「おかしくね?確かに今日で引退だけど」とゴチャゴチャ言う先輩たちを無視して、1年2年に向けて、会議を続ける。先輩たちはまだゴチャゴチャと何か言う。納得していない。

 知るかそんなこと!


「ちょ、池添!」


 とKさんが立って指差した。「お前ちょっとおかしいよ。焦りすぎじゃない?」


 と言った。


 ぼくはホワイトボードにペンを走らせるのをやめて、Kさんを見つめた。


 ああ、こいつはとことん……中心じゃないとダメなんだな。ああ本当にこいつはもう仲間じゃないんだなと感情が溢れそうになる。


 思い出す、春祭前のこと。部室に乗り込んで、タカギ先輩をおろそうと叫んだ日のこと。そうか、とぼくは納得した。あの日革命をしたら、その革命の中心はKさんなんだ。でも、今日ここでぼくが追い出したら、Kさんは蚊帳の外なんだ。だからだろう?と言葉の槍でも刺してやりたい。


 Kさん含む3人で、秋まで耐えよう!って言ったのは覚えてないんだなぁ。Kさんが何かぼくに言っている間、ぼんやり考える。秋まで耐えたら追い出すんじゃなかったの?なんでお前はぼくにおかしいなんて言える?タカギ先輩をあの時期におろそうとしたお前の方がよっぽどおかしいよ。

 先輩たちは今日で引退なんだから、追い出されて当たり前だよ?


 ぼくは「引退」という正当防衛に使える鋭い盾を、Kさんと先輩たちに構えていた。


 そのうちぼんやりとしたKさん先輩連合軍とぼくの言い合いは平行線を辿って、会議は終わって、睨むように先輩たちは部室を出て行った。こういう時に文句を言うのが、タカギ先輩などなどのぼくが嫌っていた奴らで、カザマ先輩なんかは会議の時いつもうるさいのに今日は黙っていたし、すんなりと帰った。

 自覚がないって本当に怖い。いや、嫌われてる事実を認められないから、こんなでかい態度で居座り続けようだなんて思えるのだろうか。


 先輩たちが出て行って、その場に座り込みたかった。1年たちの俯いた顔と、敵意むき出しの先輩と、もどかしそうなKさんの視線に刺されまくったのが、今になって効いてきたようで、足がすくむ。もしかしたらここに立っている間、ずっと震えていたかもしれない。でも、震え上がるような怒りを、ぼくらはずっと我慢してきたんですよ、先輩。


 それからKさんがぼくに低い声で話しかけてきた。周りの1年なんかは、気を遣ってぼくらの近くには寄らない。

「焦りすぎだろ、強引すぎる」

 などとKさんは言う。もう、ぼくはKさんにも、うんざりだった。


 強引なのはわかってる。だからぼくは、引退したら同じように部室には二度と来ない。


 焦りすぎなんて、お前に言われたくない。春の時点で幹事をおろそうとしたお前には、言われたくない。ぼくは適切な時期に正当な理由で追い出したまでだ。


「関係ないだろ」


 とだけ、ぼくは言い放った。


「関係なくない」


「お前、あいつらがどれだけのことして耐えてきたのか、情報だけ聞いてるだけやん。お前は部室に来ないじゃん。1年だっていつもの先輩たちの雰囲気に常に迷惑してる。Kさんが慕ってるドミノ先輩だって、女子にパワハラセクハラ。知ってたか?お前。部室に来ないくせに、何も分からないのに、偉そうに言うな」


 俯きながら話していたのをやめて、思い切り視線を合わせてやったら、


「あっそ。じゃあ退部届けだけ出しといて」


 と低い声で言って、Kさんは部室を去った。





 少しして、Kさんが座っていたところに多田師が来て、おつかれ、と小声で言った。


「ごめん、Kさん退部した」


「まじか……それは痛いな」


 痛いっていうのは、文芸部的に?それとも創作的に?という視線を多田師にぶつけたら、「書ける人がいなくなったのは痛い」と呟いたので、ちょっと面白かった。どこまでも彼はストイックなんだなぁ、と思う。


「ぼくはさ、言ったこともやったことも間違いなかったと思ってる。それに、今日は最悪だけど、文芸部もこれからは平和になると思う。でも、多田師的には、どう思う?やり方、間違ってたと思う?」


「んー……強引、すぎたとは思う。でもあれしかないと言えば、あれしかない」


「そうか……」


 でも、本当に強引にやる以外、思いつかなかったんだ。引退と今までの最低な出来事っていう盾を携えてぶつかっていく方法しかぼくにはわからなかったんだ。


 別にぼくが嫌われたっていい。

 あいつらがいる部室で、部活を続けるくらいなら、ずっといい。

































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