第126話 凡帝と呼ばれる男


 リュート達を乗せた馬車は、快調に進んでいた。

 馬を酷使しないように適度に休憩を入れ、たまに現れる魔物を効率良く速攻で排除し、食べられる獲物をリュートが弓で狩り、休憩がてら食事をしたり。

 馬車の中にいる面子は可能な限り睡眠を取り、そして御者役を交代等を繰り返し、急ぐ旅路でも疲れが少ないように配慮し合っていた。

 そのおかげか、随分と予定より早く関所を越せそうだ。


 これも全員が職業を得て、より強さの高みを駆け上がった結果だった。

 リュートを含めて職業を得た全員が、自分の身体の動きやすさを体感して戸惑っていたのだ。

 愛用していた武器の使い方が、非常に滑らかになったのだ。

 いや、職業がまるで武器の扱い方を教えてくれるような感覚がある。

 それをなぞると、不思議と武器を手足のように扱える、そんな不思議な感覚に陥った。


「すごいな、職業とは! まさかこれほどとは!」


 興奮気味にガンツが叫ぶ。

 それを聞いていたカズキは満足そうに頷いた。


「満足頂けたようで何よりです。身体に違和感はありますか?」


「いや、ない。むしろ絶好調だ」


「よかったです。ですが職業はあくまで身体の最適化を行うものだと思ってください。それ以上の高みを目指すなら、職業が教えてくれる身体の動きを自分なりに研究し、上手に昇華してあげてください」


「ああ、肝に銘じよう」


 皆、職業によって得られた力に目を輝かせ、自身の目の前に広がった可能性にときめきを隠せないでいた。

 リュートもその一人である。


(この中で一番職業の恩恵を受けたのはリュートさんだ。恐らく《職業付与》スキルで最上位の職業といっても過言ではないだろう)


 カズキはリュートに視線をやり、そのように心の中で思った。

 唯一無二、そして弓の神に至る可能性があるリュート。

 恐らくこれからも現状を良しとせずに己を磨き続けるだろう。

 もし、万が一にも職業が更に進化した場合、どうなってしまうのだろうか。

 カズキには全く予想が付かなかった。


 現在リュートは御者台に座り、鍛え抜かれた五感を活かして周囲の気配を探っている。

 これがスキルの力ではないのだから凄い。

 そして隣を並走している馬車の御者台にはエリーがいる。

 斥候として優れている彼女もまた、リュートと共に周囲の気配を探っているのだ。

 魔物と獲物の両方を探している彼等の探知に引っ掛かると、お互いハンドサインで指示を出し合って狩りを実行する。リュートは御者台から離れず、その場で狙撃、エリーは職業によって更に向上した素早さと身軽さを活かして獲物に詰め寄り、ナイフで仕留める。

 非常に息がぴったりの二人である。

 リュートもエリーには全幅の信頼を寄せているので、安心して指示を出せる。

 こうして道中の食事事情も問題が全く無く、気が付いた頃には関所までもう少しという距離まで来ていた。

 どうやら封鎖されている気配はない。

 早く行動を起こした事が良い結果になったようだ。


「皆さん、少しペースアップしましょう。関所を抜ければ後は街を目指すのみ。頑張りましょう!」


『応!』


 カズキが大声で皆のやる気を出させる。

 皆の顔に疲労感は一切ない。

 順調だ。

 順調すぎるからこそ、気を緩めてはいけない。


(……絶対に、帰ってみせる)


 カズキは無意識に拳を作って振るわせていた。











 一方その頃。

 軍事帝国オーデュロンの帝都 《ラウドシュラー》の中央にある巨大な城。

 そこに第七十二代目帝王 《エミリオ・レミ=ガーシュ》がいた。

 彼は純金で作られた玉座に堂々と座り、宰相が持ってきた書類に目を通していた。


「……成程、《ラデュ・オン=バーン》に勝利すれば、異世界へ行く事が可能となる、か」


「左様で御座います」


「その異世界とは、流れ者達の世界に行ける、という事か?」


「恐らくは」


「ふむ、そこは確定情報ではないのだな」


 エミリオは自身の頭の中で様々な思案を行っていた。

 この男、愚王では決してないのだが、賢王でもなかった。

 言うなら平凡な王なのである。

 だからと言って決して役立たずという訳ではなく、王としての最低水準の能力は上回っている。

 しかし頭の回転が遅いので、即決能力に関しては他国の王より劣っている、というのが宰相の評価である。

 そんな帝王だが、顔は非常に良く、子を成す相手には一切困らない点は王族として非常に高く評価出来る。

 美形というのは、外交に置いてもまつりごとに置いても非常に有効な武器である。

 歴代帝王の中でも、エミリオを超す美形は残念ながらおらず、故に圧倒的な暴力を使って隣国を制圧してきた。


 現在は停戦時期である。

 度重なる戦で人材を多く消費してしまったので、今は休んで人材回復をしている最中なのだ。

 だからと言って何もしない訳ではない。

 むしろこの停戦時期の時に、《ラデュ・オン=バーン》の情報は帝国側にとって非常に吉報だった。

 が、そこは平凡な王であるエミリオ、一気に踏み込む事が出来ない。

 如何せん慎重すぎるのだ。

 今彼の頭の中では、五十階層超えのダンジョンを制覇し、無事異世界に渡れるかという部分が強く引っ掛かっておりGOサインを出すのを躊躇していた。

 また無事にこちらの世界に帰って来れる保証もない。

 一応ダンジョン産のアイテムで、如何なる場合でも対となるアイテムを設置すれば一度だけ帰還できるという《時空帰還石》を一セット所持しているのだが、時空を超えても正しく作動するかは不明だ。


(さて、どうしたものか……)


エミリオは自身のこめかみに指を当て、とんとんとリズミカルに叩く。


「宰相、もし《ラデュ・オン=バーン》のダンジョンへ進行する場合なのだが、誰をあてがう?」


「はっ。帝国内にも元の世界に帰りたい流れ者冒険者や兵士がおります。その者達を使って攻略を進めるのが最良かと」


「成程、帰還を餌にしてという訳か」


「はい」


「……強さは如何ほどか?」


「流石流れ者といった所でしょうか、非常に強力なスキルと《ステイタス》を得ておりまして、位階レベルは七十台で御座います」


「ほほぅ、随分と高いな」


「その、何と申しますか、やや戦闘狂いな所が御座いまして、少々御しにくいのが難点で御座います」


「そこは餌をぶら下げれば従うから問題無いだろう。しかし、位階レベルは七十台か……」


 ここでまたエミリオが決断を躊躇してしまう。

 何故なら《ステイタス》で位階レベル七十台と言えば、非常に優秀な戦力なのだ。

 もし無事にダンジョンを攻略出来た際には、優秀な人材が帰還してしまう。

 ならば手元に置いておいた方が、帝国への利益は相当なのではないだろうか。

 実際位階レベル七十台となれば、一騎当千の活躍が見込める程だ、手放すのを躊躇うエミリオの気持ちは宰相でも非常にわかる。


「宰相よ、その流れ者達以外で攻略可能な人材がいるかを調べろ。無事彼等が帰還してみろ、我等が損してしまうではないか」


「かしこまりました、早急に調べ上げましょう」


 帝国は現在、この停戦時期を利用して戦力増強を行っている。

 その一つの案として、何とかして文明的にとても発展しているという流れ者達の世界に渡り、技術の一端を盗んで軍事転用しようと何代にも渡って模索されていたのだ。

 そこでエミリオの代に来て、絶好のチャンスが舞い降りてきた。

 見逃す訳がない。


「関所及びダンジョンの封鎖は如何なさいましょう?」


「人材を見つけてからで良い。今はダンジョンへ送る人材をリストアップせよ」


「御意」


 エミリオのこの判断が、リュート一行にとっては非常に救いとなった。

 もし彼がここで即決でダンジョンアタック開始を指示していたならば、全ての関所とダンジョンの入口を封鎖し、帝国が独占していた事だろう。

 この人材リストアップの作業という時間的猶予が生まれたからこそ、リュート達はグラニーツァ関所を超え、無事にレッドバーンズ街へ辿り着く事が出来た。

 

 帝国より一足先にダンジョンアタックを始めたパーティが存在すると知ったのは、リストアップが完了しダンジョン入口封鎖の指示を出す直前であった。


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〇帝王の名前の由来と帝国の現状

 帝国建国からずっと帝国を支配してきたレミ=ガーシュ家。

 家名の付け方が超常的存在と非常にそっくりである。

 理由としては、建国時の神話において「唯一超常的存在と同じ名の付け方を許された、偉大な人間の血筋である」というものだ。

 つまり、レミ=ガーシュ家は超常的存在と立場は一緒、というのが帝国内での認識である。

 帝国こそが覇王であり、超常的存在に認められた人間こそ至上である為、亜人は偉大なる人間の家畜である、という認識も助長させたのだ。

 実際、世界の中で一番の国土と軍事力を誇っているのだが、現在はあまりにも戦争を仕掛け過ぎた為に兵力が著しく減っている。

 それにここに来て個々が優秀な人材で溢れているラーガスタ王国、産まれてから数年で戦えるまでに成長する物量で戦いに挑む獣人国等、全世界征服の覇業を阻む国が存在しているので、現在世界侵攻は足止めを食らっている状態だ。

 

 現状打破の会心の一手は、非常に文明的に優れている流れ者の技術を一刻も早く吸収・軍事転用して侵攻の再開を目論んでいる。

 のだが、現帝王のエミリオの決断力の無さが足を引っ張り、上手く行っていないのが現状である。

 その為、反エミリオ派と呼ばれる組織が虎視眈々とエミリオの首を狙っているのだが、まだ組織は誰にも認知されていない。

 もしかしたら、リュートが生きている内に、帝国の歴史は大きく動くかもしれない。

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