第93話 魔族、始動


 旅人は、早速 《分身体生成》と《化けの皮》をフル活用し、現界を調査した。

 調査はかなり簡単で、《化けの皮》でその人間の知識や技術をそのままそっくり得られるので、頭が良さそうな人間の皮を剥いで成りすまし、知識を物にしていった。

 当然皮を剥がされた人間はそのまま死んだが、旅人にとっては蟻を気が付かずに踏み潰しているような感覚で、特に死んだ人間を全く気にしていなかった。

 冒険者の皮も頂き、冒険者としての常識やルール等も知識として得た。

 しかし、現界だと成りすましたら二週間は任意での解除は不可の為、それなりに調査に時間が掛かってしまった。

 また、このスキルは有用ではあるが、使い勝手がいいものではなかった。


 まず《化けの皮》について。

 人間の皮を剥ぐ条件が、

 ・対象の意識が正常でない場合しか皮を剥げない。

 ・意識が正常でない場合というのは、睡眠時、泥酔状態、極度の疲労状態、瀕死状態を指す。

 ・死亡した人間には触れる事も不可能。

 という者だった。

 更に、剥いで成りすました状態で攻撃を受けた場合、本体にも痛覚が伝わってしまう。

 特に致命傷を受けた時は、その痛みがダイレクトに伝わってしまうのだ。

 また、分身体が活発に活動をしていると、本体も身動きが全く取れない訳ではないが、約五割程身体能力が低下している事も発覚した。

 まぁこちらに関しては分身体を一度停止させれば、本来の身体能力で本体が活動可能なので、問題はない。


 そんなこんなで、現界で言えば二年程掛けて、現界を調べ上げた。

 この化け物の身体は知能も化け物級で、一度覚えた事は絶対に忘れないのだ。

 おかげで本格的にゲームを仕掛ける事が出来る。

 後一つ、トリガーがあれば……。


 旅人は化け物達全員に、ゲームの楽しさを浸透させる事に成功した。

 トランプでの遊び、オセロ、将棋。

 この《魔界》と人間達に呼ばれている世界で作れるものは、何とか作って流行らせてきたのだ。

 だが、魔界の資源的にトランプ・オセロ・将棋が限界であり、この二年間はこの三つで乗り切ってきた。

 が、どんな生物でも飽きが来る。

 それが最後のトリガーなのだが、化け物達がいつ飽きてくれるのか、それが全く読めないでいた。


(さぁ、早く来てくれ!)


 旅人は祈った。

 その一週間後、ついにその時が来たのだった。


(五十個あった僕の魂も、残り二十個……。でも、やっと動かせる時が来た!)


 彼の全身に付いている二十個もの口が、三日月のように歪む。








「《遊戯者》よ、俺は新しい遊戯を望む!」


《遊戯者》とは、旅人の名である。

 この何もない魔界に遊戯を伝えた事により、バーヤから《遊戯者 デ・ル=フィング》という名を与えられた。

 ここに住んでいる者達は、名で呼び合うのではなく、バーヤから授けられた二つ名で呼び合うらしい。

 

 今、遊戯者に新しいゲームの催促をしているのは《灼熱の拳》と呼ばれる、全身が煮えたぎっている化け物だ。

《灼熱》の後ろには、無数の化け物達が彼の言葉に頷いていた。

 全員が、新しいゲームを欲しているのだ。


 ――ついに、来た!


 遊戯者はバーヤの方を向く。

 バーヤには、これから仕掛けるゲームを事前に伝えてあり、大いに賛成してくれていた。

 そんなバーヤが、頷いた。

 これはゴーサインである。


『わかった! 実は皆には内緒で、とっても面白いゲームを考えていたんだ!』


『おおっ』


 遊戯者とバーヤ以外の化け物達が、歓喜の声を上げる。

 

『ゲームの名前は、「チキチキ! 誰が一番早くにダンジョンを九十九階層まで作る事が出来るかゲーム」!!』


 遊戯者のゲーム名を聞き、ざわつく化け物達。

 それもそうだ、現在ダンジョンは彼等が生きる為だけに作った、所謂餌場だ。

 そんなものが何故ゲームになるのだろうか?

 化け物達は全員が思った。


『今、皆はダンジョンを餌場として運用しているよね? それが勿体無い! 知ってるかい? ダンジョンを九十九階層まで育てると、なんと人間達の世界に行けるんだよ!!』


 どうやら知らない化け物達が多くいるようで、お互いに確認し合っていた。

 きっと長く生きすぎているから、忘れてしまっていたのだろう。


『そこで僕は考えたんだ、ダンジョンを育てて僕達が人間の世界に行って、人間相手に国取りゲームを仕掛けようじゃないかって!!』


「国取りゲーム……!」


『そう! 以前皆に将棋を教えたよね? それを実際にやっちゃおうっていうゲームだよ!』


 おお、と歓声が上がる。

 面白そうだとか、腕が鳴ると言う化け物達。

 全員が興味を持ってくれている。


『だから、国取りゲームをする前に、大事な僕達の《王将》を決めようと思うんだ。ルールは簡単で、一番早くダンジョンを九十九階層まで育て上げて、一番最初に人間の世界の大地を踏んだ者を、僕達の王とする!』


「……我々の、王」


『そうだよ、僕達の代表者! 僕達を駒として使える、僕達の中で一番偉い存在になれるんだ!!』


「一番、偉い、存在!」


 一番偉い存在。

 化け物達の中で、この言葉が甘美な響きに聞こえた。

 今までただ惰性で生きてきた彼等は、ゲームを通じて自己肯定が芽生えてきたのだ。

 化け物達の中で一番偉い存在、それは究極の自己肯定になるのではないだろうか。

 彼等はこの話を聞き、全員が「面白そうだ」という感想を抱いた。



『更に、王の次に偉い存在を七枠用意しよう! つまり、八番以内に入ったら、僕達の中でとっても偉くなれるんだよ!』


「……偉くなれたら、どうなるんだ?」


 とある化け物が遊戯者に質問をした。

 遊戯者は、笑顔で答える。


『王が一番偉いけど、その次の存在――そうだね、七魔将と名付けようか。王は七魔将を含めた全員に命令が出来て、従わなくちゃいけない。七魔将は、王と七魔将以外の全員に命令が出来て、従わなくちゃいけないんだ』


「……つまり、ショウギのプレイヤーみたいに、駒を自由に動かせる感じか?」


『その通り!』


「……マジか。王になりたい、俺は王になりたい!」


「いや、私がなる!!」


「いいや、我だ!!」


 化け物達は、既に臨戦態勢だ。

 いち早くダンジョンを育てたくて、今にも飛び出していきそうな者もちらほらいる。


『ふふ、皆早くこのゲームをしたいみたいだねぇ。でも、その前に、皆に同意を取りたい事があるんだ』


「……同意?」


『うん。僕達は天使や精霊みたいに呼び名がない。それじゃ人間の世界に出た時にとても不便だ。そこで僕は、僕達の事を《魔族》と呼ぶ事を提案する!』


「魔族?」


『どうやら人間達は僕達の世界の事を《魔界》と呼称しているみたいなんだ。そこから名前を頂いたんだけどね。僕達の事を《魔族》、そして僕達の王の事を《魔王》と呼ぶ事を許可して欲しい。皆の意見を聞かせてくれ!』


「魔族、魔王、七魔将……。何か、いいな」


「いいな、俺達は今日から《魔族》だ!」


「そして我は《魔王》になる!!」


「残念だが私が《魔王》を名乗らせてもらう」


 化け物達――いや、魔族達はやる気に満ちている。

 遊戯者にとっては、非常に有難い反応だった。

 しかし、このゲームはあくまで本命のゲームの前段階だ。

 ちゃんと釘を刺しておいた方がいいだろう。


『皆、忘れちゃだめだよ? あくまでこのゲームは、僕達魔族の代表者を決めるものだ! 本当のゲームはその後だからね! 人間達の世界を征服するゲームこそが、本命なんだからね!』


「……おっと、すっかりそれを忘れていた」


「俺もだ、がははははっ!!」


「人間達は歯応えがあるのだろうか?」


「どうだかねぇ! ま、俺は楽しめれば何でもいい!」


 どうやら皆、理解してくれたようだ。

 そして皆のやる気は最高潮にまで達しているのがわかる。

 数年前までは無感情なロボットのような化け物達が、今やこんなにも活き活きとしている。

 あまり他人に興味がない遊戯者も、不思議と感慨深いものがあった。


『よし、じゃあ今からゲームスタートだよ!! ちなみに、今僕は十階層まで育てていて、暫定一位だよ! 早くしないと、僕が魔王になっちゃうよ?』


「マジか! 急がないと!!」


「遊戯者、今度こそ君に勝つ!!」


 遊戯者は、実はコツコツとダンジョンを育てていた。

 自身がレースの先頭に立つ事で、皆の競争心に勢いをつける為に。

 遊戯者の思惑は無事成功し、皆が我先にとダンジョンへと戻っていった。

 今、魔界にいるのは遊戯者とバーヤのみだ。


「……皆がここまで活き活きとしているのを見たのは、今日が初めてだ」


 バーヤが感慨深そうに呟く。


『やっぱりゲームは、全員が楽しんで盛り上げないと、つまらないでしょ?』


「そうだな。進行役を賜ったのだ、所々で発破をかけてやろう」


『うん、頼んだよ!』


 プレイヤー側より観戦側の方が楽しいと言うバーヤに、遊戯者は進行役をお願いしたのだ。

 バーヤは千里眼能力を持っていて、魔族全員のダンジョンの進行具合を把握する事が出来るのだ。

 そんなバーヤだからこそ、所々で中間結果を発表してもらい、ゲーム参加者の尻を叩いてもらう役が適任だったのだ。

 バーヤとしてもそれを非常に楽しそうだと感じたようで、喜んで役を引き受けてくれたのだった。


「しかし、人間の世界――現界だったか? そこを舞台に国取りゲームを開催するとは……。お主は本当に面白い事を考える」


『でしょ? でも、ここで腐って死ぬより、全力で楽しんで死んだ方がマシじゃない?』


「……楽しいという感情が我が身に宿った時から、もっと楽しく生きたいと思うようになった。しかも我等全員が、だ。こんなに騒がしい魔界は生まれて初めてだよ」


『だろうね。まぁ、人間達に刺激を与える命を創造主から賜っているんだ。なら僕達だって楽しくその命令に従わないとね!』


「うむ、楽しみながら人間達に刺激を与えようではないか」


『……人間達にとっては、劇薬並みの刺激だと思うけどね』


「どの程度の刺激かは、創造主から特に言われていないから問題ないだろう」


『だね! もしそれで人間が滅んだら、それはそれで人間が弱すぎたって事で問題ないだろうしね!』


 遊戯者は身体を伸ばし、すっきりした表情でバーヤに告げる。


『じゃ、僕もダンジョンに行くよ。そろそろ僕のダンジョンに、人間達が訪問してくるからさ!』


「うむ。頑張ってこい」


『あいよ! じゃあね!!』


 バーヤは知らない。

 これが遊戯者との最後の会話になる事を。

 バーヤは知らない。

 このゲームを機に、急成長をしているダンジョンに現界が混乱し始める事を。

 バーヤは知らない。

 遊戯者の死がきっかけで、全てのダンジョンの成長が倍化する事を。


 現界を舞台にした国取りゲームは、そこまで遠くない未来なのかもしれない。

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