23話 表裏一体






「ちゅうもくー」

 ホワイトボード前に立つ。ぼくは声が通らないし、自分の声が好きじゃないので、あまり大声を出したくない。なんなら威厳があるタイプじゃないので、人を注目「させる」のは好きじゃない。勝手に注目「される」分には嫌いじゃなかったりする。


「副幹事の池添です。今後の活動方針について発表したいと思います」


 さすがに4月。まだまだ1年生も大人しく聞いているし、異様なほどに静寂。今日はかなり人口密度の高い日だったから、計画を発表するにはちょうどよかった。


 ホワイトボードに、『文芸ゼミナールプロジェクト』と書いて、丁寧にペンを置いたら、息を短く吸う。


「文芸ゼミナールプロジェクトって企画をやろうと思っています」


 少し騒つく。どちらかというと、「ほう、面白そう」という声が3年からあがる。当然だ、ネーミングはお前らが好きそうなものを意識したからな。


「名前だけ聞くとピンと来ないだろうから、説明します。1年生はまだわからない方が大勢いるかもしれませんが、大学には教授ごとにゼミナールというものがあります」


 簡単に言えば、少人数制の学問に特化したサークルとでも思ってもらえればいいです、と説明する。伝わったのか、きちんと頷く1年生。頷いてくれる生徒っていいよなぁと黒板前の先生の気分。


「今、文芸部では白玉屋台の準備を進めているため、1年生はせっかくの文芸部に入ったのに、小説の書き方も学べないし、批評のやり方もわからないし、入った実感が得られてないことでしょう。6月には小説を書いてもらうと思いますが、いきなり書けと言われても難しいでしょう」


 確かになぁ、いつもは批評があるもんなぁ、とタカギ先輩。


「そうなんですよ。そこで文芸ゼミナールプロジェクトです。2年・3年を教授として、1年は希望するゼミに入ってもらいます。でも1年は先輩のことをよく知りませんよね。だから存分にアピールしてもらいます」


 ここは文芸部。アピールするならもちろん文章で決まりだ。


「LINEのノートに、ゼミナールの説明文を書いてもらいます!私のゼミではぼくのゼミではこういうことを教えます、私はファンタジーが好きなので、ファンタジー好きは来てください、厳しくやります、和やかにやりましょう、ジャンル問わず指導します。もうなんだっていいです、それぞれ存分にアピールしてください」


 3年生はかなり乗り気で、「おお、いいじゃん!」とタカギ先輩。「面白そうやな」とドミノ先輩。「なかなかいいね」とトビタ先輩。


 よーし、完璧。

 先輩たちの議論や意識高そうな単語が好きな性質から「文芸ゼミナールプロジェクト」としたのも功を奏していそうだ。

 ドミノ先輩なんかは「俺小説下手なんやけど教えられるんかな」なんて苦笑いしていたが、やけに嬉しそうな苦笑いですねぇと心内で思う。みんな教えたがりなのだ。私のやり方、俺のやり方で育成して強くなっていく、誰でもヨダレが垂れるほど気持ちいいのだ。


「1年生はゼミ選びは慎重にすること。きちんと全部ノートに目を通して、ここなら大丈夫そう!と思ったところに希望を出してください。あとで詳細はLINEグループに書きますが、第3希望まで書いてもらいます。期限は1週間後です。提出はぼくの個人LINEまでお願いします」


 わかりました、とまばらな声。

 ちょうどいいだろう。ノートの文章一つで印象だって変わるし、書き方が面白いからゼミに入ってみようかな、なんて考えでもいい。


 とにかくこの入部したての大事な時期に文芸部らしい活動ができない、という最悪の状況は免れた。



 ーーしかしこの企画は、文芸部らしい活動だけが目的ではないのだ。


 多田師にアイコンタクトで、やったぜ、と心内でドヤ顔。うまくウインクが出来ない。






 遡ること数時間前。


 写真部の部室で、Kさんに文芸ゼミナールプロジェクトについて説明していた。文芸部らしい活動をやるための計画なんだよ、と強く訴えたら、Kさんは渋い顔をして、「でも大丈夫なん?池添」と言う。

「なにが?」

「わたし3年が1年を指導できるレベルにあるとは思えないんだけど」

 はっきり言うなぁ、と思った。でも、さすがに小説の基礎は知ってるし、小説のルールとか、そういったところは大丈夫でしょ、最低限でいいと言った。Kさんはそれでも納得いかない様子だったので、

「まあこの企画は、2年に入った1年を鍛えるだけでいいんだけどな」

 と暴露した。続けて文芸ゼミナールプロジェクトの真の計画を言う。


「1年全員無理やり2年が指導することなんて無理だ。あいつら出しゃばりだし、あくまで一緒に教えるって形しか取れない。それだと中途半端に批評時に粗探ししかしないやつになるだろ?それなら完全に良い批評、良い考察ができる1年を確保したいと思って」


 それで、この文芸ゼミがあるってわけよと言い放った。


 3年の批評はひどい。でも避けようがないのだ、6月にこの人数の1年生が小説を批評に出せば、ぼくら2年が入れない批評では、何が起こるかわからない。ボロボロに叩かれたり、居場所を失ったり、カザマ先輩のような扱いの1年が出る可能性は高い。


 それなら、2年の批評を会得した1年を何人か確保して、それを共有してもらえればいい。そしてこの企画は、多田師のほかにゼロ太郎にも明かしている。ゼロ太郎はそもそも3年はやばいので(この頃には完全に3年のやばさに気づいていたので)2年のゼミを選ぶと言っていた。さらに横のつながりが広いことを生かして、粗探しの批評に流されないよう、良い批評、悪い批評をそれぞれと話して共有・比較しながら1年は1年の批評スタンスを確立していくと言ってくれたのだ。なんと心強い。1ヶ月で彼の人望の厚さは凄まじいものになっている。同期の1年生のみならず、ぼくたち2年にとってもありがたい存在だ。


 しかしKさんはそれでも納得しない。


「そのやり方はどうなん?うーん、正直タカギ先輩のゼミに入った1年生とか可哀想じゃない?」


 らしくない反論だ。


「別に強制的に入れるんじゃない。希望制だから、選んだやつの自己責任でしょ。それに、タカギ先輩だって、批評はまずいかもしれないけど、小説を教えられないってことはないでしょ。そこまで低いレベルにはないと思うけど」


 この時、なぜKさんがこんなにも反論してきたのか、ぼくにはなんとなく察しがついていた。


 写真部の部室奥には、1年生と思しき子が、先輩とカメラの話で盛り上がっている。目の前の彼女は、この部の次期幹事になる。だからなのかは知らないが忙しい、と言って文芸部にはほぼ来ない。1年秋に副幹事を任されてから、本当に大事な時だけ事務的な会議に参加していた。


 Kさんはそれでも文芸部の一員で、革命を起こす2年の1人なのだと強く思っているだろう。

 だから文芸ゼミナールプロジェクトにしても、ここまで企画が出来上がる前に私に相談して、私にもアイデアを求めて欲しかった。


 そう言いたいんだろう?とは口に出さないけれど。


 でもぼくからしたら、1年秋からここまで、地獄のような日々をくぐり抜けてきている。大きな事件じゃないにしろ、日々しょうもない会議でしょうもない喧嘩や議論に巻き込まれて、雰囲気の悪い部室に滞在し続けて、それでも文芸部を変えたくて、希望を持って、この企画までたどりついたのだ。


 その過程にKさんはいない。


 だからといって文芸部の一員ではない、なんてことは思わない。でも、こうやってぼくと多田師が切磋琢磨して革命しようとしている事項を、邪魔されるわけにはいかないのだ。


 それにKさんはぼくが今どうやって批評スタンスを変えているかすら知らない。実は春休み、彼女は一度だけ批評のために部室を訪れたことがあった。その時に批評にぼくも参加したのだが、いつも通り

「〇〇の文章がいい!」とか「〇〇はこれを表してていいなぁ、小道具一つでキャラの心情を掘り下げられる技量に脱帽するよ」なんて言うと不思議そうに「なんだこいつ」と目を丸くしていた。なんならタカギ先輩が、「最近、池添こんな風に批評してるんよ、やばいよね」なんて笑いながら説明していたくらいだ。


 まあそういうことだから、ゼミのアピール用の文章を考えておいて、とだけ言って写真部を後にした。


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