肉団子系令嬢の贈り物

夕景あき

肉団子系令嬢の贈り物

「フレア!君のようなダンスが下手な肉団子との婚約は破棄させてもらう!」


フレアは半年前の、初夏の舞踏会での出来事を思い返していた。


ぽっちゃり系伯爵令嬢のフレアはダンスがあまり得意ではなかった。運動は嫌いではないが、胸元が大きくて足元が見えないのだ。今まで、ダンスで失敗したことは無かったが、その日は運悪くダンス中に婚約相手の子爵令息の足を踏んでしまった。


「ギィャアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ーー!!」


足を踏まれた彼は舞踏会のホール中に響きわたる、生まれたての悪魔のような大絶叫を上げてしまった。

すぐに彼はホールの端に運ばれて医師に診断されたが、幸い子爵令息の足は骨折などはしていなく、少し赤くなっていただけであった。

周囲は大袈裟な彼の反応に、少し笑ったが、恥をかかされて激怒した彼は、謝罪し縮こまっていたフレアに対して、ダンスホールに響き渡る大声で婚約破棄を言い渡したのだった。



フレアは元から婚約者が好きではなく、恋愛感情はない政略結婚であったため破棄された事にそこまで悲しみはなかった。だが、マイペースなフレアもさすがに、舞踏会の参加者達からの嘲笑に耐えられず会場を抜け出した。


庭園に出るとフレアは込み上げてきた涙を拭きつつ、草むらにしゃがみこんだ。

すると、目の前の葉っぱの上に小さいカエルがいた。


「キャー!カエルだわ!」


フレアは恐怖からの悲鳴ではなく、喜びと興奮で歓喜の叫び声をあげた。なぜなら彼女はカエルが大好きだったからだ。


「カエルさん!可愛いねー!ツルってしてる所も、目がクリクリってしてる所も、ケロケロって鳴き声も、とっても可愛いわ!その麗しい姿、ケロリーヌとでも、名付けようかしら。あー!心の傷が癒されるわー!」


すると、後ろから優しい低い声が聞こえた。


「好きな事に熱中している君は、とても魅力的だね」


振り向くと、細身で長身、この国では珍しい黒髪が特徴的なキロス公爵の姿があった。

彼は先の戦で参謀として成果を上げたとの事で舞踏会の最初に紹介されていたので、フレアにも名前が分かった。公爵という高い身分でキリリとした端正な容姿なのに、なぜか25歳にもなって結婚しない変わり者として、有名であった。


キロス公爵は跪くとフレアに手を差し出し、キリリとした表情をヘニャリとした笑顔で崩し、優しい口調で語りかけた。


「フレア嬢、良かったら私と結婚してくれないか?」


フレアは初めて話すキロス公爵からの、突然の求婚に驚きを隠せずポカンと口を開けて彼を見上げた。


「じょ、冗談ですよね?からかうのは辞めてください·····」


「いや、冗談ではない。ずっと君に求婚したかった·····しかし、戦から帰ったあと、君は婚約をしてしまっていたから諦めていたのだ。先程の婚約破棄を聞きつけ、他の候補者が名乗りをあげる前に急いで求婚しに来た次第だ」


キロス公爵は真面目な表情で、しゃがみこんでいるフレアをのぞき込んだ。


「な、なぜ私を·····こんな、ダンスが下手な肉団子などと、どうして結婚を!?」


フレアは先程のショックのせいで自分は都合の良い白昼夢を見始めたのではと自分を疑いだした。キロス公爵はそんなフレアを見て、またヘニャリと笑って言った。


「ふふふ·····私は幼い頃にあなたに救われた事があるのですよ。そして、肉団子などではないです。私にとっては、むしろあなたが女性としての標準体型です。他のご令嬢方が痩せすぎだと思いますね。骨粗鬆症が心配です。それに、あなたのダンスのステップは間違っていなかった。婚約者の彼が、あなたの胸元に気を取られてステップを間違えていたように見えましたよ。·····急に言われて驚く気持ちは分かります·····でも、どうか、この求婚を受け入れてくれないでしょうか?」


フレアは何か裏があるのでは?結婚詐欺では?絶対何かおかしい?この人頭おかしくなってるのかも?罰ゲームかもしれない。などと思い躊躇した。

その様子を見たキロス公爵は、少し言いにくそうに口を開いた。


「私は幼い頃は、とても背が低くてね。黒髪も悪目立ちするから、イジメられていたのだよ。そんな時、君が助けてくれたのだよ。覚えてないかな?ふふふ·····あの時も君はカエルに夢中だったから、きっと記憶にないんだね」


フレアは必死に思い出そうと記憶を掘り返しても、幼い頃の記憶として思い出せるのは様々なカエル達とのふれあいばかりで、キロス公爵と話した記憶を思い出せなかった。だが、ここを逃せばもう二度と誰もこんな『婚約破棄された肉団子』に求婚はしてくれないであろう自覚はあったので、結婚をうけいれることにしたのだった。


***


そして今に至る。

公爵夫人となったフレアは大きい四角い箱を胸に抱え、夫がいる執務室へと足取り軽くむかっていた。部屋を出る時に侍女が箱を持つと言ってついてきたがったが、箱の中身を見せるとあっさり引き下がった。


この国最南のキロス公爵の領に嫁いで半年。

今日は初めてのクリスマスだ。

フレアの故郷ではこの時期はいつも雪に埋もれていたので、この地方ではクリスマスを半袖でも過ごせる気候である事に驚いた。


結婚生活は幸せそのもので、なんとカエルを10匹以上、庭の池で飼わせてもらっている。

フレアは毎日、池に行きニヨニヨしながらカエル達の観察日記をつけている。

フレアはカエルのついでに謎多きキロス公爵についても、観察日記をつけてみた。

彼をよく観察すると好きな物に対してはヘニャリとした笑顔を向けることが分かった。フレアは、彼を観察することで、彼の好きな物を察することが出来るようになってきていた。特にフレアに対しては顔を合わせる度にヘニャリと笑ってくれて、理由は分からないが間違いなく彼が自分を好いてくれている事が分かり、フレアは安堵した。


(このプレゼントなら絶対喜んでくれるはず!私の観察眼に間違いはない!)


キロス公爵からは先月から執務室に来ないように言われていたが、今日はプレゼントを渡した時の喜んだ顔が早く見たかったので、言いつけを破って執務室にやってきた。


(今日は仕事もほとんど無くて忙しくないと聞いているし、優しいキロス様の事だから、きっといつものヘニャリとした笑顔で受け入れてくれるに違いないわ!)


そんな甘い期待を胸に執務室の扉を叩こうとしたフレアは、扉の向こうからかすかに聞こえたキロス公爵の声に固まった。


「ああ、セリーナ!どうしていなくなってしまったんだ!フレアには絶対に見つからないように執務室で匿っていたのに!」


フレアは聞き間違いかとも思ったが、嫌な予感に痛む胸を抑えた。そして、周囲を見渡し誰もいないことを確認し、ビタリとカエルのように部屋の扉に張り付いて中の会話を聞くことにした。

すると、キロス公爵の悲しげな声が聞こえてきた。


「セリーナとは森の中で出会い、一目惚れだったのだ。あの白い肌にもう触れられないのか·····」


キロス公爵の声に、執事が答えた。


「セリーナ様はスレンダーですから、この窓のわずかな隙間から、部屋を出たのでしょう。わずかなレンガの段差をつたって、高いところからも降りられると聞いたことがあります。私もお世話をさせて頂くうちに、セリーナ様の魅力に惹かれていたので、残念で仕方ありません。探しますか?」


フレアは心が凍ったように、冷たくなっていくのを感じた。


(キロス様は色白細身の美人と執務室で浮気していたのだわ·····私とは真逆の細身の方·····)


涙を堪えるフレアを無視して、執務室での会話は続いていく。


「探したところで見つからないだろう。セリーナは隠れるのが得意だから·····。まずいな·····セリーナはこの部屋から出て、フレアのカエル達を殺しにいったのではないだろうか?」


「ああ、それは心配ですね、セリーナ様の好物ですから·····。やはり急ぎ探した方が良いかもしれませんね·····」


フレアは真っ青になった。

(東の大国ではカエルを食用にすると聞いたことがあるわ。·····もしかして·····隠れるのが得意で2階から壁をつたって降りれるというし、あの伝説のニンジャなのでは!?戦の参謀だったキロス様だから間者としてニンジャの1人くらい側に置いてても不思議ではないわ·····。どうしましょう、私のカエル達が!!)


フレアの頭の中では、細身の女性ニンジャが10匹のカエルの丸焼きを抱えて高笑いしていた。


(私のような、こんな肉団子は、やっぱりキロス様は嫌だったのだわ·····)


フレアは、この暖かい気候の中でなぜか指先が凍えたように冷たくなっていくのを感じた。

フレアに追い打ちをかけるように、執務室で執事が話した。


「それにしても、旦那様は幼い倉庫にカエルと共に閉じこめられて以来、大のカエル嫌いなのですから、そのように胸の内にしまいこんで、無理せずとも良いと思うのですが·····」


その言葉に、フレアは幼い頃の記憶が甦った。

それはフレアがまだ8歳の頃だ。広大な庭園で開かれていた退屈な茶会を抜け出し、フレアはいつものようにカエル探索をしていた。

そして、庭の裏手で庭師が道具入れとして使っているのであろう、人ひとり入れる程度の小屋の扉の前に、不自然に大きな台車が止められて扉が開かないようにされているのを発見した。

フレアは小屋からかすかな物音を察知して、台車をどけて小屋の扉を開けた。すると、小屋の中には黒髪、小柄な少年が「カエル怖いカエル怖い」とつぶやきながら、ガタガタ震えてうずくまっていたのだ。そして、彼の周りには6匹程のヒキカエル達がのそのそ動いていた。

フレアは少年に声をかけるより、自分の欲を優先させて叫んだ。


「キャー!ヒキガエルだわ!このゴツゴツした無骨な感じ!泥沼に擬態できるこの渋い柄、素敵だわ!君はガマハルトと名付けるわ!あ、そこのあなたはメスなのね、媚びない柄ね!カッコイイ女!ガマリーナと名付けようかしら!」


そこまで思い出して、あの時のカエルを怖がっていた黒髪小柄な少年がキロス公爵だったのだと、気づいた。そしてフレアは涙が止まらなくなった。


(キロス様はとってもカエルが苦手で、細身の女性が好きで·····でも、言い出せなくて胸に秘めたままでいたの?それなのに私ときたら·····彼の好きなものが分かるなんて思い込んで浮かれていて·····。本当に馬鹿みたい····。ああ、婚約破棄された時よりずっとずっと苦しい·····。いつの間にかキロス様を大好きになっていたからだわ·····でも、私はカエル嫌いな彼を苦しめていたのだわ·····)


ショックのあまり息が上手くできず 酸欠でふらついたフレアは、胸に抱えていた箱を部屋の壁にぶつけて音を立ててしまった。


その途端、険しい顔の執事がバッと扉を開けた。


「どなたですか!?·····って奥様!何故ここに!?」


フレアは泣きながら青い顔をして、キロス公爵に向かって言った。


「よ、ようやく思い出しました。あの時のカエルに怯えていた黒髪の少年が旦那様だったのですね。·····カエル好きな私がそばにいる事で、さぞかし苦痛だったこととお察しします·····うぅ·····ど、どうぞ、私のことは離縁していただいて構いません!今まで、ご迷惑お掛けして申し訳ありませんでした!」


フレアが嗚咽混じり言うと、キロス公爵は驚いた顔でガタリと執務机から立ち上がった。キロス公爵の胸ポケットは、なぜか不自然に四角く膨らんでいた。

キロス公爵はフレアに歩み寄りながら、優しく語りかけた。


「フレア、泣かないでくれ。どう言えば伝わるかな·····。幼い頃、私にとって『いじめ』も『カエル』も恐怖の対象でしかなかった。しかし、可愛い顔でカエルに頬ずりする君に出会い、物事の捉え方や価値観はひとつではないと気づけたのだ。あの日から『イジメ』を『自分を鍛える試練』と捉えて乗り越えることができるようになった。そして、様々な価値観を知りたくて古今東西の書物を読むようになった。そのお陰で他国の情報にも詳しくなり、参謀として重宝がられるようにもなった。今の私があるのは、あの日フレアと出会えたおかげなのだよ。苦痛だなんてとんでもない、君の嬉しそうな顔を見る度に幸せを感じているよ」


キロス公爵は、そう言ってフレアの頭を慈しむように撫でた。


「でも、でも·····旦那様には他に一緒にいたい女性が·····」


フレアが首をぶんぶん振りながら答えると、振動でフレアの胸元に抱えていた箱から、黒い布がばさりと落ちた。


「フレア!?何か勘違いをしていないかい?·····って!セリーナ!?何故ここに!?」


キロス公爵は驚いた声に、フレアは戸惑って涙が止まった。


「え?どこにセリーナ様が?·····まさかセリーナ様がどこかに潜んでいらっしゃると!?さすがニンジャ!」


フレアは例の細身の女性ニンジャが、自分の背後や頭上に潜んでいるのではと、キョロキョロ周囲を見渡した。


「ああ!違うよフレア!誤解させて悪いね。セリーナとは、フレアが抱えているその箱の中の白い大蛇のことを言っているんだよ」


キロス公爵の発言に、フレアは目をまん丸く見開いた。


「え!?セリーナとはこの大蛇の名前だったのですか!?·····ニンジャではなくてダイジャ!?·····えっと、この子は、今朝お庭で拾って·····きっとキロス様はお好きだろうと思って、クリスマスプレゼントにお持ちしたところだったのです」


フレアは安堵のあまり、へたりと床に座り込んだ。キロス公爵も執事も驚いた顔で、フレアを見ていた。キロス公爵が掠れた声で尋ねた。


「なぜ、フレアは私がこの蛇が好きだと分かったんだ?」


「以前、一緒に森を散策していた際に、同じような蛇を見てヘニャリと笑っていらしたから、きっと好きなのだと思いましたの·····でも、あの時キロス様は『蛇はカエルの天敵だから危険だね』と私を気遣って、興味無いふりをされていたので、クリスマスのサプライズプレゼントとさせて頂いたのですわ」


「そうだったのか·····カエル好きの君が嫌がると思い、執務室で内緒で飼っていたのだが·····君は蛇も平気なのかい?」


「キロス様の好きな物なら、私の好きな物より優先させていただきますわ。そしてキロス様がカエルが苦手ならば、私も庭の池のカエルたちとサヨナラしますわ!」


「いや、その必要は無い·····これを見てくれ」


そう言ってキロス公爵は不自然な胸の四角い膨らみをゴソゴソとして、箱を取り出し、跪いてフレアの前に差し出した。


「これを君のクリスマスプレゼントに捧げようと、胸の内で温めていたんだ。カエルは寒いのが苦手と聞いたからね。君の好きな物のためなら、私もなんだって我慢できるよ」


箱の中には、大きな葉っぱの上に小指の爪の先くらいの小さな黄色のカエルがちょこんと乗っていた。

フレアはその可愛い姿に、顔を好調させて叫んだ。


「こ、これは!?世界一小さいと言われる希少な黄色ガエルではないですか!!」


すると、呆れ顔の執事が口を挟んだ。


「旦那様ときたら執務中は、胸元に入れて温めていたのですよ。これだけ暖かい地方なのですから、その様に胸ポケットの内側にしまい込まないでも良いのではと申し上げてるのですが、フレア様に『最善を尽くしたプレゼントを渡したい』と言って聞いて下さらなかったのですよ。本当に似たもの夫婦ですね。お互い自分のことより、相手の好きなものを大事に思っているのですね」


執事の言葉に、キロス公爵とフレア公爵夫人は大蛇とカエルのプレゼントの入ったガラスケースをお互い抱えてヘニャリと微笑みあったのだった。

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