7話 自信と傲慢




 図書館内のパソコン室に差し込む夕陽も消えて、すっかり闇がおりてきた。好きなバンドのアルバムを5周くらいして、もう聴き飽きたという頃に、ようやく物語が結を迎えた。

「よし、できた……!かな……」

 PCの前で大きくノビをする。

 小説の完成の瞬間というのは、ゴールテープを切る感覚とは少し違う。どこかで、多分ここがゴールなんだと思いながら徐々に減速する。歓声はなく、肩で息をしながら、競技場を後にするようなイメージ。

 それから帰った街で、ぼくが小説を書いていたことを知っている人たちがまばらな拍手や小さな祝福をしてくれて、「終わった」という実感が出来る。無論、祝福してくれる人がいない時だってある。

 小説とは孤独の権化なのである。

 今回の孤独の権化は5000字としてWordに刻まれていた。先輩に言われた通り、Dropboxに提出。この瞬間も一つの「終わり」である。カクヨムなら投稿した瞬間、公募なら応募した瞬間。誰にも見せない小説なら、これ以上手を加えなくてもいいと思えた瞬間。


 終わった小説のほとんどが次に待ち受けるのが、読者である。


 小説の批評日、大学内をふらふら歩いていたぼくはKさんとばったり会って、やあ、と小さく手をあげる。

「KさんDropboxに小説提出した? 今日ぼくら批評だよね」

「私は直接何部か印刷して部室に持っていく。それよりお前の小説、読んだよ」


 ドキッとした。でも直接小説の感想を言われるという初体験への好奇心が勝って、「どうだった?面白かった?」とのめり込むように聞いた。


 Kさんはぐっと眉を寄せた後に「うーん……」と唸った。


「なんていうか、まあ、ライトだね。ああいう書き方ってさ……うーん、内容もねぇ、まあ、批評の時に言うわ」


 と濁されてひらひら手を振られた。ツカツカと革靴の音が遠くなっていく。


 手を振り返した後に自分の気持ちを整理すると、少しずつ感情が言葉になって浮き出てくる。


 ……そうか、Kさんも読み手としてはそっち側なんだ。


 という感想。まずどこがよかったのか、よりも、どこがダメだったのかが先に出る人なんだ、と。


「すごい上から目線な感じだったな……」


 と思わず呟くぐらいにはショックだった。「面白くない」と暗に言われたショックもだけれど、先輩たちと読み方が変わらないというショックが大きかった。まあKさんは、文章力があるからこそ思うところがあるのかもしれないし、そもそも客観的に見ればぼくの小説に良いところが一つもないのかもしれないけど……。それだったら仕方ない……。


 まあぼくは自小説が流石にそこまでとは思わないから、わかってねーなアイツ。という結論でまとめた。


 部室のドアを開けると「ヒッ!」という声が出そうになった。よりにもよって暇人にして文芸部のドン、OBの先輩が遊びにきている。部室には先にKさんと多田くんが来ていて既に批評が始まっていた。残っていたのが2年の先輩とOBの先輩のみで、タカギ先輩の指示でその二人に読んでもらうことになった。そのOBの先輩に「お願いしま〜す」と小説を渡す際、

「おい池添! 読んでいただけないでしょうか? お願いします!ってちゃんと丁寧に言え。林原先輩やぞ!」

 とタカギ先輩に怒鳴られた。は〜? そこまで言う必要ある? お願いしますでも大して変わんねーだろ、そんな丁寧に、読んでいただけないでしょうか、なんて付け加える訳ねーだろが。もし読みたくないなら読まなくていいし、てめぇが勝手に媚びてろよと思いながら、OBの先輩にニコッと微笑みかけると、「お〜全然いいよ、面白くなかったら途中でやめるだけだから」と笑いながら受け取った。


 じゃあ好都合だ。


 一定の面白さを提供するために書いた日常ミステリーだ、ここで投げられたら理論的に考えて書いてもゴミってことでいい。


 実は学祭のシフトで暇な時間、このOBの先輩の小説を過去の部誌から読んでいた。


 普通に面白かった。


 こりゃあ権力握るわ、と多少思った。部活やサークルってそんなもん、うまいやつが偉くて下手なやつがだめ、もちろん一人だけ突出してうまいと浮くってパターンもあるけど、稀だし、運動部って大体前者だ。問題はここが全国大会どころか地区予選すらもない文化系の文芸部ってことなんだけど。


 もう一つ好都合だと思ったことがある。小説にとりかかる以前は、はっきり言ってビビっていた。面白くないやつのレッテルを貼られて、一生小馬鹿にされる未来だって水晶に浮かんだ。めざましテレビの占いでも言われた。でも、小説に向き合って、ひたすら読んで、研究して、魂込めた5000字になった。この小説を誇れると思ったのだ。Kさんに「面白くない」と遠回しに言われても、結論は「わかってねーなアイツ」だった。ぼくは間違いなく一定の自信を持って、小説を提出している。くるならこい、と思っていた。

 もちろん傲慢になってはいけない。常に学ぶ姿勢を忘れちゃだめだ。全体としては面白くない小説にもどこか光るところがあるように、読み手から得るものだってある。だからこそ賛否どちらの意見も捻り出してほしいのが本音だった。

「読み終わったよ」とOBの先輩が言ったのが、ぼくの人生はじめての批評が始まる合図だった。緊張で心臓を爆音で鳴らしながら近づくと、








「いや〜……面白かった!これいい!いいよ一年生!」



 と開口一番に大きな声でOBの先輩は言った。


 うれしさが血にのって巡り巡っていく。


 気が動転しそうなのを堪えながら、「あ、ありがとうございます!」となんとか絞り出す。


 批評では三人称視点での地の文に「なんと」とか付けちゃうとナレーターとしてはおかしい、散弾銃のような雨ってあるけど、放たれるのは銃の中の弾だから、散弾のような雨って修正するのはどうかな?と細かくも適切な修正をズバズバ言ってくれる。褒められた嬉しさと修正箇所を書いたメモで、頬と原稿をあかに染めながら、ああ、一個上の先輩って、このOB先輩のマネをしようとしてだめになってるのかもなーと思った。

 細かい指摘は、語彙力、文章、小説、その他諸々の知識がないと成り立たないものだ。彼にはきっと大きすぎる土台があって、それがこの批評に繋がっているんだと思った。あと、この裏表なく言うところなんか、タカギ先輩が変に影響を受けちゃってるんだろうな……と感じる。


 批評が終わってもOBの先輩は大声でまくし立てる。


「きみいいね! 初めてでこれは将来有望! どんどん書いてったらいいよ」


 同じく批評を終えたKさんがチラとこちらを見た。どうだ、お前はわかってないんだよ、と言うのも可哀想だし、個人の感想なのでそこはいいとして、無意識に苦笑いを向けると、悔しそうに「お前まじか……クソ、羨ましいわ」「まあいいわ次は負けん」とだけ言った。Kさん的には見下した相手の小説が、権力者に絶賛されて悔しいということなんだろう。ぼくはそんなことどうだっていいけどね。ぼくの小説が常に面白くあるべき理由はあるけど、誰かに勝つためになんて書いていないし。Kさん的にはOBの先輩は学科の先輩ってこともあって、悔しかったのかもしれない。


 対して多田くんは、ぼくの小説を読んで驚いたように笑っていた。

 多田くんは何を思っただろう。張り合えるライバルか、仲間と思って嬉しかったか。ぼくからしたら、ぼくと違って感覚で書ける創作人は全員敵だけどね。


 タカギ先輩が「私にも見せてー!」と手を挙げていた。


 あなたは人に媚びるのをやめたほうがいい。


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