第105話 ワイバーンに襲われる町


 バーヤが《現界》に出てきた影響で、何もない空間からボトリと現れたのは、ワイバーン二十頭だった。

 彼等は元からいた存在ではなく、脈絡もなくワイバーンの姿を与えられ、地上に放り込まれた生まれたてである。

 通常の魔物の生まれ方と違う点は、生まれた瞬間から成体である事。

 ある程度地上に住み着いてしまっている魔物達は、交尾をし出産もしくは産卵する。

 が、超常的存在が影響して生まれ落ちた魔物は、最初から成体である。


 そんなワイバーンの成体二十頭が最初に思った事は、「腹が減った」だ。

 彼等は生まれたばかりなのに翼を羽ばたかせ、空に飛び立つ。

 そして、餌が何処にあるかを見渡す。

 するとどうだろう、随分と食い応えありそうな二足歩行の生物が沢山いるではないか。

 ワイバーン達は、全速力でその生物がいる所へ向かう。

 どうやら群れで行動している生物のようで、選り取り見取りな餌ばかりで涎が出てくる。


 ワイバーンは両翼を広げると約四メートル《ミューラ》もある。

 巨大な彼等が翼を羽ばたかせたら、それはそれは翼膜が風にはためいて出る大きな音が、人間達えさたちにも聞こえる。


「……ん? 何だこの音は――なっ!?」


 町のとある男が、遠くからやってくる魔物の群れに気が付いた。

 まだ遠くからなのに翼を羽ばたかせる音が聞こえる程、恐らく巨体だ。

 これは非常に不味い。


「ま、魔物の群れだー!! 迎撃するぞ!!」


 この町はあまり裕福ではなく、冒険者に依頼する余裕がない。

 そこで彼等は代々戦う術を磨き上げ後世に伝え、町民だけで襲ってくる魔物を狩って自衛していたのだった。

 故に腕に少し自信がある連中ばかりが集まっていた。


「何の魔物かわかるか!?」


 別の町民が男に訊ねる。


「わからん! だが巨体の鳥型だ!」


「……巨体か。今魔法使いは町にはいるか?」


「アルフレッドがいる筈だ。あいつは《黒魔法》が使えるから、どでかいのを叩き込める筈だぜ」


「後は弓使いも呼べ! 数も多いから総員でかかるぞ!」


 町民達は各々の得物を手に取り、戦闘準備を完了させる。

 空を飛んでくる魔物達のシルエットが、どんどん近づいてくる。

 そして正体が明らかになった時、町民達は絶望した。


「わ、ワイバーン……」


「《竜種》だ、と」


 鳥型の魔物だと思っていたが、蓋を開けてみれば一番厄介な《竜種》だった。

 ワイバーンは《竜種》の中では弱い部類だが、それでも人間にとっては脅威でしかない。

 

「ち、畜生……。アイン、女子供は急いで町から逃がせ! 俺達は女子供を逃がすまでの時間稼ぎをする!!」


「……ちっ、そうなるわな。もうすぐで娘が生まれる時だったのに、その前に死ぬ事になるとは。ついてねぇよ」


《竜種》は腕利きの冒険者でも命を落とす程の強者だ。

 いくら自衛してきた町だからと言って、所詮は素人より長けている程度のもの。

 そんな自分達がワイバーン達と戦っても、勝ち目がない。

 ならせめて、女子供が逃げられるように、命を賭けて時間稼ぎをするしかない。


「く、来るぞ!!」


 ワイバーンの下品な咆哮が聞こえた。

 町の男衆は武器を構える。


 しかし、この戦闘のせいで、ワイバーン達は学習してしまう。

 人間がどのように戦うのかを。

 

 一人が矢を放つ。

 が、ワイバーンより大きく逸れて外れる。


 成程、死にはしないが翼に当たったら面倒だ。

 ワイバーン達はそのように学習し、次は高度を上げる。

 弓矢の射程を測る為だ。

 矢が届きそうなら少し高度を上げて、丁寧に矢の射程を調べた。

 そして、大体この程度の高さまで上がったら矢は届かない事を学習する。


 次は別の人間が火の玉を放ってきた。

 初めて見る攻撃にワイバーン達はじっくりと観察する。


「《ファイヤーボール》!!」


 火の玉が勢い良く放たれ、自分達に向かってくる。

 今度は矢と違って、どうやら射程距離はなさそうだ。

 しかし弾速は遅く、ワイバーン達にとっては容易く回避できる程の速度だった。


「くそ、当たらない!!」


「次の魔法を詠唱しろ!!」


 火の玉を飛ばしてきた人間が、何やらブツブツ言っている。

 試しに妨害してみよう。

 ワイバーンは口から炎のブレスを魔法使いに向けて吐く。

 

「うわっ!?」


 魔法使いは地面に転がって回避を成功させた。

 そして火の玉は飛んでこない。

 ワイバーン達は、ブツブツ言っているのを妨害すれば、火の玉が飛んでこない事を学習したのだ。

 更に鉄の剣するどそうなぼうを持っている人間は、何もしてこない。

 どうやら近付かないと何も出来ないらしい。


 充分に情報を集められた彼等は、一斉に人間達に襲い掛かる。

 まずは厄介な弓使いと魔法使いだ。

 

 ワイバーン達は全身の魔力を後方に噴射させ、とてつもない推進力を生み出す。

 その速度は矢の速度なんて屁でもない。

 人間達が「向かってくる」と気付いた時には、眼前に自分を喰らおうと口を大きく開いているワイバーンの姿があったのだ。

 当然ながらそのまま上半身を食いちぎられ、絶命しワイバーンの腹の肥やしとなった。

 ここからはもうただの殺戮であった。

 餌の抵抗の仕方さえ覚えてしまえば、後は注意して喰らうのみ。

 

 男衆の怒号と断末魔はそんなに長く続かず、それらはすぐに止まってしまう。

 聞こえるのはワイバーン達の咀嚼音と、骨を噛み砕く音。

 町の地面は人間の血と贓物で埋め尽くされ、町には人間が一人もいなくなってしまった。


 だが、ワイバーン達はまだ喰い足りなかった。

 すぐに飛び上がり餌を探すと、逃げている人間達を発見した。

 男衆が命を賭けて時間稼ぎをしたが、時間稼ぎにもならなかった。


 餌を見つけたワイバーン達は、逃げている女子供にも容赦なく襲い掛かる。

 ここまでたったの二十分程の出来事。

 二十分で町一つが壊滅してしまったのだ。

 

 しかし生まれたばかりのワイバーンは、まだ喰い足りない。

 また飛び上がって餌を探し始めた。

 すると、今度は自分達に向かってくる人間が三十人いるではないか。


 これなら、腹を満たせる。


 ワイバーン達が、嗤ったように見えた。


 人間達の戦い方はしっかりと学習した。

 後は油断せずに喰っていくだけだ。

 新しい餌に涎を垂らしながら、嬉々として飛んで向かっていく。


 剥き出しになった鋭い歯には、喰った人間の髪の毛や、僅かな肉片がへばりついていた。


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