第141話 鮮血の牙、泥臭く暴れる


「よっし、ここからは私が指示するよ! レイリ」


 カルラが敵に視線を向けたまま、レイリの名を呼ぶ。

 実は既にこれはレイリに対する指示の意味が含まれていた。

 普通なら理解されないだろうが、流石はそれなりに長くパーティを組んできた人間である、レイリはしっかりと把握していた。


「承知、初手でかます」


 鞘に仕舞ったままの愛刀に手を添え、腰を落とす。


「《光速》」


 そして、光の速さで移動可能なスキル《光速》を発動させる。

 発動した瞬間、他者からはたった一瞬レイリの姿が消えるようにしか見えないが、レイリから見たら世界が止まる。

 更に、《光速》中に発動できる《首狩り》も自動的に効果が発揮。

 レイリは止まった世界の中を走る。

 目標はゴブリン集団。


「一つ!」


 一番手前にいたホブゴブリンの首を、抜刀術で斬る。

 無事に首を斬る事が出来たので、《光速》の効果距離が延長される。

 即時に近くにいたホブゴブリンに対して刃を向け、またも首を斬る。


「二つ!」


 次に二匹横並びになっているホブゴブリン達に狙いを定める。

 刀を横に薙ぎ、一振りで二匹同時に首を斬る。


「三つ、四つ!!」


 止まったように見える世界になったとしても、首を斬るというのは見た目以上に技術が必要だ。

 防具によっては首を守っている物もあり、それが邪魔をして首を斬り落とせない。

 また、骨ごと断たないといけない為、斬れ味を優先した作りになっている刀だと、力任せで首の骨を断つと刃が欠けてしまうのだ。

 それに非常に集中力が必要となるので、精神的にも疲労が溜まっていく。

 だから一振り一振りを丁寧に、そして鋭くして斬撃を放っている。

 しかしレイリも修行の身、職業を得たとしてもまだスキル発動中に斬れる首の数は一桁程度だ。

 八匹の首を斬った段階で集中の限界が来たのを感じたレイリは、軽く刀を振って刃に付いた血を払って鞘に仕舞い、元の位置に戻ってスキルを解除した。


 他者から見たら、一瞬姿が消えたと思ったら、すぐにレイリの姿がまた現れたように見えるだろう。


 スキルを解除すると、また世界が動き出した。

 レイリが首を斬ったホブゴブリン達の頭は地面に落ち、切り口から噴水のように鮮血が噴き出る。


「!!!!????」


 ゴブリン視点から見れば、突然仲間の頭が地面に落ちて血を吹いて絶命しているのだ、動揺と恐怖の感情が同時に心にのしかかり、パニックを起こしていた。

 カルラはそれを見逃さない。


「ナイス、レイリ!! レイリとウォーは突撃、好きに暴れちゃって!! ガイはリゥムを守りつつ、近くに来た敵は盾で殴り倒して! リゥムは戦況を見極めながら傷とスタミナの回復!」


 実は回復魔法には、スタミナを少量回復させるものが存在している。

 レイリとウォーバキンは基本的に脳筋な為、細かい指示を出すよりも好き勝手暴れてもらった方がいい。

 そのフォローはカルラとリゥムの仕事だ。


『応!』


 全員がカルラの指示を肯定し、実行に移す。


「おらおらおらおらおらぁぁぁぁ!!」


 ウォーバキンは獰猛な笑みを浮かべながら、ホブゴブリン達に剣を振るう。

 しかし、どうやらこのホブゴブリン達は人間との戦いに慣れているようで、地上にいるゴブリン種より数段実力が上であった。


「カルラ、こいつら戦い慣れてるぜ!」


「わかった! それでもウォーとレイリは戦って! 援護は私に任せて!!」


「あいよ、頼りにしてるぜ!」


 ウォーバキンはカルラの指示に全幅の信頼を寄せている。

 彼女の指示に一切の疑いがない為、ウォーバキンも思い切り行動が出来る。

 例え、敵に背後を取られ、バックアタックを仕掛けられたとしても、カルラがクロスボウを使って仕留めてくれるのはわかりきっていた。


「ウォー、もうちょっと背後も気を遣って!」


「ナイスカルラ! でも、ちぃっとばかり余裕がねぇ。こいつら、統率が取れているし、一撃で殺るのが難しいんだ」


 ウォーバキンからの報告を受け、カルラは戦いながらも状況を把握しながら次の戦術を考える。

 一瞬ウォーバキンをキングの元へ向かわせようかと思ったが、まるでキングを守るようにチャンピオンが三匹もいる。

 しかもこの戦いに参戦せずに、ひたすらキングの護衛に徹している。

 暗殺できれば指揮系統が乱れて戦いやすくなるが、残念ながら《鮮血の牙》に暗殺が出来る人員はいない。


(となったら、やっぱりまずはホブゴブリンを排除しないとだめかぁ)


「皆、大変だろうけどまずはホブゴブリンを排除して! 多分チャンピオンも地上の奴より強い筈だから、敵の余計な援護は減らしたい!!」


『了解!』


 カルラも右手にナイフ、左手にクロスボウという遠近両方対応の二刀流スタイルに切り替えて、前線に出る。

 敵視はありがたい事にカルラ以外に集まっている。

 恐らくゴブリンキングは、カルラは後からでも容易に殺せると判断したから、それ以外の厄介な奴を優先的に殺すように指示をしているのだろう。

 ならばそれを逆手に取る。

 カルラは職業によって底上げされた速度を活用して、一番多く敵に囲まれているウォーバキンの元へ向かう。

 ホブゴブリンの背後に近寄り、ナイフで背後から敵の側頭部を突き刺す。

 刺さった状態のまま手首を捻って傷口を広げると、脳を破壊されたホブゴブリンは絶命する。

 死んだ事が直感的にわかると、ナイフを引き抜いた瞬間に左手のクロスボウで適当に別のゴブリンの胴体目掛けて矢を放った。


 矢は腹に命中し、ゴブリンが短い悲鳴をあげてうずくまる。

 クロスボウは敵を仕留める、というよりは傷を負わせて行動不能にする目的で使っている。

 

「来てくれたか、カルラ! そんなにオレ様と早くヤりてぇのか!?」


 ウォーバキンが下品な事を言ってくる。

 だが、カルラも気分が高揚しているのか、下品に返答する。


「ヤリたい、めっちゃくちゃね!! だから、あんたに死なれちゃ困るのよ!」


「そりゃ男冥利に尽きるもんだ! へっ、こりゃ死ねねぇなぁ!!」


「あんたみたいなおバカに身体を預ける良い女も珍しいんだから、ちゃんと敬え!」


「オレ様なりに敬ってるぜ!!」


 二人は戦いながらも下品な言葉の応酬を繰り広げる。

 しかし息は非常にぴったりで、ウォーバキンの周りの敵の数は確実に減っていた。

 それを聞いていたレイリは、敵を斬りながら、


「何と破廉恥な……。そもそもそのような行為は−–」


 と、戦いながら自身の恋愛観をぶつぶつと呟いていた。

 リゥムは、


「はぁ、あの二人は相当気持ちが昂ってるねぇ。ねぇガイ、今夜辺りは二人に気を遣って二人のテント用意しようか?」


「……やめておけ、声が煩くて寝られなくなる」


「ああ……だねぇ」


 リゥムの提案に、ガイは自身の体と同じ位の大きさであるタワーシールドを使ってホブゴブリンを撲殺しつつ答えた。

 カルラのあの声・・・は煩い。

 睡眠妨害である。

 寝不足になってダンジョンアタックに支障が出てしまったら、本末転倒である。

 リゥムはその光景を想像し、小さく「うげっ」と声を漏らした後、ウォーバキンとレイリ、カルラに対してスタミナ回復魔法を使用する。

 リゥムは《鮮血の牙》の縁の下の力持ちだ、彼が行動不能になったらパーティが崩壊してしまう程だ。

 その為、ガイはリゥムの専属護衛のような役割を担っている。

 ガイは盾以外の武器を持っておらず、盾で攻守共に出来るタワーシールドを愛用している。

 職業の恩恵でタワーシールドすらも片手で振れるようになったので、余計な武器は不要となったのだ。

 それに盾で敵を吹き飛ばす事によって、他の敵の行動を妨害も可能となった。

 現在のような乱戦の場合、非常に重宝する技術なのだ。


 戦闘開始から暫く経ち、最後のホブゴブリンを仕留めた《鮮血の牙》の面々。

 残すはチャンピオン三匹とゴブリンキングのみとなった。







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