第135話 疼く狩人
リュートが名乗り出た事で、一行はざわついた。
それもそうだ、《ステイタス》を持っていないのにとんでもない実力を持った彼が、トップバッターとして立候補したからだ。
攻略のリーダーであるガンツも、驚きを隠せない。
「いやいや、流石に早すぎるだろ」
「なしてだ? 冷静に考えたら、オラがここで戦った方がいいべ?」
「どういう事だ?」
「ダンジョンっちゅうのは、下に行けば行く程魔物が強くなるのが当たり前って聞いただ。なら一人だけのオラが後になって中ボスと戦っても負ける可能性がたけぇだよ」
パーティを組んでいないソロのリュートが、後半に出てくる強い中ボスに勝てるかと言ったら、微妙である。
その為ソロでも何とかなりそうな今の内に中ボスと戦って、他の中ボスは複数人数で組んでいるパーティに攻略してもらおう、という考えなのだ。
「成程。わかった、じゃあここはリュートに任せる」
「任されただよ」
ガンツは表示されたウィンドウに書かれてあるリュートの名前に触れる。
すると地面から光の帯が生えてきて、まるでリュート以外の人間は入れないように敷居を作ったかのようだった。
「なんだこれ?」
ショウマが光の帯に触れると、ばちっと音を立てて触れた手を弾く。
「いてっ!! 成程ね、リュート以外は入れないようにしているな」
逆にリュートが光の帯に触ろうとすると、彼を避けるかのように光の帯が消える。
成程、と内心思いながら、リュートは進む。
実は誰にも言っていないが、リュートは疼いていた。
長年狩人として生きてきた彼にとって、目の前にいる中ボスは獲物であった。
狩人にとって獲物を狩るのは、最早使命と言っても過言ではない。
リュートの心が、リュート自身に何度も訴えかけてきていた。
あれは、自分が狩るべきものだ、と。
当然ガンツ達に説明したように、ソロで活動しているリュートにとって後半の中ボス戦は攻略出来ない可能性があるのは本音ではある。
が、やはりこいつだけは自分が一人で仕留めたいのだ。
(……
攻略メンバー一行には見えていないが、あまりにも心が踊っているせいでリュートは笑っていた。
すると――
「リュート、頑張って!」
「リュートさん、ご武運を!!」
背後からエリーとカズネの、応援してくれる声がした。
何故だろう、負けるつもりは一切無いが、二人には良い格好を見せたいと思ってしまう。
リュートは二人の声に応えるように、拳を作って右手を軽く挙げる。
巨大な猪との距離は大体五十
巨体からは想像できない速さに、リュート以外の皆は驚き声を上げるが、リュートにとっては想定内であった。
リュートは余裕を持って左にジャンプし、すれ違いざまに猪の顔側面に、いつの間にか発射準備が完了していた鉄の矢を放つ。
しかし表皮が固いのか毛が固いのかは不明だが、鉄の鏃を通さずに弾く。
「む」
リュートが短く唸る。
全力突進をしている巨大な猪は前足でフルブレーキを掛け、どどどと凄まじい音を立てて何とか停止に成功。
そして、リュートに身体ごと向けて、再度後ろ足で地面を蹴って突進を仕掛ける。
だが今度の突進は一味違う。
初速が既に最大速度にまで加速しており、最初の突進より明らかに速い。
しかしリュートはその突進を避けようとしない。
鉄の矢を弦にあてがい、鏃の先を猪に向ける。
(……これは、どうだ?)
漆黒の弓の弦を、限界まで引く。
最大射程距離が八百
勢いよくどころではなく目に見えない速度で放たれた矢は、巨大な猪に向かっていた。
目標地点は、何と猪の鼻の穴である。
表皮を貫けないなら、毛に覆われていない鼻の穴なら突き刺さるだろう。
そう考えてピンポイントに狙ったのである。
しかしいくら巨大だからと言って、そう簡単に狙える箇所ではない。
弓の現人神と噂される程の凄まじい技術を持っているリュートだからこそ狙える箇所なのである。
猪の鼻の穴に矢が入った直後、リュートの予想通り鼻腔の壁に突き刺さり、それでも矢の勢いは殺し切れずに突き進み、猪の脳へ到達する。
矢は遠慮なく猪の脳を突き進み、貫いた後に頭蓋骨の内側に到達するが、あまりにも固い頭蓋骨は流石に貫通出来なかった。
だが矢は弾かれるとまた脳へ戻り、別の脳の箇所を貫く。
リュートが放った矢は、猪の脳を跳弾によってずたずたに壊していった。
猪は白目を剥き、まるでリュートを避けるように転倒し地面を滑っていく。
やがて部屋の外壁に鼻をぶつけ、全身を痙攣させる。
脳が破壊された事で、意味不明な電気信号が体内を走り、脚がぴくぴくと震えたり上下運動したりといった行動を取る猪。
しかし間違いなく絶命している。
が、リュートは油断しない。
リュートは猪に近付くと、目を狙って更に矢を打ち込む。
その矢も目を貫通して脳にまで到達、脳に容赦ない追撃を与えたのだった。
たった三射。
それだけで、巨大な猪を一人で仕留めてしまったのである。
しかもリュートは一切焦る事無く、むしろ余裕な表情で討伐したのだ。
初めてリュートの腕前を見た《灼華》の面々は、ただただ口を開いて唖然とする他なかった。
「……あれが、あれが噂に名高い《孤高の銀閃》か」
そう呟いたのはリーダーのディブロウス。
《孤高の銀閃》という本人の意思に関係なく付けられた二つ名は、相当に有名であった。
自力で《ステイタス》に近い技能を持ち合わせ、尚且つ超絶イケメン。
仕事もソロだが完璧にこなし、依頼主からの評判も良い。
まさに完璧なる冒険者を体現した存在だ。
だから弓の腕前は相当なのだろうと予測していたディブロウスだが、その予想を遥かに超える強さだった。
焦る事の無い強靭な
どれを取っても一級品であり、《超越級》に到達した自分達が欲しても未だに得られない能力である。
眼前に、理想を体現した冒険者がいた。
(嗚呼、憧れない訳がない……!)
男――いや、
生まれて初めて、敵わないと思い、そして尊敬の念を抱いた。
今までライバル視していたガンツの事は、いずれは追いつけるだろうと思っていた。
しかし、リュートに対しては追いつけるビジョンが全く浮かばない。
もし対峙したとしたら、成す術無く
ディブロウスは、ただただ憧れてしまっていた。
そんな尊敬出来る相手は今、光の帯が解除されると同時にリュートの元へ飛び出していった仲間達にもみくちゃにされていた。
ガンツに乱暴に頭をわしゃわしゃと撫でられ、ハリーには肩を抱かれ、エリーとカズネには抱き着かれ、ウォーバキンとショウマにはリュートの手を掴んでぶんぶん上下に振っている。
そんなもみくちゃにされている本人は、とても嬉しそうに笑っている。
彼が実力で得た仲間との信頼と絆が固いのは、ディブロウスが見てもわかる。
(……このダンジョンアタックは、彼等となら意外と簡単なのかもしれないな)
ディブロウスは、小さく笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます