第104話 降臨祭 其の四


「おっと、今父母様から連絡が入ったから、ちょっと待っててくれ」


「うむ」


《天使》は創造主と同じ《天界》に住んでいる為、彼等は今創造主の側近として、いつでも連絡出来る機能を追加されている。

 今ミーニャは、創造主と交信を行っているのだ。


(……まさか、創造主と交信できるのを『羨ましい』と感じる時が来るとは、これっぽっちも思わなかった)


 バーヤにとっても父であり母である創造主と長く離れている。

 感情を得た彼には、自然と羨ましく思う感情が生まれていたのだった。


「ふぅ、待たせたね。結論から言うよ、バーヤはさっさと《魔界》へ帰れだってさ」


「ふむ、理由は?」


「あんたが一番わかってるだろ。あんたがいると、《現界》に出てくる魔物が必要以上に人間を減らすからだよ」


「成程、この先のゲームにも支障が出てしまうな。では、これにてお暇させてもらおう」


「ああ、悪いね、誘ったのに追い出して」


「創造主から言われてしまったなら仕方ない。また次の機会に他の飲み物も頂けると助かる」


「わかった、とびっきりのものを用意しておくよ」


 すると、老人姿のバーヤは、一瞬で姿を消す。

 これは《魔族》全員が持っている能力で、いつでもダンジョンや《魔界》へ瞬間的に帰還が出来るのだ。

 この能力は《天使》にも《精霊》にもない。


「……今頃、人間達は阿鼻叫喚だろうねぇ。あいつがいると、かなり強い魔物が生まれるから」


 超常的存在が《現界》にいると、その強力な存在故か不完全な生物である魔物が自然に発生する。

 特にバーヤの場合、人間の言葉で言う《竜種》のみが生み出されてしまう。

《竜種》は人間が最も脅威と感じる魔物で、討伐するにしても必ずと言っていい程犠牲者が発生する。


「さてと、私は帰る時に言う、人間達に危機感を煽るスピーチでも考えておくか」


 ミーニャは紅茶を啜りながら、《魔族》達が考えたゲームに期待を膨らませて、自然と笑みがこぼれた。

 だがその笑みは、天使にあるまじき邪悪な笑みであった。





《エーリャ=ルク・エクザ》が、再び《天界》へ帰るその時であった。

 彼女は人類に衝撃を与える一言を残していった。


「今、創造主からの警告がありました。近い将来、この《現界》に未曾有の危機がやってくるそうです」


 彼女が帰る姿を見に来た参列者は、一斉にざわつく。


「どのような危機か、私達でもわかりません。それに私達は《現界》に強く干渉出来ない存在です。ならば、この危機を乗り越えるには、皆さんが力を付けるしかないのです。どうか、創造主が作ったこの素晴らしい世界を、守ってください」


 ミーニャが参列者達に頭を下げる。

 自分達より上の存在である天使が頭を下げた事に戸惑い、「頭をお上げください、天使様!」や「我々に頭を下げないでください!」と悲鳴交じりの声が飛び交った。


「その未曾有の危機は、もしかしたらダンジョンから魔物が溢れ返る事かもしれません。神官、私に出来るのは、貴方に交信をして私が指定したダンジョンの魔物を間引くように指示をするわ。それを人間達のやり方で上手くやって頂戴」


「はっ、畏まりました。この国の主にもしかと伝えましょう」


《天使教》では、人間より位が高い天使に対し『王』と言うのは不敬だという教えがある。

 そして国王自身もその教えを認めており、天使の前限定で国王を下げる言い方をしても不敬罪に問われない事になっている。


「それでは、私はこれにて。人間の皆さん、また四年後に……」


 ミーニャの身体を包むように光が発生し、ゆっくりと天へと昇っていく。

 人々はその神々しさに跪き祈りを捧げる。


 だが、人間は知らない。

 神官にダンジョン内にいる魔物の間引きは、ダンジョンを急激に成長させるための梃入れだという事を。

 そして一生知る事はないだろう。

 天使ミーニャは、これから起こる未曾有の危機ゲームに胸を躍らせ、おぞましい笑みを浮かべている事に。










「冒険者の皆さん、緊急依頼です! 王都東部の町にワイバーンが出現しました!」


 場所は変わって王都の冒険者ギルド。

《降臨祭》の時は魔物が多く発生する為、冒険者は稼ぎ時だとギルド内で待機している事が多い。

 だが、まさかの《竜種》である。

 冒険者達もざわつく。


「落ち着けてめぇら! ワイバーンの数は!?」


「……二十頭です」


「にじゅ……」


 ワイバーン。

《竜種》の中では弱いものの、人間からしたら厄介極まりない。

 特に彼等は人間を好物としており、恐らく東部の町は餌場となっているだろう。

 だが、幸いかな。

 ギルド内に残っている冒険者達は三十名で、全員銀等級冒険者という実力者ばかりである。

 弓使いもいれば魔法使いもいる。

 常に空中にいるワイバーンに対抗する手段もこちらは揃っている。

 一つ懸念点があるとすれば、ワイバーンを含めた《竜種》は頭がいい。

 その為、人間の戦い方を学習していない事を祈るしかない。

 もしワイバーン二十頭が人間の戦い方を知っていたとしたら、非常に厳しい戦闘になるだろう。


「おい、《銀閃》はいないのか!?」


「……リュートさんは、現在南部に出現したゴブリンの集団を他の冒険者と協力して掃討中です」


「くそっ、何て間の悪い時にワイバーンが……」


「嘆いても仕方ねぇ! ゴブリンをぶっ殺したらきっと《銀閃》もやってくるだろうさ。さぁ奴等をぶっ殺して、全身ワイバーン装備にしようぜ!!」


『応っ!!』


 ギルド内にいた全員が、王都東部の町に向けて急いで出発する。

 誰一人として、ワイバーンに負ける事を思っておらず、大量の報酬とワイバーンの素材を夢見ながら現場へ駆ける。


 だが、待っているのはじわじわと嬲り殺される、非情な現実だった。

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