20話 届いてる!
方向音痴に都会は難しい。上から見ると将棋盤のような街を、どの方向に進めば良いのかわからず迷っていた。上空から正解の道を光らせてくれ。
Googleマップに目的地を表示させても、たどり着けるか怪しい。周辺の店を検索しながら、あっちのはず、こっちのはず……とウロウロしていたら、それらしき建物にたどり着いた。びびりなので初見の建物にはスムーズに入れず、恐る恐る入ると冊子が並べられたブースと、受付にタカギ先輩と知らない人がいた。「お疲れ様です」「はじめまして」とそれぞれに挨拶をすると、タカギ先輩が控室あっち!と指差した方にのろのろと向かう。
控室ではマンモス大と思しき方たちが、ホワイトボードで絵しりとりをしていた。うちの殺伐としたホワイトボード前の景色が蘇り、ちょっと悲しくなる。こんな平和なホワイトボード前がうちにもいつか……。
シフトまで時間もあったので、他大学の方と話していた。ちなみに個人的にお世話になっているK大は参加していないみたいで、今この場には絵しりとりに夢中なマンモス大の方たちと、E大の方が二人いたので、後者に話しかけた。1人は色白メガネ細身の男性で、歌ったら喉から平井堅が出てきそうな見た目。彼は硬派そうだが意外にも恋愛ものを書くのだそうで、恋愛モノを書いてる人がいるなら読みたい、と語っていた。
もう1人は、顔がかわいい。基本的に、ぼくと平井堅さんと、シフトを終えたタカギ先輩を交えて話していて、彼女はたまに平井堅さんの「だよね?」という問いに「そうですね」と微笑むだけだった。何かタカギ先輩が質問すると、おずおずと創作について語る、その時に少しだけジェスチャーを示す手の動きが小動物的な可愛さを孕んでいた。
文学少女だ……。
うちの文芸部の幽霊含まない女子はタカギ先輩とKさんのみ。2人ともぼくの普遍的イメージの文学少女には程遠い。ちなみにぼくの文学少女の基準は、本を胸の前で抱きかかえて歩く姿がさまになるかならないかである。この子は絶対さまになるだろうな、と思った。
こういう女子が文芸部にいるかもしれないという期待は、入部前には確かにあったことを告白する。今となっては……。
「池添さんはどういう小説を書かれるんですか?」
と平井堅さんに聞かれてハッとした。久しぶりに彼女さん以外のかわいい女の子に触れた気がして、ぼーっとしていた。むろん、彼女さんの方がかわいいというのは、言い訳のように心の中で言っておく。誰への言い訳だ。
「……日常ミステリーです。人が死なないミステリーですね」
純文学です、と言う日は来ないだろうと思った。
おお、例えばどういう……?と平井堅さんがさらに求めるので、例えば秋祭で書いたものでしたら、教室から薔薇がなくなって、それはどういう理由でーー
「え?」
とかわいい女の子が口元に手を当てて驚いていた。
「その小説、タイトルはなんですか?」
と言うので、ぼくも目をぱち、くりとゆっくりしばたたいて、
「エターナルビューティ」
というタイトルです、と言うと、ああ!と声が出そうな驚き方で半歩退いて、
「私、読みました。そちらの秋祭にお邪魔したんです。とっても面白かったので印象に残っていて……」
「えっ、まじすか!」
つい声量が大きくなるほどには、驚いた。それに、嬉しさで浮かれた。まさか、そんな、エターナルビューティが読まれていて、目の前で面白かったなんて思われるなんて、部誌を配布してる時でも夢にも思わない。
「よかったやん」とニヤニヤしながらぼくを小突くタカギ先輩。いや、本当によかった。嬉しさに頬を上気させつつ「日常ミステリー好きなんですか」と食い気味に質問すると「ああいうのは、あまり読んだことがなかったので新鮮でした」と言うので、プロの方の日常ミステリー読んだら、面白すぎて倒れますよと何名かの作家さんをおすすめしておいた。
届いてる!
部誌が何部手に取られても、感想が来ることはないし、どこかで響いていればいいとだけ思ってた。でも、届いて、こうして気持ちを受け取ることが出来るなら、なんて夢があるんだろうと思った。本当に嬉しい。
途端にブースに並ぶ我が文芸部の新作部誌の売れ具合が気になり始めた。でも今回は、隣のレグルス名義じゃなくて、タカギ先輩の友達に明言した通り、サラダバー名義だから、もし隣のレグルスを目の前の子みたいに好いてくれる人が他にもいたなら、名義は統一した方が良かったなぁ。ああでも名前が変わっても好きになってくれる人が現れないかなぁ。妄想は割れることも知らず、膨らむ一方。
かくしてぼくは、また日常ミステリーに熱を注いでいく。
帰ったらプロットの作成と、読書に熱中するんだと決めた。帰る途中に都会の大きな本屋に寄って、日常ミステリーの本を3冊くらい買って、晴れやかな気分で。
そして、桜舞う季節の背中が、大きくなっていた。
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