第110話 男だらけの恋バナ


 リュートがエリッシュの館へ行っている頃、《竜槍穿りゅうそうせん》のハリー、《鮮血の牙》のウォーバキン、《ジャパニーズ》のショウマがギルド併設の酒場で真昼間から酒を飲んで談笑していた。


 この三パーティは特に依頼が無く休暇にしていたので、良かったら飲もうと誘って飲み会が開かれた。

 当然リュートを誘おうとしたのだが、既に指名依頼が入っていて出掛けているという。

 エリッシュ専属の《勇者》なのだから、自分達より忙しいのだろうと残念に思いながら諦めた。


「おいハリーの兄貴よ、いつあんたはニーナに告るんだよ」


 既に酒を何杯も飲んでいるので、三人共良い感じに酔っていた。

 そこで出てきた話が、ハリーの想い人であるニーナにいつ告白するんだという内容。

 何度も恋バナをしているので、各々の恋愛事情は把握しており、猪突猛進型のウォーバキンとしては、ハリーの奥手さに内心苛立っていた。


「……正直すぐに告白したいさ。だが、彼女は貴族令嬢――身分の差がありすぎる」


「はっ、身分なんて関係ねぇじゃんか! 告って結ばれたらどうにでもなる! 何なら駆け落ちしちまえ!」


「いやいや、それは無責任だから……」


 ハリーは恋愛は慎重派で、いつまで経っても告白しない。

 苛立ちが限界まで溜まっているウォーバキンは、ハリーに駆け落ちを勧める始末。

 それをショウマがどうどうと抑え込もうとする。


「俺様としてはまだショウマの方が好感持てるぜ。向こうの世界に女がいるってのに、リョウコと出来ちまった。二股だな、二股!」


「ぐっ、それを言われると心にダメージが……」


「……まぁ気持ちは分らんでもない。お前達異世界人からしたら、この世界は相当過酷だろう。そして四人で支え合って、特にリョウコとは気が合ったから結ばれた。だろう?」


「……そうなんだよ。でもさ、向こうの世界からこっちに来て二年以上経ってさ、段々向こうの彼女の顔が思い出せなくなるんだ。それがさぁ、男としては最低だと感じるし、薄情だなとも思っちゃうんだ」


 ショウマにとっての異世界の生活は、死と隣り合わせだし死を目の当たりにする事が非常に多かった。

 元の世界では絶対に体験しないであろう非常識な体験は、段々と元の世界での思い出すら上書きしていってしまう。

 愛しい彼女との甘くて楽しい思い出すらも。

 そして今大事なものに気が付いてしまうのだ。

 それがリョウコだった。

 現在世界を跨いだ二股状態な現状に、ショウマは罪悪感で押しつぶされそうになっていたのだ。


「まっ、俺様に言わせればお前らがいつ元の世界に戻れるかわかんねぇんだ。それに、戻る前に死んじまう可能性だってある」


「……うん」


「だったら、今はこの世界で生き抜いていくしかねぇ。ショウマの心とか本能は、リョウコをこの世界で生きる為の伴侶として選んだんじゃねぇか?」


「……そっか」


「だからあんまし難しく考えんな。もしかしたら、向こうの彼女は既にお前の事を忘れて別の男を作ってる可能性だってあるしな」


「……えっ」


「おい、ウォー!!」


「ハリーの兄貴、ここは正直に言った方がいいんだって。お前だってリョウコとこっちでくっついたんだ。向こうだってあり得ない事はないだろうよ」


 ドストレートな正論に、ショウマは黙り込んでしまう。

 失念していたのだ。

 未だに彼女はショウマの帰りを待っていると思い込んでいたからだ。

 二年以上も行方不明な男を想っている程、彼女は大人ではない。

 それに彼女は可愛いから、ショウマの事を忘れて別の男と付き合っている可能性だって大いにある。


「ウォーの言う通りだ、可能性は充分にあるわ」


「だろ? まぁもし早く向こうに戻れたんなら、どっちかの関係を終わらせて付き合えばいいだけだぜ?」


「……そうだね」


 一拍考え込むと、ジョッキに注がれた酒を一気に飲み干すショウマ。


「決めた、俺は涼子を取る!」


「へぇ、いいじゃねぇか! ハリーの兄貴より男前だぜ!」


「ぐっ! ……わかったよ、俺も覚悟を決めてやる」


 ショウマに続いてハリーも酒を一気飲みする。

 その二人を見て満足そうにゆっくりと飲み干すウォーバキン。


「ぷはぁっ! ってかウォーは好きな人とか恋人はいないの?」


 一気飲みしたショウマが、ウォーバキンに質問をする。

 ショウマとハリーは、全くウォーバキンの恋愛事情を知らなかった。

 

「んあ? いねぇな、どっちも」


「あら、マジか。俺はてっきりカルラとそういう仲だと思ってた」


「カルラ? ん~~、ないな」


「ないんかい……」


 そもそもウォーバキンにとって、カルラは傍にいるものだと思っている。

 故に恋仲と言われたらそうでもないし、恋心があるかと言われたら、それも違う。

 物心ついた時からスラムで常に共に行動をしてきたカルラは、傍にいるのが当たり前な存在なのだ。


「あいつとの関係性は、なんというかさ、言葉じゃ言い表せないんだ。でも間違いなく恋仲じゃねぇな」


「ふむ、既に家族、みたいなものか」


 ハリーが腕を組み、一人納得したように頷いている。


「家族かぁ、そうかもしんねぇな。お互いヤりたくなったらヤるしな」


「ふむふむ――は? ヤってるって、そういう事か?」


「そういう事だ。ほら、俺様とカルラはスラム出身だろ? スラムでのストレス解消方法はヤクキメるかヤるかのどっちかだった。俺様達は後者を選んだって訳だぜ」


「え、えぇぇぇぇぇぇ」


 ショウマからしたら、なかなかぶっ飛んだ倫理観である。

 だが、薬を使用するよりかは健全なのかもしれない。


「まぁ俺様の事はどうでもいいんだ。それより、めっちゃくちゃ興味ある事があるんだ」


 ウォーバキンはジョッキを置いて、前かがみになる。


「今、リュート争奪戦がどれ位進んでるかってのが一番気になるんだぜ!」


「「ああっ、わかる!!」」


 今やリュートは王都一の有名人である。

 容姿も優れており性格も良し、訛りが強いが欠点にならない程仕事も出来て財産も凄い事になっているのだ。

 王都の女性の大部分がリュートに恋慕しており、皆リュートをゲットしようと頑張っている。

 しかしながら、過去の女性経験がトラウマとなっているリュートは、女性との距離を置いているのだ。

 故に仲を深める機会が得られないのが大半だったりする。


「そう言えば、男冒険者内でトトカルチョやってたなぁ」


 ふとショウマが思い出す。

 トトカルチョの内容は当然ながら、『誰がリュートを射止めるか』である。

 

「確かフィーナ嬢とエリーが一.二倍で、ミリアリア嬢が大穴の四十倍だったな」


「ぶはははははははっ!! あのケツ振ってリュートを魅了しようとしてた受付嬢か!! あいつには効果ないだろうよ!!」


「……ぷっ」


 ショウマから聞いた賭けの倍率を聞いて、ウォーバキンは盛大に笑い、ハリーは小さく噴き出して笑った。

 哀れなり、ミリアリア。


「でもやっぱり今んとこ有力なのは、フィーナとエリーだよな。あの二人はしっかりとリュートの事をわかっていやがる」


「だね。普通に接しながら時折女性らしさを見せるっていう作戦、結構リュートに効いているみたいだよ」


「ふむ、《遊戯者》討伐後の打ち上げの際、うちのエリーの仕草に顔が少し赤くなっていたしな」


 フィーナは顔面偏差値が高いギルドの受付嬢の中では、可愛いのだが群を抜いている程ではない容姿だ。

 胸も程々、尻の大きさも普通、印象としては仕事が出来る女といったものだ。

 だが受付嬢の中で、リュートに見惚れて呆けてしまう者が多数いる中、理性を保ってきちっと仕事をこなせるのは彼女しかいない。

 ビジネス部分ではリュートから一番信頼されている彼女だが、まだプライベートでデートまでには至っていない。

 もし、プライベートにまでフィーナが踏み込めた時、一気にエリーが不利になるだろう。


 そしてフィーナと良い勝負なのがエリー。

竜槍穿りゅうそうせん》の斥候として活躍している金等級冒険者。

 細い体躯をした彼女は、胸はない訳ではないが物足りないといった、セクシーからはかけ離れている女性だ。

 しかし流石冒険者だけあって、身体は引き締まっているので健康的でホットパンツから見える太腿は素晴らしい脚線美だ。

 それによくころころと笑う彼女に対して、リュートも大分気を許している様子。

 たまに彼女の仕草を見て、異性としての魅力を感じているようにも思える。

 だが、まだ一歩が足りない!

 気の許せる同業者留まりなのだ。

 恐らく何かきっかけがあれば、男女の仲になりえる存在で、フィーナからしたら一番排除したいライバルだろう。


「《竜槍穿りゅうそうせん》のリーダーとしては、是非エリーと結ばれて欲しいと思っている。エリーに三千ペイ賭けよう」


「えっ、賭ける流れなの!? 俺はそうだなぁ……。顔見知りだからエリーに頑張ってほしいなって事で、エリーに千ペイ」


「俺様はフィーナに四千ペイだな! エリーよりフィーナの方が色っぽいし!」


 いつの間にかトトカルチョに賭ける話になっていた。

 だが酔いもあるのか、喜んで賭ける三人。

 賭けた金額は安くはない。

 だが、これ程面白い賭けに乗らない手はない。


 三人が財布から金を取り出そうとした時、酒場の扉が勢いよく開かれる。

 扉に視線をやると、珍しく息を切らしているリュートがいた。


「……ショウマ、よかっただ。おめぇに話があるだよ」


 いつになく真剣な表情のリュート。

 

(えっ、何。もしかしてリュート、俺にこく、はく!?)


 何故そういう思考になったのかは不明だが、それ程真剣な眼差しでショウマを見ていた。

 だが、真剣な表情なのだが、焦りの色も見えている。

 ショウマはすぐさまアホな思考をゴミ箱に捨て、リュートに聞き返した。


「話って、何だ?」


「おめぇ達 《ジャパニーズ》に関する事だ。皆を大至急ここに呼んでけろ」




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