第140話 鮮血の牙、出陣
三十階層の中ボス部屋前の扉でテントを張り、ゆっくりと体調を休めたリュート達一行。
食事の際も非常に和やかで、確執があった《黄金の道》の面々も雑談に加わり、すっかり皆と打ち解けていた。
そんな中で、《黄金の道》の福リーダーであるゴーシュが、このような事を言っていた。
「俺達も最初は、弱い者を守る冒険者になるという志だった。だが《超越級》冒険者になって、大量の金が手に入った瞬間、そんな志は霧散していた。皆も覚えておいて欲しい、どんなに堅い意志や目標があったとしても、金と名誉は簡単にそんなものを捻じ曲げてしまう魔力がある」
一度信頼を底辺まで下げてしまった彼等の言葉には、非常に重みがあった。
特に《ステイタス》を付与していないのに現状対人戦無敗のリュートにも、彼等の言葉は重くのしかかった。
別に驕りを抱いていた訳ではないのだが、一歩間違えたらリュートも自尊心が肥えて威張り散らしてしまう可能性だってあるのだ。
《黄金の道》当人達には申し訳ない気持ちを抱くが、《遊戯者》のダンジョンアタックの際は悪い手本になったので、もし自身が威張り始めたら、当時の事を思い出して戒めようと心の中で誓うリュートであった。
しかし、《黄金の道》のリーダーであるラファエルが一番心配しているのは、リュートではなく《ジャパニーズ》達であった。
「てめぇらの世界は、ダンジョンも魔物もいない平和な世界なんだろ? そんな世界で、てめぇらが持っている力は異質どころか唯一無二だ。断言出来るが、絶対にてめぇらは全能感を感じてくるだろうよ」
ショウマは「そんな事はない」と言い返そうとしたが、言葉が出なかった。
ラファエルの言う通り、元の世界に帰ったら周りは普通の人間。
だけど自分達は魔法も使えるし身体能力も元の世界基準で考えたら、化け物級だ。
そんな環境を想像してみたが、容易に調子に乗ってしまう自分を想像できてしまったのだ。
ショウマだけではなく、リョウコも、チエも、冷静なタツオミですら同じ感想を抱いた。
「てめぇらが元の世界に帰って、その過剰な力をどう使うかは勝手だ。だがな、もし自分勝手な事に力を使っていたら、いつかはデカいツケを支払わなくちゃいけねぇ。だからヤバいと感じたら、過去のオレ達を思い出せ。そうしたら、少しは冷静になれるだろうさ」
「わかった、ありがとう」
ラファエルなりにショウマ達の今後を心配してくれているのが伝わってくる。
彼等は底辺まで堕ちて、今信用回復の為に厳しい視線を受けながら踠いている。
だからこそ、言葉の重みがあるし、心にしっかりと響くのだ。
ショウマは彼等の言葉を受け止め、礼を述べた。
こうして彼等の言葉は各々の心に何かしらの影響を与え、食事を終えた後は眠りについた。
「よし、それじゃ今回は誰が中ボス戦をやるか決めよう」
充分な睡眠を取った攻略組一行は、朝食を摂ってテントを片付けた後、ガンツが皆に声を掛けた。
扉は既に開けており、ウィンドウも表示されている。
相手はゴブリンキングなのだが、今回はその配下までいる。
図体が大きいチャンピオンが三体、後は武器を装備しているので最低でもホブゴブリン以上の個体が数十体。
ただのゴブリンは一切いないようだ。
個々の力量は二十階層の中ボスであるオーガよりも劣るが、ゴブリン達の厄介さは集団戦にある。
ゴブリンキングが存在しているという事は、非常に統率が取れている集団であるというのが容易に想像できる。
ある意味、オーガとの戦いよりも厳しいものになるかもしれない。
そんなハードな戦いを、たった一つのパーティが相手にしないといけない。
圧倒的物量さの違いに、怖気付いてもおかしくないのだ。
そう、普通であれば、だ。
「ここは、オレ様達が行かせてもらうぜ」
名乗り出たのは、もう少しで金等級冒険者になれる実力を持つ《鮮血の牙》のリーダー、ウォーバキンだった。
「理由を聞いてもいいか?」
「簡単な話だぜ。オレ様達は銀等級だ、後半戦はもっと厳しくなるだろうから、《超越級》の皆々様をこんな所で使い潰したくねぇのさ」
「成程。だが、大丈夫か?」
「へっ、まぁ見ててくんな。もしやられちまったら、骨は拾ってくれや」
「……縁起でもない事を言うな」
ガンツは眉を顰めながら、ウィンドウに表示されている《鮮血の牙》の文字を触る。
「希望通り、君達を選んだ。だが、絶対に生き残れよ」
「あいよ」
ウォーバキン達は光のカーテンの先へ進む。
その瞬間、無数の多種多様なゴブリン達の殺気が、一斉にウォーバキン達に向けられた。
ゴブリンは戦い慣れた相手だが、このような狭い空間で逃げ道が無い場所でこれだけの数を相手取るのは初めてだ。
流石のウォーバキンも、冷や汗が頬を伝う。
「……カルラ」
「ん?」
ウォーバキンは、信頼できる福リーダーのカルラに声を掛ける。
「この依頼を達成したら、数発ヤラせてくれ」
「……奇遇だね、私もそう思ってた」
スラム出身の二人は、物心ついた時から一緒にいた。
そして辛い現実から逃れる方法は、性に溺れるか麻薬に手を出すかのどちらかだった。
彼等は幸いにも男女だったので、性欲に逃げる事が出来た。
だが、今回はちょっと違う。
生き残れたという実感を味わう為に、互いに信頼出来る異性の身体を欲していた。
そんな二人の会話を後ろから聞いていたリゥムは、溜息を吐く。
「なんちゅう会話してるんだよ、二人共」
「なんと破廉恥な……」
同じパーティの女侍であるレイリは、顔を赤くして呆れていた。
彼女は師匠に恋をしているが、全くの未経験で初心である。
「……それで生き残れるなら、何でもいい」
寡黙なガイは表情を変える事なく、盾を構える。
「うっし! さぁて皆、ゴブリン達をぶっ殺すぞ!!」
ウォーバキンの言葉に、パーティ全員が応える。
『応』
《鮮血の牙》の大舞台が、今開かれた。
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