19話 うんざりなんだよ






 1週間後くらいに、部室を訪れた。

 かなり気力はダウンしていたけれど、タカギ先輩に「一応大丈夫とは思うけど、6月に書いたやつを再批評してもらうから」と言われたので来た。

 批評は6月の小説を読んでないドミノ先輩、トビタ先輩にやってもらうことになった。二人とも真剣な目つきで読んでいるけれど、もうこの小説に意見することはあまりないはず。OBの先輩がしっかり指摘してくれたし、誤字もない。

 だから嫌な予感しかしなかった。

 こいつら2年は何も言うことがない小説に対して何か言おうとするのだが、無理やり表現ミスだと主張したり、粗探しを始めてしまう。粗探しするくらいなら小説の考察でもしてくださいよ、あなたたちと違って頭空っぽで書いてるんじゃないんですから……と言いたくなるくらいには、もう批評会が苦痛で仕方なかった。


「池添くん、読み終わったよ」

 とドミノ先輩。

「じゃ、始めましょうか……」

 よっこいしょ、と座り直すトビタ先輩。座ると更に小さく見える。

 そして冒頭から嫌な予感は的中する。トビタ先輩が一文目から、粗探しを始める。


「冒頭の『散弾のような雨がバス停の屋根をしきりに叩いていた』ってところなんやけど、うーん、わからんなぁ……」


 ものすごく含みのある言い方。


「なにがわからないんですか?」


 トビタ先輩いわく、散弾のような雨がわからないと言う。


 ぼくの比喩レベルが低すぎるのは申し訳ない。散弾銃だけをイメージするなら、撃った瞬間にバーンッと高速でものを射撃するので、雨には適さないかもしれない。でも散弾は、多数の細かい弾が散らばるように発射されるものなのだ。雲を銃口として、地上に向かって雨を射撃する様を想像してみてほしい。なんだか雲の上から天気の神さまがイタズラしてるみたいで面白いなぁとぼくは思うんだけど……。


 トビタ先輩は「バケツを被ったような〜」とかどう?と普遍的な表現に直そうとする。これは、作者をころそうとしていないか?散弾を飛ばそうとしているのは神じゃなくてコイツだ。そう思ってしまうのも、普段の批評もまるで変わらない、なんならもっとしょうもないところをしょうもない表現に変えようとする、くっだらない批評だからだ。もうぼくはウンザリなんだよ。あんたらと批評するのは。

 タカギ先輩は実はまだマシだったりする。

 面白いものを書いたら、そこはそこで褒めるからである。それに批評を数多くこなしている。実はこの前、ついにカザマ先輩を褒めたのだ。

「カザマお前、今回ええやんか〜どうしたん?」

 とニカっと笑っていた。明らかに上から目線なのはこの際置いといて、成長ではないだろうか。カザマ先輩=ダメの固定観念が崩れた。


 たまにふらっと批評にきて偉そうにしている2年を見るとむかつく。必死でぼくは批評スタイルを変えようとしているのに。でも自分の批評の時にスタイル変えません?っていうのは言いづらくて、他の人の批評に参加して、ぼくなりの批評を示しながら、徐々に変えていければ……と思っている。トビタ先輩のような人種は邪魔でしかない。


 ドミノ先輩も批評レベルが高いとは思わない。基本的に小説はよく分からないの一点張りだし。もはや無害ならなんでもいいけれど。


 結局、トビタ先輩の意見は完全無視した。ぼくはハッキリした口調で、


「いや、変えません」


 とだけ言った。「いや……」と食い下がるトビタ先輩に「まあ、伝わる人には伝わると思うんで」と文字にすれば柔らかい言葉を、口から鋼を吐き出すような声色で、ずっしりと刺す。黙れよ、と言ってやりたかった。さっさと批評を終わりにしたかった。


 でも、批評って本来楽しい場じゃないか?


 と、ふと疑問に思う。Twitterの企画を思い出す。自分の小説がTLに流れた瞬間、フォロワーのみんなが1の小説面白い、2の小説美しいと語る瞬間、自分の書いた小説に「面白い!」と呟いている人を見かけた瞬間、尊敬する人と間違われる瞬間……


 小説を発表する瞬間ってこんなにも楽しいはずなのに、どうしてこんなに苦痛なんだろう?どうしてこんなに怯えてばかりなんだろう?


 こんなクソみたいな批評は変えないとダメだ……。


 これが、批評を終えてのぼくの感想だ。合同展示会がひらかれる場所とシフトの時間だけ確認して「お疲れ様でーす」とさっさと部室を出た。4月まではもう楽しくないから行かない。最近、バイトもやめたし、行かないものだらけだ。殻にこもっていく。それでも、4月に1年生が入って、文芸部が変わっていく希望だけは捨てられずにいた。

 

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