第107話 絶望を振り払う銀閃


 リュートはギルド側が用意した馬に乗り、風のように駆る。

 何かあった時の為にと、リュートに勉強を教えているオーギュストが馬術も教えてくれたのだ。

 今では自在に馬を操る事が出来、オーギュストも驚いていた。

 ……何故か雌馬から大人気ではあるが。

 この馬も雌馬である。


「すまねぇ、無理させてるだ。だけんど、助けなくちゃいけねぇからもう少し頑張ってけろ」


 リュートは馬にそう言うと、馬は鳴き声で「大丈夫」と言うように答えた。

 

 ちなみに、《現界》には動物は存在しておらず、今は全て魔物と言っていいだろう。

《現界》が創造された当初は動物は確かに存在していた。

 しかし、超常的存在が魔物を狩り尽くしたと思っていた魔物達は、ひっそりと地上で生きていたのだ。

 その為、今現在現界に存在している生物は、何らかの魔物の血が流れている為、半魔物という言葉がしっくりくるだろう。

 リュートが乗っている馬も半魔物で、体力や脚力は相当なものである。

 しかし残念ながら、ダッシュボアみたいに魔力を所有していない為、これ以上速く駆る事は不可能であるが。


 それでも相当速く、東の町付近に到着する事が出来た。

 馬の速度を落とし、目を凝らす。

 すると、約七百メートルミューラ先に戦闘をしている集団と、遊んでいるであろうワイバーンの集団を発見した。

 遠くから見ているのでそこまで詳細がわからないが、明らかに人数が減っている。

 

「……腹の中、か」


 間違いなく腹の中に納まってしまったのだろう。

 生憎まだワイバーンはリュートには気付いていない。

 奇襲は、余裕で仕掛けられるだろう。


 まずリュートは周囲を確認する。

 出来れば丘などの高台が欲しいのだが、残念ながら高台は見た限りでは見つからなかった。

 軽く舌打ちをしつつ、馬から降りて「待っていて」と馬に話し掛けると、馬は頷く。

 どうやら待ってくれるようだ。

 ……何故かかなり頬ずりをされたが。


 リュートは戦闘している集団を中心にし、半径五百ミューラの距離を保つ。

 ワイバーンの視覚、聴覚の範囲外がこの五百ミューラなのである。

 彼は長年の狩りの経験で、身体で相手との距離をかなり正確に開ける事が出来る。

 距離を保ちつつ、矢の進路を妨害する障害物がない開けた場所を探すと、何もない場所を発見した。

 気付かれたらこちらに向かってくるだろう。

 なら、気付かれる前に相当数を減らせばいい。

 リュートの得意の速射で。


 リュートは地面に生えていた草をむしり、空中に投げる。

 風向き、風の強さを正確に知る為だ。

 微弱ながら、左から右に向かって風が流れている。

 弓使いにとっては、この微弱な風もしっかりと把握しておかないといけないのだ。

 そして矢を弦にあてがい、風を考慮して放つ。

 矢をあてがってから放つまでの時間は、一秒も掛かっていない。


 矢は恐ろしい程の速さで標的の頭目掛けて飛んでいき、そして貫く。

 リュートはわざわざ着弾を確認せず、放った瞬間に次の矢を準備し、これまた一秒以内に次の標的へ放つ。


 生き残った冒険者から見たら、リュートが放った矢は、鏃が太陽に当たって銀色に光っている為、一筋の銀閃が絶望から助けてくれたように思えるだろう。


 瞬く間に一頭、また一頭と絶命していく。

 そして残り五頭になった時、ようやくワイバーン達は敵襲と気が付いたようだ。

 リュートからしたら「遅い」の一言である。

 

 淡々と矢を放つリュート。

 敵を探す動作をしているが、矢は脳天を貫き、容赦なくワイバーンを屠っていく。

 そして――


おしまいおしめぇだべ」


 最後のワイバーンを、五百ミューラ先の開けた場所から一歩も動く事なく、たった一射で始末した。

 合計二十頭を、リュート一人であっという間に全滅させたのだった。

 

ワイバーンあいつの肉、結構美味いんだよなぁ」


 王都に来てから暫く《竜種》の肉とは疎遠になっていた。

 少し涎が出てしまったのは、内緒である。


 懐かしの《竜種》の肉の味に浸っている時間はない。

 リュートは我に返って生き残った冒険者達に近付き、声を掛ける。


大丈夫でぇじょうぶか、おめぇら? 遅れちまってすまねぇだよ」


 生存者は十七名。

 半数近くがワイバーンの餌になってしまったという事だ。

 現場を見ると、喰われた残骸として手首が落ちていたり、手の指が落ちていたりした。

 当事者からしたら地獄だっただろう。

 生存者達は目尻に涙を浮かべる者、天に吼えて生存を喜ぶ者、その場にへたり込んで乾いた笑いを発する者と、三者三様の生き残れた事実に対しての喜び方をリュートに見せた。


「助かったぜ《銀閃》。このままだったら間違いなく全滅だった」


「もしかしてこいつら、オラ達の対処を覚えてたんか?」


「ああ。多分、この町の連中がある程度戦ったんだろうな。それを見て大まかに学習しちまったようだ」


「ああ……」


 ワイバーンは学習能力が高い。

 町民の抵抗で、人間の対抗手段や攻撃方法を覚えてしまったのだろう。

 そんなワイバーンが二十頭もいるなら、冒険者はもっと必要だっただろう。

 大まかに見積もれば、倍の六十人。

 

「死んだ町民の奴等に悪態は付きたくねぇけど、とんでもない置き土産をしてくれたもんだぜ」


「……全くだぜ」


 生き残った冒険者達は、ついつい愚痴をこぼしてしまう。

 リュートも、そこは否定できないので沈黙を貫く。


「んじゃ、皆ギルドへかえ――」


 リュートが皆とギルドへ帰ろうとした時だった。

 遠くから恐ろしく大きな咆哮が聞こえた。


「な、なんだ!?」


 すると、小さく地面が揺れる。

 それがドドドと音を立てて、振動が段々と強くなっていく。

 とてつもない速さで、何かが向かってきている。

 しかもとんでもない巨体だ。


 リュートは、視認できた。


「ああ、《ランドリザード》だべ」


「ら、ランドリザードだって!?」


 リュートの言葉に、更に絶望する生存した冒険者。

 終わった、もう戦う気力は無い。

 例え《銀閃》であっても、あの巨体は一撃で仕留められないだろう。


 ランドリザード。

《竜種》の中で《陸竜》と分類される魔物で、羽根を持たない代わりに馬より速い速度で走る事が可能だ。

 それに《竜種》の為、体力も相当で逃げ切る事は基本的に不可能とされている。

 またランドリザードの鱗は固く、鉄の剣では刃が弾かれてしまう。

 故に戦い方は鱗がない腹を裂くか、足裏の鱗が無い部分を斬るしかない。

 まあそこに到達するのが、そもそも命懸けであるのだが。


「ははっ」


 誰かが笑った。

 リュートだ、リュートが笑ったのだ。

 絶望して笑っているのではない、とても嬉しそうな表情だ。


「ぎ、《銀閃》? お前、何笑ってるんだ?」


「いやぁ、あいつの肉さめっさ美味いんだぎゃ。なぁ、あいつオラにくれねぇか?」


「いやいや、お前、あいつは流石に無理だろ!」


「ん? 別にあいつぐれぇなら、いつも一人で狩ってただよ」


「……は?」


 彼が何を言っているのかよく理解できない冒険者達。

 それもそうだ。

 相手は《超越級》ですら手を焼く《陸竜》だ。

 それを彼は食糧と思っているのだ。

 こいつ、もう《超越級》すら超越してないか?

 心の中でそうツッコミを入れる。


 リュートは矢筒から矢を一本取り出し、弦にあてがう。

 そして狙う動作をする事無く、矢を放つ。


「えっ、はやっ!?」


 冒険者の誰かが、驚きの声を挙げる。

 それもそうだ。

 まだ大雑把に敵との距離は六百ミューラ程離れている。

 そんな距離を狙わずに射るのだ。

 口を開けて驚くしかないだろう。


 漆黒の弓から放たれた矢は超高速で、ランドリザードも視認できなかった。

 結果、矢はランドリザードの頭部でもっとも柔らかい眉間に突き刺さり、そのまま頭蓋骨の柔らかい部分を貫通し脳を貫き破壊する。

 流石の《竜種》も脳を破壊されたらどうしようもなく、訳の分からないままランドリザードは絶命し、走った勢いのまま地面に倒れ込むが、あまりの勢いに五月蠅い音と土煙を立てながら地面を滑っていく。


 冒険者達からは悲鳴が上がって避難をするが、リュートは一歩も動かない。


「おい《銀閃》、ランドリザードに轢かれるぞ!!」


大丈夫でぇじょうぶだ」


 ランドリザードの死骸の勢いは、地面との摩擦で徐々に失われていき、リュートの目の前でぴたりと止まった。

 リュートはこれも計算した上で仕留めたのだ。


「ほれ、いい飯の調達完了だべ。久しぶりだから楽しみだなぁ」


 死んだランドリザードの頭を、大事そうに撫でる。

 もう食材としてしか見ていないのだろう。


 冒険者達は、有り得ない光景を目の当たりにし、ただただこう思うしかなかった。


(……こいつ、イかれてるだろ)






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〇動物について

《現界》には純粋な動物は一匹もいないとされている。

 全てが自身と同じ形状の魔族と混ざり、子を成していった。

 故に半魔物という言葉が正しいだろう。

 馬種は魔力を持たない代わりに、身体能力が大幅に向上した。

 猪種は魔力を持っており、鼻先に魔力を集中する事で鉄板位はへこませられ、脚に魔力を集中すればとてつもない速さで突進する。

 他にも色々な生物が、魔力を持っていたり持っていなかったりする。

 

 ちなみに、半魔物化した動物は、大抵美味い。

 故に人間にとっては脅威ではあるのだが、大事な食料でもあるのだ。





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