第101話 降臨祭 其の一


 この世界には、宗教が存在している。

《流れ者》曰く、通常は世界を創造した神という存在を崇めるのだが、この世界では違う。

 創造主は、この世界を創造する際に自身のしもべを創造し、それぞれに手伝わせた。

 人間達は、誕生したしもべの内の天使と呼ばれる、空気の循環を作った彼等を崇めた。

 理由は、創造主自らが「星を直接作った彼等を崇めて欲しい」と天使を通じて、人間に言い伝えた為である。

 そこで人間は《天使教》を発足、各国でどの天使を崇めるかを決め、大神殿を作り各天使を崇めたのだった。


 信仰心溢れる人間に感動した天使達は、四年に一度、大神殿に人の器に入って《天界》より《現界》へ降臨するようになった。

 滞在期間はたった一日。

 しかしこの一日が非常に大きく、各国は非常に賑わい、お祭り騒ぎになる。

 それもそうだ、ほぼいないであろう作り物の神への信仰ではなく、実際に存在している天使に対しての信仰なのだ。

 四年に一度とはいえ、信仰対象を直接見る事が出来るのだ、信者にとってはこの上ない幸福だろう。


 さて、リュートが金等級に昇格してから一週間が経過した。

 丁度降臨祭が一週間後に行われる。

 王都全体は既に降臨祭の話題一色だ。

 何も信仰をしていないリュートにとっては、何故王都の人達がここまで嬉しそうに騒いでいるのかが理解できなかった。

 今、王都は降臨祭の準備で大忙しだ。

 屋台を準備する者達、より華やかにする為に王都を飾り付ける者達、今からごみ掃除をする者達。

 

 王都を出て約十分程歩いた場所に、ラーガスタ王国の大神殿が存在する。

 そこが、天使が降臨する場所となっている。

 大神殿に使える神官達も大忙しだ。

 梯子を使って、王都の城に匹敵する程の大きさを持つ神殿の外壁を、丁寧に汚れを落としつつ磨き上げている。

 更には大神殿へ続く道も、神官達が丁寧に掃除をしている。

 まだ一週間も期間があるのだが、彼等は降臨する天使に気持ちよく過ごしてもらおうと、必死になって動いている。


 そして無関係に見える冒険者も忙しくなる。

 駆逐しろと言わんばかりに、王都周辺の魔物討伐依頼が王族、そして大神殿から入ってくる。

《超越級》以外の冒険者は、降臨祭当日まで王都周辺を巡回して、遭遇した魔物をひたすらに駆除していった。

《超越級》冒険者に関しては、王都近くにあるダンジョンを巡り、そこから魔物が溢れて出て来ないように間引きをしていく。

 冒険者にとっても稼ぎ時で、皆やる気に満ち溢れている。

 リュートに関しては特にやる気が満ち溢れているという訳ではないが、王都に住んでいる者達が降臨祭で浮足立っているので、彼等を守る為に依頼を率先して受けていた。

 彼に関しては既に使い道のない、とんでもない財産が築かれているので、報酬は暮らせる分が貰えれば今はそこまで気にしていないのだ。


 リュートは今、王都から一番近い《ワーグースの森》の中を巡回していた。

 彼にとってこの森は最早庭のようで、途中で手に入れたリンゴを齧りながら周囲を警戒していた。

 が、連日リュートが駆除しているので、魔物の気配はない。

 

(……何かオラだけサボってるようだべ)


 リュートは自身の気持ちが若干緩んでいる事に気が付き、気合を入れ直す。

 ここで魔物の討ち漏れがあった場合、リュートの冒険者としての信用が急激に下落してしまう。


「うっし、頑張るべ!」


「もし、そこの若いの」


「!!??」


 リュートは突然背後から話し掛けられて、驚き飛んで声の主から距離を取り、矢をいつでも放てるように戦闘態勢に入った。

 見てみると、そこには老人がいた。

 頭部は綺麗に髪が無く、白い立派な髭を生やしている、何処にでもいそうな普通の老人。

 が、気配に敏感なリュートですら背後に立たれるまで気が付かなかった、異様に存在感がない人物だった。

 それに老人がこの森を一人でいるのが、不自然でならなかった。


「若いの、どうかしたかの?」


「あ、いや……それで、オラに何か用か?」


 リュートは驚きを隠せない。

 狩りを始めて一人前を認められてから今までで、気配を感知できなかった事は一切無かった。

 確かに気は緩んでいたが、それでも気配察知まで緩めていた覚えは一切無い。

 今は何とか平静を装っているが、内心ショックと戸惑いと驚きの三つの思いがぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。


「用という程ではないが、ちと訊ねたい事があってな」


「訊ねたい、事?」


「ああ。降臨祭はいつ行われるのかな?」


「……?」


 何だ、この質問は。

 リュートは更に困惑した。

 田舎育ち――周囲の人間からは魔境と言われる、トップクラスに閉鎖された村出身だが――のリュートは知らなかったが、基本的に降臨祭を知らない国民はいないと言う。

 もしかしたらこの老人も、リュートと同じく田舎育ちの為に知らなかった可能性はある。

 しかし、強烈な違和感のせいで、その可能性は薄れてしまう。

《ワーグースの森》は一切間伐が行われていない、かなり木が生い茂った場所だ。

 そのせいで木の根が地面を凸凹にしており、子供は迷ってしまうし老人なんて歩いていると躓いて怪我をしてしまう、そんな森なのだ。

 だが目の前の老人はどうだろうか?

 疲労した表情も一切見せていないし、怪我一つしていない。

 いや、表情が一切の無、なのだ。

 存在自体が異質過ぎて、ただただ困惑するだけであった。


「若いの、降臨祭はいつ行われるかな?」


「はっ、わ、わりぃ。今から一週間後だべよ」


「ふむ、一週間後か。わかった、ありがとう」


「い、いえ……」


 すると老人はリュートに背を向け、森の奥へと歩いて立ち去ろうとした。


「は?」


 その方角は王都ではなく、森の奥だ。

 リュートはこの森を知り尽くしており、誰かが住んでいる形跡は全く見当たらなかった。

 故に、老人が森の奥へ行ってしまうのは、ただの危険行為でしかない。


「ちょ、じいさま!?」


 リュートは老人を引き留める為に、後を追う。

 だが、老人の姿を見失ってしまう。


(オラが、森で人を見失った……?)


 生い茂った木に隠れたりしたとしても見失う事はないリュートが、完全に見失ったのだ。

 正直、ショックを隠せないでいた。


(……少し驕っていたかもしんねぇ。もっと鍛錬しねぇと)


 リュートは自身の頬を叩き、気持ちを入れ替えるのだった。

 だが、やはりあの老人は異質過ぎた。

 気配が無く無表情、そして忽然と姿を消す。


(何だったんだべ、あのじいさまは)


 リュートはあの老人が気になりながらも、森を巡回して無事に一日を終えたのだった。

 

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