22話 続々と1年生
先輩たちも流石は経験が違う、といったところか。
3日目、4日目にして1年生が続々と文芸部の扉を叩きはじめた。純粋に小説が好きなのか、テキトーに見学に来たのか、文芸部を示す看板の猫につられたのか、理由はどうでもいいけれど来てくれて嬉しい。
SFにしか脳がないSFくん、TSが好きなTSくん、ゲームと猫が大好きなネコくん、元文芸部・なんでも読みます雑食くん、それから女子も2人ほど見学に来てくれて、よりどりみどりの1年生、全員入部してくれ!と強く思った。
「今年めちゃくちゃ1年来るなぁ」
ある日の帰り道、多田師と大学近くの川沿いで話すのが日課になっていた。1年の頃は作戦会議室にしていた図書館から、今は部活終わりの川沿いに変わっていた。
「まあ自分たちの時も見学には来てたから。批評のせいで人数減ったけど」
「確かに」
来すぎても部室が狭くなるなぁ、と思う反面、やっぱり1年がたくさんいるのは盛り上がるし嬉しい。というか6月になって、批評が始まったら、ここから何人が幽霊部員になるか、わかったもんじゃない。
多田師は人数どうこうにそこまでの嬉しさは見せない。彼はあくまで書ける1年が何人いるか、という点に重きを置いてそうだ。ぼくは基本的には能天気、楽観的、意外とポジティブな人間なので、どうせ1人ぐらい書けるやつはいるだろうと踏んでいた。一個上のやつらがなぜあんなにも小説が下手なのかさっぱりわからない、と思うぐらいには。でもタカギ先輩なんか、文章自体は下手ではないし、もっと気持ちとか、感情とか、うまく織り交ぜて作ればいいのになぁ……と思う。面白さを追求するにも中途半端だし、好きがそこまで込められてる感じがしない。カザマ先輩だけだ、好きに全振りしてるのは。
ぼくはというと、日常ミステリーのプロットを書き始めていた。エターナルビューティが届いたのを知って、やっぱりミステリーだな!となった。でも、読む分には純文学小説の比率が多くなっている。ミステリーも純文学も好きだけど、書けるのはミステリー、でも真に書きたいのは……?ぼくもずっと悩んでいた。最近のタカギ先輩たちが、負けたあの日からぼくらにプレッシャーを感じて、「好き」と「面白さ」の間で苦しみもがいて、どんどん書けなくなっているのを知っている。ぼくもそうなんだ、挫折したあの日から、どうにも中途半端で。だから先輩たちが苦しんでいるのが痛いほどわかる。
そして1年の新たな才能に、新たな輝きに触れて、どうなるだろうか?
ぼくは、負けない。
たとえ隣で光るのが一等星だろうと、ぼくは星であり続けたい。その輝きが六等星であったって構わない。
だってぼくは、この文芸部を変えなきゃいけない。
このままの文芸部だったら、一等星の才能だって潰されかねないのだ。あの変な批評のせいで。
また次の日も部室。「お疲れ様です」と入ると、緊張した目つきで「お疲れ様です!」と1年生の挨拶が返ってくるけれど、これが目を合わさずテキトーに「おつかれーっす」みたいになるのはいつかなぁ……なんて思っていた。
大体10名以上の部員が入部を希望していて、部室もかなり賑わいを見せている。今、勝手に3年から批評なんか教わってたらどうしよう、と一縷の不安を抱きつつも、さすがに白玉関連と1年生の勧誘で忙しいからか、文芸部文芸部した活動をしよう!というより、仲良くなろうぜ!という雰囲気で包まれていた。春を感じる。
コンコン、とまた扉が叩かれた。ぼくはゼロ太郎という帰る方向が一緒の1年と仲良くなって、雑談に花を咲かせていたので、タカギ先輩が「どうぞ!」と対応していた。ちら、と確認すると、女子二人組で、以前見学に来てくれた女子二人組とはまた別だった。しかもそちらはもう入部を決めている。
今来た子は、1人がショートヘアのお洒落な女の子で、イマドキ感溢れる印象だった。ここが華やかな文芸部なら紅茶でも飲みながら「うふふ」と春の陽気が心地よく……なんて会話でもしていればいいのだが、ここは殺伐とした文芸部。華なんてものは存在しない。以前来た女子二人組くらいだ。
もう1人は全然喋っていない。ショートヘアの子がほとんど受け答えしている。ああ、そういう百合カップルね、手繋ぎながら部の見学に行って、どれにする?と行って、最終的に決めるのは大人しい子の方で、一見ショートヘアの方がお姉ちゃん気質だけど、本当は……
という妄想が広がっていた。現実には2人は手など繋いでいないし、百合の雰囲気もない。
対応していたタカギ先輩とも特別盛り上がってる様子もなく、ちょっとしたら帰っていったので、ぼくが「どうでした?」とタカギ先輩に聞くと、「あの子たちは……入らないんじゃないかなぁ多分」とはにかんでいた。
「ぼくもそう思います」
おおよそタカギ先輩は、ああいうイマドキ系の子が来る部活ではないと感じていたのだろう。全く同意見である。
また日が変わって、本日も活動日。
恐れていた事態は本当に突然くる。
タカギ先輩は、多分精神的な何かでかなりストレスを抱えている日があるのだが(いやもう早く帰れよと本当は言いたい)、例によってカザマ先輩が火に油を注ぐ。
「ああーーイライラするーー」
と突然、発作のように言い出したタカギ先輩。
「タカギさんどうした!?」
と瞬間的に反応したカザマ先輩。まずいと思った時にはもう手遅れ。「なんでもない!お前さぁ、まじでその毎回どうした!っていうの本当うざい。やめろって何回言ったらわかるん?ほっといて!」
いやほっといてって言うなら最初からご退出願いたいのですが……と思う気持ちと、カザマ先輩ももう10回目くらいだからやめようぜ……と思う気持ちがせめぎ合う。というか、今、1年が1人いるから、まじでやめろ。
隣の1年、SFくんをちらと見る。
ずーっとパソコンをいじったまま微動だにしていない。
そのうちタカギ先輩が一旦部室を出たので、SFくんに「ごめんね空気悪かったでしょ」と手を合わせたら「まぁ……」とどうでもいい反応をされたので、サイコパスで助かった、という気持ちと、こいつもやばいんじゃないか……?という気持ちが共存していた。実際、ちょっとSFくんはコミュニケーションが取りづらいので苦手だったけれど、今のところ無害なのでよし。空気とか雰囲気に繊細そうな女子もいなかったのでよし。
それからSFくん以外の1年もきたけれど、なんとなく微妙に空気が悪いまま部活は終わった。いや、今回みたくタカギ先輩がキレたのは4月になって初めてだが、なんとなく3年の空気が悪いのは察しがつくみたいで、帰り道が同じゼロ太郎に「あんまり言いたくないけど、どうせわかるから言うわ。3年やばいんよ」と言ったら、まだ正確にはわかんないですけど、と前置きしながらも
「やばそうな感じはしてますよ」
と言っていた。
ゼロ太郎は、この前見学に来たショートヘアの子みたいに、イマドキな雰囲気をまとう男で、イケメンで、低身長だ。スペック的に身長しか勝るところがないのでチビだなとさりげなくマウントをとったが、「俺あれなんすよ、低身長特有のチビ気にするって感情があんまないんすよね、シークレットブーツとか履きたいと思わないし」と言われたので完敗した。
彼はなんだか話しやすくて、つい今までの文芸部がどうだったかについて話してしまった。でも、「あくまでこれはぼく視点のことだから」と念を押しておいた。第三者から見ればまた違ってくるのかもしれないし、ぼくの意見だけで判断してほしくもない。
ただ、タカギ先輩含む3年は雰囲気を悪くしたり、明らかにやばい空気を醸し出すのが得意なため、1週間ぐらいすると「まあやばいっすね3年生」とゼロ太郎も言い出した。
今までは帰る電車までは多田師という味方が来れなかったが、ゼロ太郎は一駅違いという神のような後輩。彼にはどんどん文芸部に対するあれこれを話してしまっていた。次第に1年の中でもグループが形成されていたが、誰もが絡むのがこのゼロ太郎であったくらいには、喋りやすいやつだった。
かくして、文芸部1年のみを集めたLINEグループが出来上がるほどになった。
ーー次の日、多田師を作戦会議室に呼び出す。
「1年、入部者14人くらいだってさ、すげーよな、ぼくらたった4人なのに」
「すげーな」
多分、春祭が白玉屋台になったことに、多田師はかなりモチベダウンしている。1年が入部したからといって、何かが変わるわけでもなく、次にぼくらがやるのは白玉ただ一つ。
そんな文芸部を、ぼくは変えてやる。
「多田師、いいこと思い付いたっていうか、いい計画があるんやけどさ、企画名から言うわ」
「ほう」
とわざとらしく身を乗り出す多田師。さあ一体何を言い出すんだ池添くん、何やらかしてくれるんだい、面白いことで頼むよ、とでも思っているのだろうか。
「名付けて、『文芸ゼミナールプロジェクト』っていうのを、やろうと思うんよ」
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