5話 書き出しを未だに覚えている。










 本日晴天、絶好の学祭日和。


 秋にある学祭(分かりやすく秋祭と呼ぶ)の方が規模も大きいし人も来るから、今回はあんまり期待するなとタカギ先輩やらカザマ先輩に言われていたけれど、やっぱりソワソワしてしまうものだ。

 ぼくら文芸部のブースには手作りの部誌と、ぼく、多田くん、Kさんが書いた読書感想文がポスターみたいに掲示されていた。雄平くんは最近部室に来ないので、載っていないどころか書いてもない。


 しかし才能、つまり文章力ってやつはこんなところでも露呈するんだなぁと、ブースで肘をつきながら掲示物を眺める。

 Kさんが書いた感想文をまた一瞥して、何度目かのため息をつく。



 すげぇなぁ……。




『読む小説ではなく、聴く小説。』




 という一文から入る感想文は、いや感想文の域をゆうに超えていて、一つの読み物として輝きを放っていた。

 部誌と違って、剥き出しになった文章は目に止まりやすいから、冒頭で注目を集めやすい、見たものを立ち止まらせる効果のある文章は強い。


 間違いなくKさんは文章が上手い。


 きっとTwitterに棲むバケモンたちと同じくらい小説も上手い。文章に星屑が散らばったような小説を、彼女も書くのだろう。早く読みたい……!


 隣のぼくのポスターには『放課後スプリング・トレイン』(吉野泉著)の感想文。誤字・脱字チェックをされた際にタカギ先輩に「池添の文は読みやすいねー!」とニカっとされたけど、小説が面白くなかったらこの笑顔が消えるのかと思うと震える。

 うちはいわゆる弱小校の体育会系の部活なのだろうと理解してきた。「らしい」活動は基本せず、怖いOBの先輩が頻繁に部室を訪問し、二・三年生はボードゲームやカードゲームで盛り上がり(ぼくもボードゲームはたまに参加する)、いざ活動すると雰囲気が悪くなったり……。そして未だに怖いOBの先輩が批評の中心にいる気がする。

 タカギ先輩はまだ副幹事だけど、コイツが幹事になったら間違いなくやばいというのは少しわかってきた。大抵キレてるのはこの人だし……つまり火元。油はカザマ先輩。タカギ先輩は情緒不安定なので急に「イライラする〜!」と頭をかきむしったりすることが少なくないのだが、なぜか決まってカザマ先輩は彼女に構う。「どうした!?なんかあった!?」とわざわざ火元に飛び込んでいく油。自分のことを水と勘違いして消化活動に行っているのだろうが、全ての液体が鎮火させられるわけではないんですよ、カザマ先輩。

 他のタカギ世代にはあまり絡んでいないので、まだまだ全貌は分かっていないのだけれど。来ない人もいるみたいだし。


「部誌もらっていいですか?」


 わたっと椅子から転げ落ちそうになった。考え事をすると完全にぼーっとしてしまう。今はブースの担当の時間だから、ちゃんとしなきゃ。愛想笑いで「ぜひぜひ! 感想文の方も見ていってください!」と言った。少し前から始めた遊園地のアルバイトで散々愛想笑いをしてきたので、顔の筋肉が自動で動いて楽だ。


 ただ、部誌の売れ具合は、先輩の言う通りあまり良くない。さっきみたいに貰ってくれる人もいれば、手作り感満載の部誌を見ると、「これは……いいかな」と困り眉で帰っていく人もいる。まあ客観的に見て、よっぽどの本好きか物好きじゃないとこの手作り部誌は受け取ってもらえないよなーとは思った。

 ブースに来る人は、どちらかと言うとぼくらの感想文を一瞥して「へー」とか「この本知ってる?」「知らん」などのやりとりをして去っていく。総閲覧数をカウントできるなら、この部誌の中身より、ぼくらの剥き出しの感想文の方が閲覧数が多そうな気がしていた。








 そんなこんなで学祭は無事に終わり。


 春風は湿って今日から6月。


「一年生には今月中に、はじめての小説を書いてもらいます!」


 ぼくの持論……読み方が変われば書き方も変わるのか。形として証明できるチャンスは、急に目の前に降ってきたのである。これは、今後の自分の中での批評への心持ち、更には執筆のモチベーションに関わる重要なイベントだと直感でわかった。

 

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