第92話 とある超常的存在、現界を探る


 旅人はまず、スキルを使う前に自分の口の数を、たまたますれ違った顔見知りの化け物に数えてもらった。

 どうやら身体の裏なども併せて、五十個あるそうだ。

 つまり、自分の命は五十個あるという事だ。

 分身体生成で人間達がいる世界に行った場合、確実に命が一つ失われる。

 ならば、如何に効率良く人間達がいる世界を探る事が出来るかが、非常に重要になってくる訳だ。


(となると、適当に《化けの皮》を使って、その人間に成りすまして一週間活動した方がいいね)


 分身体では二十時間しか居られないが、《化けの皮》を使えば一週間活動可能だし、相手の記憶も得る事が出来る。

 もしその人間が知りたい記憶を持っていなかったら、何処かで適当に調べればいい。


 旅人は早速スキルを使用する。


(分身体、生成!)


 心の中でそう言うと、目の前には半透明な何かがいた。

 例えるなら、幽霊。

 半透明な人型のそれは、ゆらゆらと揺れていた。

 そして、自分の頭の中に、もう一つの視線が流れ込んでくる。


(成程、これが分身体が見ている視界か……。何か、パソコンのデュアルモニターを見ている気分だなぁ)


 旅人は何とも言えない不思議な気分になりながらも、分身体に指示を出す。

 人間の住む世界へ行き、情報を収集してこい、と。

 すると、分身体から返事が返ってきた。


「ああ、指示しなくて大丈夫だよ。僕は分身体だから、きみの思考や感情も丸々とコピーされているんだよ。だから、そこは安心してよ」


『……驚いた。でもそれは有難いね』


「でしょ? 自分が思っていた事を完璧にこなせるんだからね」


『だね。一応念の為に、目的を言ってくれるかい?』


「了解。第一目標は人間の世界の情報収集だね。第二目標は、僕が授かったスキルの使用の感想、だよね?」


『ふふ、これはいいね。完璧だよ!』


「しっかし、流石僕だよねぇ。もう一つの分身体を、これまたとんでもない使い方をするなんて! でも僕の力なんて誰も借りないから、その方法が手っ取り早く魔力を集められるよね」


『そうだよ。現状僕はこの方法でしか魔力を集められないと思う。まぁある程度命を削る事にはなっちゃうだろうけどね。さて、早速動いてもらっていいかい?』


「了解! 楽しいゲームにしようね!」


『ああ! 頑張って来てくれ』


 目の前にいた分身体は、姿を消す。

 頭の中に映っている分身体の視界は、黒い空間をひたすら突き進んでいる。

 ひたすら突き進んでいると、急に視界がカラフルになる。

 空だ。

 雲一つない青空が広がっていた。

 どうやら分身体は地面から人間の住む世界へ向かっていたようだ。


「うわぁ、もう随分と青空を見ていなかった気分だよ。何か、綺麗だよねぇ」


 旅人と全く同じ思考を持った分身体が呟く。

 ああ、全くの同感だ。

 旅人も分身体と同じ感想を抱く。


『さて、もっと見ていたいけど、もう一つ仕事がある』


 旅人は一度分身体の視界を頭の隅に追いやり、もう一つの分身体を生成した。


『やぁもう一人の僕。言わなくてもわかっていると思うけど、確認も含めて君の目的を聞いておきたい』


「ああ、勿論だとも」


 実は旅人は、こっそりバーヤに確認した事がある。

 ダンジョンで人間達に頑張ってもらう事、力を貸して魔法を発現させる事以外に魔力を得る方法はないか、と。

 すると、バーヤは教えてくれた。

 それは――


「僕の目的。それは適当に人間に成りすまし、魔法使いに僕の悪口を言わせればいいんだよね?」


 これが、もう一つの魔力を得る方法だ。

 ここの化け物達は、人間達が放つ魔力の糸を通じて、ある程度の魔法使いの会話が聞こえるらしい。

 特に一番よく聞こえるのは、自身に対する悪口だ。

 怒りなどの感情が無い彼等は、「あっ、俺の悪口を言った。じゃあ殺して魔力貰うね」という軽いノリで魔法使いにペナルティを下す。

 その時に死んだ魔法使いの魔力は、この世界に届いている魔力の糸を通じて、全ての魔力を提供してくれるのだ。

 それこそちょっと力を貸す程度では得られる事のない程の量だ。

 一応ダンジョンで、魔力がない人間が死んでも、方々に散った生命エネルギーがダンジョンで魔力に変換され、化け物達の餌にはなるのだが、わざわざダンジョンで仕掛けを作って殺さないといけないので、非常に面倒なのである。

 その為、怠惰な化け物達は適当に悪口を言っている魔法使いを探し、怒りも何も抱く事無く、ただ魔力が欲しいからという理由で殺すのだ。


 だったら魔法使いを無差別に適当に殺せばいいのではないか、という考えも出たのだが、それをやりすぎると肝心の魔法使いえさが激減してしまうのだ。

 なら悪口を言った場合のみという限定にしたのだった。


 今回旅人が取った方法、それは敢えて悪口を言わせるという方法である。

 化け物達は魔力を見る事が出来る。

 つまり、どの人間が魔力を宿しているかが一目でわかるのだ。

 その人間に近寄る為に、近しい人間皮を借りて成りすまし、何かしらの方法で悪口を言わせてしまおうという作戦だった。

 何かしらの方法とは、酒で酔わせるという方法がメインになりそうだが。


『流石僕だね、よくわかってるじゃないか!』


「じゃないと、僕はダンジョンすら作れないからね。ダンジョンを作れる程の魔力をまず貯めないと、だね」


『その通り! よかったよ、二体目の分身体を作ったら、僕の思考が丸々移らない可能性もあったから、ちょっと不安だったんだ』


「まぁ初めてだもんね、不安を抱いても仕方ないさ。兎に角、大掛かりなゲームの為に、お互い頑張ろうよ!」


『ああ、頑張ろうね!』


 そして二体目の分身体も、人間の住む世界へ旅立った。

 今頭の中には二つの視界が浮かび上がっている。

 

(しっかし、分身体生成にもデメリットがあるなぁ。非常に身体が重たいんだ)


 分身体を生成してみたら、軽やかに身体を動かす事が出来ないでいた。

 全身が鉛のようになってしまっているような、そんな気分だ。

 分身体が活動している時の自分の活動についても考えないといけない、旅人はそう思った。


『さてさて、人間の世界、堪能させてもらうよ♪』


 旅人の無数にある口全てが、邪悪な笑みを浮かべていた。

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