第99話 田舎者弓使い、金等級試験を受ける 其の五
《一番星》のリーダー、リオンはリュートを恨んでいた。
本当にしょうもない理由だ。
(愛しのフィーナさんが、こいつに……こいつにぃぃぃぃ!!)
リオンはリュートの専属受付嬢であるフィーナに恋心を寄せていた。
リュートが現れる前は笑顔も見せず、塩対応だったのだが、その美しさから「ご褒美だ」と言う輩が多数出現。その一人がリオンである。
いや、違う。
《一番星》のタンク、レイギースも輩の一人である。
(《銀閃》にだけ笑顔を見せるように……。俺の――いや、俺達のフィーナさんを独り占めしやがって!!)
心底気持ちが悪い連中である。
《一番星》の女性陣である、攻撃魔法の使い手 であるミレアと回復魔法の使い手であるアイナは、この二人の事を残念に思っていた。
(フィーナに寄ってくる有象無象の一人である、あんたらが彼女を射止める事なんてできねぇっつぅの)
(……戦闘では頼りになるのに、女性関係は気持ち悪い)
これまた酷い評価である。
今そんな色んな意味で残念なパーティの前には、リュートがいる。
自身の残念な男達とは違い、とてつもなくイケメンで実力もあり、女性でも憧れる程綺麗な髪をしている。
((嗚呼、イケメン過ぎて辛い……!))
ミレアとアイナの気持ちは重なった。
が、これから試験官として戦わなくてはいけない。
しかも、リオンとレイギースは、日頃の怨みを晴らそうとしている為か、刃有りでの実戦形式の試験を望んでしまったのだ。
この二人、一方的にリュートを痛めつける事しか考えていない。
残念だ、非常に残念過ぎる男共だ。
だが、大注目されている《孤高の銀閃》と試合が出来るのだ。
今後の成長の糧にする為に、真剣に望みたい。
ミレアとアイナは、リュートの魅力を何とか振り払い、意識を戦闘に向ける。
対するリュートは、心が穏やかだった。
それもその筈。
いつものように殺気を出さない為に、目の前にいる四人は『動くし攻撃もしてくる
倒すのではなく、ただ矢を的に当てるだけ。
ただただいつも通りにやるだけだ。
(それに、試してぇ事もあるしな)
丁度いい実戦形式の試合だ。
存分に利用する気満々だった。
「それでは、試合はじめ!!」
審判役であるハーレィの号令と共に、試合が開始された。
リオンとレイギースが号令と同時に目にも止まらぬ速さで突進してくる。
二人共、どうやら《縮地》のスキルを持っているようだ。
「おおおおおおおお!!」
レイギースが盾を構えながら、片手剣の先端をリュートに向けて突進してくる。
重い鎧を身に纏っていながら、《縮地》のおかげで移動速度はかなり速い。
だが、やはり今まで見てきた《縮地》よりは断然に遅い。
とりあえず矢を射る体勢を取った瞬間、後ろから大きな足音が聞こえた。
リオンだ。
リュートがレイギースに対して意識を向けた瞬間、更に《縮地》を使ってリュートの背後に回ったのだ。
前後の挟撃だ。
「もらったぁぁぁ!!」
リオンはリュートの背中を斬りつけようとする。
が――
突如激しい殺気がリオンの全身を包み込み、後一歩動いたら殺されてしまうような、そんな殺気を感じた。
「うおっ!?」
リオンは驚いて、リュートと距離を取る。
(……何だよ、この殺気。それなりに対人とかやってきて殺気は何度も浴びてるが、それらが生温いと思える程のモンだったぜ……?)
殺気の大元は、リュートだ。
彼はふと、今まで意図的に殺気を抑え込んでいたが、重要な所で全力の殺気を放ったら結構有効ではないか? と考えていた。
実際、今それを試してみて十分に有効だという事が証明された。
(……これは対人戦で使えるだよ)
そしてまた殺気を抑え込んで全くのゼロの状態にする。
すると異様に存在感が薄くなり、注視しないとリュートの姿を捉えられないようになった。
これには焦ってしまうリオンとレイギース。
ふと、何か声が聞こえる。
リュートが耳を澄ますと、レイギースの後方からミレアが詠唱を始めていた。
これは優先的に潰さないといけない。
存在感が薄い状態から、速射で矢をミレア目掛けて放った。
「えっ、うわっ!!」
突然意識外から矢が放たれたミレアは、詠唱を中断して地面に転がって回避行動を取る。
「ミレア!? ちっ、噂に聞いていたけど、こいつは厄介だぜ」
リオンが剣を構え、接近戦を挑む。
弓使いは近接攻撃の手段を持たない。
これが弓使いと戦う時のセオリーである。
だが、リュートは違う。
「くそ、当たらねぇ――うおっ!?」
リュートは優れた動体視力を活かして、無駄のない動きで斬撃を全て紙一重で回避する。
そして、カウンター気味に矢をナイフ代わりに突き刺そうとしてくる。
リオンに意識を集中させていると判断したレイギースは、リュートの背後から襲い掛かる。
が、まるで後ろに目が付いているかのように攻撃を回避し、矢を突き刺そうとしてくる。
別にリュートは後ろに目がある訳ではない。
狩りで研ぎ澄まされた気配察知と、背後から聞こえるレイギースの足音や鎧の音を聞き分けているだけだ。
挟撃をしているのに、攻撃が一切当たらない。
むしろ、矢を突き刺そうと反撃をしてくる。
「くそっ、近接できねぇんじゃねぇのかよ!」
リオンが悪態を付く。
必死に二人で攻撃をしているのに、回避の傍らにミレアへ矢を放つのだ。
ミレアは当然魔法を放てない。
しかし、これは好都合だとリオンは考えた。
(このまま持久戦に持ち込めば、こいつの矢は尽きる)
弓使いの最大の弱点。
それは、矢が無くなったら攻撃力が皆無に等しくなるという事。
見た所、リュートの近接攻撃は下手ではないが上手くない。
前衛を張っているリオンとレイギースであれば、難なく回避できるだろう。
レイギースもリオンの意図がわかり、持久戦へ持ち込むようにした。
とにかく斬撃を絶え間なく放ち、ミレアにも詠唱をさせて矢を消費させる役に徹してもらう。
しかし、リュートの表情には一切の焦りがない。
試合開始前とさほど変わらない、憎たらしい程のイケメンで涼しげな表情。
(ちっくしょう、イライラしちまうぜ)
リュートは焦らず、攻撃が全く当たらないリオンとレイギースは、フラストレーションが溜まっていく。
持久戦へ持ち込む作戦へ切り替えているのだが、別に攻撃は一切の手加減はしていない。
それなのに、リュートはほいほいと斬撃を避けるのだ。
いつの間にかフラストレーションは溜まっていき、リオンはつい、大振りの攻撃をしてしまう。
片手剣を両手に持ち、頭上に振り上げる。
そのまま振り下ろしてリュートを斬ろうとしていた。
(おいおい、それは絶対に避けられるだろうが。まぁいい、ちょっとカバーしてやるか)
リオンの攻撃を見た瞬間、レイギースはリュートの背中に盾を押し付ける。
盾によってリュートの背中に壁を作り、退路を断った状況を作ったのだ。
横に逃げるものなら、片手剣の刃を進行方向に置いて妨害すればいい。
(ナイスアシストだぜ、レイギース!!)
リオンは片手剣を全力で振り下ろす。
(貰ったぁぁぁぁぁぁぁっ――!?)
その行動直後、リュートの眼が「待ってました」と言わんばかりに光ったような気がした。
リュートは瞬時にしゃがみ、そのままレイギースを支点にしてコンパスのように彼の右脇を、コンパクトにするりと抜けて背後に回った。
(な、なにっ!?)
背後に回られたレイギース本人は、あまりの速さに驚きを隠せない。
背後のリュートに対応しようとしたが、彼はレイギースの背中を強く押す。
するとなんと、押された事によって前に出てしまったレイギースの眼前には、リオンの全力で振り下ろしている剣の刃が迫って来たではないか。
(こいつ、リオンに俺を始末させようとしたのか!?)
リュートは、レイギースに退路を断たれた状況を瞬時に好転へと変えた。
ほんの一瞬でこんな判断が出来るのだろうか?
(いや、今はリオンの攻撃を捌かねぇと!)
もうリオンは斬撃を止められない所まで振り下ろしてしまっている。
仕方なくレイギースは自身の盾で、リオンの斬撃をパリィする。
しかし、直後、右足の膝裏から激しい痛みが襲ってくる。
「ぐ、あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
リュートはレイギースがパリィをしたのを確認した直後、矢で彼の右膝裏を突き刺していた。
あまりの痛さから膝から崩れ落ち、四つん這いになるレイギース。
そして、レイギースのパリィによって体勢が崩れているリオンの右腕付け根を目掛けて、リュートは速射する。
当然体勢が崩れたリオンが回避行動を取れる訳がなく、放たれた矢を自身の身に受け入れるしかなかった。
矢は腕の付け根に深く突き刺さり、悲鳴と共に剣を落としてうずくまる。
「レイギース、リオン!?」
あまりの一瞬の出来事に、後衛であるミレアは驚きを隠せない。
「あの二人を助け出す! 詠唱するから、アイナはあの二人の回復準備をお願い!」
「わ、わかった!」
ミレアは詠唱が一番短くて威力のある《ファイヤーボール》を放とうとした。
しかし、リュートはそれを許さない。
四つん這いになっているレイギースの右手に矢を突き立てたのだ。
「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!」
矢は地面にも刺さり、自力で抜くのは無理ではないが、痛みのせいで非常に困難だ。
強制的に四つん這いの状態にさせられたレイギースは、何と攻撃魔法の盾として使われてしまう。
レイギースの身体に自身の身を隠し、「攻撃魔法を撃ったら、レイギースも巻き添えになるぞ」という意味をミレアに突き付けた。
「……くっ、魔法が撃てない!」
ピンポイントにリュートを攻撃する魔法はあるにはある。
だが、詠唱に時間が掛かるので、その隙に矢で射貫かれる事は必至。
ならばリオンを回復させて、攻撃してもらうしかない。
「アイナ、リオンをかいふ――あぁぁぁぁぁぁっ!!」
ミレアが指示を出そうとした瞬間であった。
リュートは
そして、矢を放つ。
最大射程距離が八百
矢はミレアの細い右腕を貫通し、腕の骨を断った。
あまりの激痛にその場に倒れ込み、涙を流しながら痛みに耐えるしか出来なくなってしまった。
「ミレア!? ――っ」
誰を回復していいかわからず、混乱してしまっているアイナに、いつでも矢を放てる状態で徐々に近づいてくるリュート。
攻撃能力が一切ないアイナにはただの恐怖でしかなく、身体が震えてしまっている。
「……降参、するだか?」
リュートがアイナに尋ねる。
もう彼女には、黙って頷くしか道はなかった。
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