第97話 田舎者弓使い、金等級試験を受ける 其の三


 ついに、金等級昇格試験当日となった。

 実はリュートは、先程王都に到着したばかりだった。

 それにも理由があって、行く先々で魔物に襲われている商人やら、盗賊に攫われそうになっている女性がいたりと、それはもうトラブル続き。

 当然ながら全て弓でスマートに解決をして立ち去ろうとするのだが、商人からは家に招待したいと言われたり、女性からは身体を密着されて家に誘われたりと、断るのに非常に時間が掛かったのだ。

 トラブルを解決する時間より誘いを断る時間の方が長くて、こんなにギリギリになってしまったのだった。


 正直精神的に非常に疲弊しているが、もっと余裕があるスケジュールを組めなかった自身が悪いと、他人のせいにする訳ではなく、己自身の見通しの甘さのせいにする。

 究極的に自身に対してストイックなリュートであった。


 精神的には疲れてはいるが、肉体的疲れは一切ない。

 小休憩すれば実技試験は問題なく行えるだろう。


 リュートは道中で適当に狩った鳥を焼いた食べ物を齧りながら、冒険者ギルドへ辿り着く。

 彼がギルド内に入ると、普段以上に賑やかな程の冒険者がリュートを迎え入れた。


「《銀閃》、試験頑張れよ! 楽しみに観戦させてもらう!」


「リュート様、頑張ってください♡」


 大勢の冒険者達が、リュートを応援していた。

 その中には、明らかに格上の《超越級》の冒険者もいた。

 リュートは《超越級》とも何度か依頼で同行した事があり、友好関係を築けていたのだ。

 むしろ彼等はリュートに何度か救われた事もあり、格下である彼を尊敬し、冒険者としての目標として慕われているが、本人は知る由もない。


 そんな冒険者達の群れを掻き分けながら顔を出し、親しげに声を掛ける冒険者達がいた。


「よう、リュート」


「おっ、ハリーでねぇか!」


 リュートが自信を以て友達だと言える冒険者パーティの一つである、《竜槍穿りゅうそうせん》の面々がリュートの傍に駆け寄ってきた。

 彼等はリュートから様々なサバイバル技術を教わり、《超越級》手前と言われる程に成長した、注目の冒険者パーティである。

 そして、リュートと気軽に話せる数少ないパーティの一つで、他の冒険者からは羨望の眼差しが注がれている。


「ついに俺達と同格になるのか……。本当にお前は速く駆け上がって来たな」


「そういうハリー達だって、《超越級》に手ぇ届きそうなとこにいるんだべ? すげぇじゃねぇか」


「ふっ、誰かさんに負けられないからな」


「負けるも何も、オラは金等級でおしめぇだよ。《ステイタス》は付与しねぇから、それ以上はいけねぇだよ」


「……お前は既に《超越級》の領域にいるとは思うんだが、ルール上仕方ないか」


 そして、ハリーの横からリュートに笑顔を向ける女性がいた。

竜槍穿りゅうそうせん》の斥候、エリーだ。

 ちなみに彼女は、リュートガチ恋勢の一人で、最もリュートに距離が近いと言われている存在だ。

 ……常に夜道を警戒して歩いているらしい。


「リュート、試験頑張ってね!」


 セミロングの茶髪が、何故か今日は非常に艶やかに見える。

 それに普段は皮の胸当て等肌の露出を隠している装備をしているのに、今日は身体のラインが目立つシャツと、健康的な太腿が露になっているショートパンツといった格好だ。

 細身な印象だが、出ている所は出ているので、リュートは直視しないで視線を外す。

 若干女性恐怖症の気があるリュートと言えど、性欲が全くない訳ではない。

 むしろエリーの身体に魅力を感じたのは、内緒だ。


「あ、ああ。頑張るだよ」


「うん、応援してるね」


 リュートはエリーに対して恐怖を抱かないどころか、今まで関わってきた女性の中で一番信頼できる"友人"だと思っている。

 しかし、今みたいに不意に眩しい笑顔を向けてきたり露出が多い服装をされると、流石に心臓に悪い。

 残念ながら、まだエリーには恋愛感情は抱いていないのだが、女性の中では結構いい線を行っていたりする。


 そして、リュートガチ恋勢の一人である、彼の専属受付嬢のフィーナから声を掛けられた。


「リュートさん、試験の準備が完了しました。まずはいつも通り面接から入りますので、ギルド長の部屋まで来ていただきます。リュートさんの準備は大丈夫ですか?」


「ん、大丈夫だよ」


「では、私の後ろについてきてください」


 リュートから見てフィーナの評価は、エリーの次に信頼できる"ビジネスパートナー"である。

 彼女の場合はあくまで受付嬢として接してきたせいか、プライベートにまで発展しなかった。

 しかしそれが功を奏しており、リュートが心の底から信頼できる女性の一人としての地位を得たのだ。

 おかげで最近は軽い雑談が出来るようになっており、フィーナとしては心の中では踊り狂う程に嬉しい出来事だったりする。


「リュートさん、自信の程は如何ですか?」


「まぁ、いつも通りやるだけだよ」


「ふふ、リュートさんらしいですね」


「けんど、金等級はぜってぇ取るつもりだ」


 強い決意の眼差し。

 これだ、この眼差しこそリュートの真の魅力だと、フィーナは心の中で思う。

 容姿は王都内で一、二を争うのは当たり前だが、目標に向けてストイックな程の強い意志があり、他の冒険者では見られない"目標への一途な眼差し"が女性から見たら非常に魅力的なのだ。


(ああ、この人と添い遂げたい)


 フィーナは心の中で決意する。

 絶対にこの人と結ばれようと。

 ゴキブリのように群がる邪魔者じょせいたちを跳ね除け、心を射止めてやる、と。











 ギルド長室での面接は非常にスムーズに進んだ。

 軽い雑談から入り、リュートの実績を確認する。

 彼の実績を再度読み上げているハーレィも、自分で言っていて難だが驚きを隠せないでいた。


「……依頼達成率百パーセント。指名依頼も既に百五十件以上をこなしていて、それに対する不満も無い。そして君の《技能講習》は定員二十名に設定しているが、常に高倍率の抽選となる程の大人気と来た。凄いな、君は」


 ギルドで最近始めた《技能講習》。

 自身が持っている経験点を消費する事で、冒険者達も積極的に技能を学べる仕組みを作ったのだ。

 その中でリュートが受け持っている技能講習は、《サバイバル講習》と《森林内模擬戦》の二つである。

 この二つが他の講習より圧倒的な差を付ける程の人気で、常に定員の数十倍の講習希望者数が集まる位だ。しかも希望者の中には《超越級》もいたりする。

 講師となる冒険者にも旨味があり、生徒人数に応じて貰える報酬と経験点が増える。故に他の冒険者は自身の講習の良さを宣伝したりしている。

 リュートの場合は存在自体が宣伝となっているので、常に定員いっぱいで報酬も経験点もがっぽり稼げているのだった。

 彼が最速で金等級昇格試験にまで昇り詰められた理由の一つが、これである。


「……そんな君が、王国兵士を目指している傍らで冒険者をやっているという事実が、何とも悲しいよ」


「それは悪く思うだよ。けんども、やっぱりオラ、聖弓さ欲しいだよ」


「嗚呼、君みたいな優秀な人材が、王国側に流れるのが残念でならない」


 冒険者ギルド上層部は、冒険者として残ってくれるのであれば例外的にリュートを《超越級》にしてもいいとすら考えている。

 その為、いずれ王国兵士になるという事実は、上層部としては絶望的で膝から崩れ落ちる程の落胆なのだ。

 ギルド長であるハーレィもその一人である。


「正直今の君は、英雄エピック武器を手にしてから、《超越級》と思わせる程の活躍をしている。しかも、片手間でアースドラゴンを一人で仕留めたと聞いた時は、心底驚いたよ」


 アースドラゴン。

 飛行能力は無いが、硬い鱗と長くて膂力のある尻尾、とてつもない脚力から生まれる素早い突進は、人間にとっては全て一撃死必至の攻撃だ。

 一人での討伐は不可能とされていて、基本的には集団戦で討伐をするのだが、この田舎者弓使い、たった一射で仕留めてしまったのだ。

 この事実に、冒険者全員とギルド関係者は腰を抜かす程の衝撃が走ったのだ。

 そんなリュートだが――


「あのトカゲさ、よく村の近くで歩いてるから、いい食糧だべ」


「……君の故郷、あまりにも魔境過ぎない?」


「そうけ? 村の男衆達も頑張れば一人で狩れるだよ。……基本剣で狩るから、無傷じゃすまねぇけんどな」


「ねぇ、君の故郷の人達、強過ぎない?」


「あいつら、眉間だけ何故か鱗が柔いだよ。だから皆、そこを狙って剣を突き刺すだよ。オラもそこへ矢を放つだよ」


「……初めて知ったよ、その事実」


 毎日狩りに命を賭けてきた魔境の住民だから知り得る、アースドラゴンの弱点。

 もっと早く教えて欲しかったと心の底で思うハーレィだった。


「さて、面接は以上だが、今回の実技試験は銀等級とは内容が違う」


「ん? どういう風にだ」


「銀等級の場合は一対一での模擬戦だったが、今回は君一人対四人パーティの模擬戦だ」


「……一対多数の試合」


「そうだ。この模擬戦の狙いは、敵複数に囲まれた場合の対応を見て、昇格するかどうかを判断する。当然だが、試合の勝ち負けで判断はしない。あくまでどのような対応をするかという点で審査をする」


「……ふむ、面白そうだべ。わかっただよ」


 一対多数の試合を面白そうと言うリュートに、若干呆れるハーレィ。

 だが、この常識外れな弓使いが、どのように複数に囲まれた時に対処をするのかが楽しみで仕方ない。

 

「では、早速実技試験に移ろう」


 リュートはハーレィの後に付いて行き、実技試験会場となっている訓練場へと移動した。



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