6話 理論派
良い文章が書きたい、と白紙の真ん中に書いた気持ちは丸めて捨てない。
図書館2階の隅の席。ここを勝手にぼくの一人部屋としている。
理想の文章を読んで憧れても、それとはかけ離れた駄文を綴ってしまう。でも理想を捨てては、向上心がなくては、成長は見込めない。
とは言っても目先の評価は欲しい。カザマ先輩のように叩かれたり、ああいうイメージをもたれてしまっては、正直ぼくのメンタルではやっていけないなと思っていた。
ーーぼくはこんなところで筆を折るわけにはいかないのだ。
半ば恐怖が五指を突き動かしていた。
しかし素晴らしい小説=文章を! と思っても、文章力はすぐに上がるわけじゃない。だからこそ、面白いと思わせる要素が必要であった。分かりやすく言えばストーリー力。
「まあ、パパッと書こうかな」
と多田くんは言っていたけれど、パパッと書いたものが面白くならないぼくは、じっくりと小説に向き合うことにした。
そもそもぼくは3000字以上の文章を書いた経験がない。100メートル走の補欠メンバーがいきなり10000メートルの公式戦に出るみたいなこと。厳しい。
先輩たちが部誌に載せた作品やら他大学の部誌やらを読みながら、大体1万字くらいがちょうどいい小説だと学んだ。つまり今からの3年間はこの数字を基準に書いていくのだ、今回は短くてもいいらしいからおおよそ3000〜5000字が目標!とノートに書き記す。
それからはスナック菓子をつまむ感覚でひたすら読書。
初心者らしく『猿でも書けるようになる小説講座!』みたいな本を胃袋に詰めて、それだけじゃ胃もたれするから時々気になる小説を読み、面白いと思ったら必ず考察、の繰り返しの果てに、4限に入っていた授業をサボるという大学生活リズムが完成する。
かくしてぼくは学科でも名高いサボり魔として覚醒していくのだが、それはまた別の話。
1週間ぐらいの勉強期間を経て、目をつけたジャンルが日常ミステリーだった。その頃には多田くんが「長いやつと短いやつを書いてどちらを出そうか迷ってる」なんて言うもんだから焦っていた。コイツ、書くの速い。ていうか速筆の才能持ちを当たり前のように付けてるこの界隈、チーターしかいないだろ、それやめてくんない? あと速読持ちも。ぼくは両方ない。
図書館のいつもの席で、ノートに書き殴ったメモを見ながら小説を考える。
『日常ミステリーが面白い理由』
・話の山場が分かりやすい
・トリックが上手いかつ納得できるものであればそれだけで面白い
色んなジャンルの小説を読んで、書き殴ったメモのほとんどが、「文章がいい」「雰囲気がいい」で、面白さの中身を知るには至れなかったのだが、日常ミステリーだけは言語化が可能だった。
ーーつまり、トリックと、それを活かすキャラの心情がクロスすれば一定の面白さが生まれる。
トリックは箱をこじ開けるように作っていく。まずは【奇抜な出来事】を用意。
その奇抜な出来事は誰が何のためにおこなったものなのか、考える。
そして奇抜な出来事がなぜ起こったのか、探偵側に当たる人間が知るためには事件の抜け穴を探さなければならない。抜け穴は探して見つからないのなら、新たな要素をつぎ足して作る。
そして抜け穴を落ち葉で隠すイメージ。あとは落ち葉をどの順番でめくっていくのか、つまり解決までの道筋を埋める。
それ以外の矛盾点や本筋とは関係ない抜け穴になりそうな箇所をコンクリートで固める。
注意深く考察と検証を重ねればトリックなんて案外作れるものだった。感覚で面白さを見出せないぼくが、理論的に面白さを作れるという点で、日常ミステリーは理にかなっていた。ただし、私小説的なもの以外……いわゆるエンタメ全振りな小説を書いた経験が少ないぼくは、ミステリー最大の見せ場である「解決」ないしは「種明かし」の文章の魅せ方についてギリギリまで悩んでいた。
その頃溺愛していた米澤穂信先生の小説を読んだり、名探偵コナンの解決シーンを思い出しながら、種明かしは順序よく、説明不足にならないように、かつテンポや会話でのやりとりを経て、解決へと向かっていくのだと結論づけた。
さて、それら大量のメモを片手にキーボードと向き合うぼくは、己のタイピング速度にイラつきながらも、着々と仕上げていく。
冒頭はこんな感じ。
散弾銃のような雨がバス停の屋根をしきりに叩いていた。その轟音の屋根の下、制服の少年が一人、バスを待っている。彼の視線は、向かい側のバス停にいる同じ学校の制服の少女に向けられていた。
(あの人、何やってるんだ?)
彼がそう思うのも無理はないだろう。少女は屋根で覆われていない場所に傘もささずに突っ立っているのだ。そのくせ服か何かを入れているような巾着袋を頭の上に掲げている。まるで雨に濡れたくないかのように。彼女の目にバス停の屋根は映っていないのかもしれない。少年は不思議な顔をしながら、少女から目を逸らす。彼の頬が少し赤い。
「なんで屋根の下に立たないんだ? ぬ、濡れたいのか?」
少年はストレッチするかのように何度も首を傾げる。
ぼくもストレッチするかのように何度も首を傾げながら、ああでもないこうでもない、さながらルービックキューブを回している感覚だった。(ちなみにルービックキューブはまるで出来ない)
冒頭を書くのにも、調べたり検索したりは欠かせないので、図書館に篭りきりであった。体操服を入れる袋ってなんていう名前なのか分からず検索したり、バス停の屋根の構造を調べて、想像して……。
そして誤字脱字がないか確認の繰り返しの果て、100字ずつが積み重なって1000字、500字が消えて、100字増えて、また200字減って、100字増える。すべては感覚だけに頼れないせいであった。Twitterの創作界隈でも自覚していたけれど、やっぱりぼくは執筆の才能がないらしい。
ターン、とエンターキーを鳴らす。
でもそんなことで諦めるのって悔しいじゃないか。
クリエイティブな頭を持ったやつらがこぞって言う、
ここでしか見れない景色、
俺たちにしかわからない景色、
夢を追うことでしか味わえない苦しみ、
まだぼくは景色を見ることも苦しむことすらも、満足に出来ていないのだから。
こんなところで五指を止めることなど、許されないのだ。
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