第102話 降臨祭 其の二


 リュートが謎の老人と遭遇し、色々とショックを受けてから一週間が経過した。

 今日は降臨祭の当日だ。

 リュートを含めた冒険者達が、王都と大神殿の周辺を巡回して魔物という魔物を狩り尽くした為、非常に安全だ。


 王都も、そして大神殿も今日に限っては異常な程に人で埋め尽くされていた。

 全ては降臨する天使を一目見る為だ。

 あまりの人の多さに、国境を守っている王国兵士も流石に駆り出され、スムーズに人が行き来出来るように声を張り上げて誘導している。

 こういった仕事は、冒険者ではなく王国兵士の領分だ。

 その為今日冒険者達は基本的には仕事をせず、休暇に当てるか天使を一目見る為に人混みの中に紛れていたりする。

 当然ながら例外がある。

 天使が降臨する際、その神々しい存在感が魔物を引き寄せてしまっているのだろう、どうしても魔物が増えてしまう傾向にある。

 天使に興味がない冒険者はその依頼を受け、大量の依頼料をゲットしようと目論んでいたりもする。


 リュートも本来、依頼をこなす側だったのだが、今回は違った。

 何と隣には、《竜槍穿りゅうそうせん》の斥候であるエリーがいた。

 エリーはさりげなくリュートをこの降臨祭を誘い、見事二人きりのデート――のようなもの――に持ち込めたのである。


「ごめんね、リュート。私に付き合ってもらって」


 とか言っているが、全然申し訳ないと思っていない。

 むしろ、心の中で「計画通り」とほくそ笑んでいた。


「んにゃ、エリーにはいつもお世話になってるから、降臨祭に付き合うこれで恩返し出来るならオラもありがてぇだよ」


 残念ながら、リュートはエリーに恋愛感情は抱いていない。

 だが、信頼しきっているのは確かだ。

 エリーは何とかその信頼を、恋愛感情に変化させるように努力していた。


 リュートとエリーは、運よく最前列を取る事に成功した。

 一番間近で天使を見る事が出来るのだ。

 ちなみにエリーは別に天使教には入っていない。

 実際天使に興味もないのだが、天使をダシにしてリュートをデートに誘ったのである。

 故に、今大広間の中央で大神官が有難い説法を説いているが、一切説法を聞かずにリュートの顔を見ている。


 大神官の説法が終わり、ついに天使が降臨する瞬間がやってきた。

 リュートとエリーを除いた参列者全員が、ついにかとそわそわし始める。


 曇り空だった天気が、突如雲が一切消え去って快晴となる。

 そして大広間の中央に向かって、一つの光がゆっくりと降りてくる。

 まるで、光の柱だ。

 大広間の中央に光の柱が形成されると、柱の中を通って、一人の人間が降りてくる。

 光のせいで黒い人型のシルエットにしか見えないのだが、人間とは少し違う。

 どうやら背中には純白の羽を携えているようだ。

 黒い人型のシルエットなのだが、純白の羽だけは美しいと思える位に際立っていた。

 まるで羽自体が光を放っているようだ。

 恐らく天使教の信者と思われる人々は、まだ明確になっていない人型のシルエットに対して膝をついて祈り始める。

 リュートとエリーは、信者ではないのでそれには倣わない。

 が、何故か自分達も祈らないといけないという思いに駆られる。


 人型のシルエットがゆっくりと大広間に着地すると、光の柱が消えてようやくシルエットが無くなり、全貌が明らかになる。


 そこには、『美が集約された女性』がいた。

 まるで夜空に輝く星々のような、女性が憧れるであろう光沢を放った柔らかそうな銀髪を、腰まで伸ばしている。

 顔も小さくて眼もパッチリしており、宝石と思える程綺麗な碧眼を備えている。

 唇は観た瞬間吸い込まれてキスをしたくなる衝動に駆られる程扇動的で官能的だ。

 身体も全体的に細いが、出る所はしっかりと出ている。

 腰にかけてまでの上半身が、非常に美しい曲線を描いており、シルクで出来た足首までの長さのワンピース状のローブがあってもくびれが非常に目立つ。

 更には、圧倒的存在感を放つその胸は、ローブからでもはっきりと目立つ。

 とどめと言わんばかりに、下半身部分はスリットが入っており、その艶めかしい太腿がちらりと覗かせている。


 天使でしか不可能な、美の集約だった。

 それに、まるで後光が差しているかのような存在感に、信者ではない参列者もいつの間にか膝を付いて祈っていた。

 エリーもその一人である。


 だが、リュートは別の思いを抱いていた。


(何でだべ、すっげぇ別嬪さんなんだけんど、オラは恐怖を感じてるだよ)


 リュートは今、大神殿では武器の携帯は不可という決まりを忌々しく感じていた。

 身体が何故か戦闘態勢を取りたがっていたのだ。

 本能が、天使を警戒していた。


「天使様が今、降臨なされた! 天使様、例年通りに一言、賜っても宜しいでしょうか?」


「ああ、いいよ」


 天使が短いながらも言葉を発した。

 美しい声色に、リュート以外の参列者は声だけで魅了されてしまう。


「私は武を司る天使、《エーリャ=ルク・エクザ》。比較的強い魔物が出るこの地で、今日こんにちまで力強く生きている皆に、今日は祝福を届けに来た」


『おおおおっ』

 

 参列者が喜びの声を漏らす。


「我等が父であり母である創造主様は仰られた。『力強く生きる君達を常に見守っている。どうかこれからも飽きさせないで力強く生きて欲しい』との事だ』


『おおおおおっ、天使様万歳、創造主様万歳!!』


 皆が口を揃えて天使エーリャと創造主を賛美する。

 が、リュートにおいては、先程の『力強く生きて欲しい』の部分が他意があるように感じてしまい、より天使に対して警戒心が強くなる。


 だが、未だに何故彼女に対してここまで警戒しているのか、当の本人も理由はわからずじまいだった。








「天使ミーニャ様、貴方様の古くからの友人と名乗る方をお連れしました」


「うん、ご苦労様」


 場所は変わって、非常に豪華な一室。

 ここは大神殿内部にある、天使専用の部屋である。

 天使が降臨し、有難いお言葉を頂いた後、天使はこの部屋で滞在する。

 そして天使は決まって、友人と名乗る人物は通すようにと指示を出していた。


 そして、その友人は部屋に入ってくる。

 正体は、リュートが森で遭遇した老人だった。


「人間の年単位で言うなら四年ぶりだな、同胞ミーニャよ」


「ふふ、随分と人間の知識を取り入れるようになったじゃないか、同胞 《バーヤ》」


 何と、老人の正体は、今や自分達を《魔族》と名乗っている超常的存在の、ゲーム進行を勤めている、《最古の道標 バーヤ=ドル・キルス》であった。 

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