第90話 とある超常的存在、動き出す 其の二
旅人は自身の身体能力の高さに驚きを隠せなかった。
とても分厚い柱のような木は、手刀で簡単に綺麗に伐採する事が出来た。
細かい作業は指に生えている爪で、何の抵抗も無く切り裂いたり溝を掘ったり出来るのだ。
(人間の頃より自由度高い身体になって、何か楽しくなってきた!)
この木は不思議な事に、表面は白で断面は黒と、まさにオセロの駒に丁度いいものであった。
旅人は目的の為に黙々と作業をする。
だが内心では、これから始まるゲームに心を躍らせていたのだ。
その為にはまず、化け物達に感情をしっかり植え付けないといけない。
相当時間が掛かるし根気も必要な作業になるだろう。
しかし、この先の楽しみの為だ、多少の苦労も厭わない。
(純粋無垢なサイコパスを作る……。ああ、何て心躍るんだ!)
感情のない化け物達に、「楽しい」という感情だけを追求させる、本物の化け物に仕立て上げる、それが旅人の第一目標である。
まだ見ぬ未来の完成図を妄想していたら、いつの間にかオセロに必要なものは全て作り終わっていた。
「さて、まずは最初のターゲットは、やっぱりバーヤかな」
バーヤは色々話を聞いていると、どうやら化け物達の案内役をしているらしい。
何故かは不明だが、たまに新しく生まれる同胞に、自分達はどういう存在か、どういう役割を与えられているかを教えていくのだ。
故に《最古の道標》という二つ名が与えられているのだ。
そういった役割があるおかげで、バーヤは化け物達からの信頼を得ているように旅人の目には映った。
そんなバーヤがオセロにハマっていけば、他の化け物達も興味を示すかもしれないと考えたのだった。
旅人は早速バーヤの元へ行き、オセロをしようと誘う。
「バーヤ、あまりにも暇だから前世の知識からゲームを引っ張り出したんだ。ちょっと付き合ってよ」
「ふむ、ゲームか。よくわからないが付き合おう」
バーヤは相変わらず抑揚のない声で付き合ってくれた。
ルールを教えると、バーヤはすんなりとオセロを理解した。
バーヤはどうやら頭はいいらしい。
旅人はまずはそこそこ手を抜いて接戦を演出した。
正直言えば、覚えたてのバーヤは非常に弱かったのだが、それでもある程度手を抜いて長考する振りもした。
そしてしばらくは接戦の末、バーヤが負けるようにゲームメイキングをする。
約百戦した頃だった。
バーヤは一切やめようとしなかった。
むしろ、彼――彼女?――の無数の口が明らかにへの字になってきていた。
ずっと横一文字だった口達が、どうやら少し感情を表現するようになってきたようだ。
大きな一つ目も、何となくだが悔しさが見えてきた。
(おや、これは?)
感情が少し出てきたのかもしれない。
少し煽ってみる事にする。
「バーヤ、そろそろやめるかい? そろそろ僕も疲れてきたからさ」
「いや、まだだ」
「でもバーヤだって疲れたでしょ?」
「大丈夫だ、問題ない。さぁ続きをやろう」
(ほほぅ、これはいい傾向だ♪)
バーヤの表情を見て、フラストレーションをギリギリまで抑えさせ、そして手を抜いて勝たせる。
その時に恐らく感情を爆発させるはずだ。
もう、バーヤには感情が芽生えてきているはずだから。
そして百十戦の時に、ついにそのギリギリの状況まで来た。
バーヤの口達が、歯をむき出しにして悔しがっているのだ。
(来た、今だ!!)
旅人はわざと手を抜いて、バーヤを勝利に導いた。
そして、僅差でバーヤが勝利する。
「ああ、負けちゃった」
旅人が露骨に悔しがると、バーヤは勢いよく立ち上がり――
「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
天に両手を掲げたのだった。
まるで敗北して溜まりに溜まったフラストレーションを、全て口から解放する程の喜びようだった。
「バーヤ、強くなったね」
「……」
するとバーヤは無言となり、自身の胸に手を当てている。
「どうしたの、バーヤ?」
「……いや、今不思議な感覚に襲われている」
「ほう、興味があるね。どういう感覚?」
「上手く……言葉に出来ないが、お主に負けている時、徐々に目が熱くなって胸に不快感が溜まっていったのだ。だが、先程お主に勝った時、自然と大声を出して両手を挙げてしまった。これは、何なのだ?」
思惑通りだった。
旅人は心の中でほくそ笑んだ。
「おめでとう、バーヤ。それが感情だよ」
「……これが、感情……なのか」
「うん。人間は沢山の感情を持っていて、その中でバーヤが感じたのは《悔しい》と《嬉しい》だよ」
「悔しい……と、嬉しい……か。どれが悔しいでどれが嬉しいなのだ?」
「僕に負け続けていた時が悔しいって感情で、僕に勝った時が嬉しいって感情だよ」
「そうか……これが、感情」
バーヤは戸惑っていた。
胸の中に渦巻く、初めて感じた感情に。
創世時代から長く生き続けてきたバーヤだが、こんな体験は初めてだった。
そしてバーヤの口から自然と、この言葉が漏れる。
「旅人よ、もう一戦しよう」
「大丈夫、疲れてない?」
「大丈夫だ、むしろやりたくて仕方ないのだ」
「ふふ、いいね。僕も負けて悔しかったからね。とことん付き合うよ」
更にバーヤに変化が起きた。
そのゲームの始まりの際はまるで無邪気な子供のように楽しそうな表情をしていたのだ。
どうやら《楽しい》という感情も得たように思えた。
ゲームを始める前に、バーヤに聞いてみた。
「ねぇ、今はどんな気持ち?」
「……そうだな。早くオセロをやりたくて仕方が無い。身体が踊り出すような感覚だ」
「いいねぇ、おめでとうバーヤ! それも感情の一つで《楽しい》ってやつだよ」
「これが楽しい……か」
新たな感情を得たバーヤが、口角を吊り上げる。
「……悪くない。今まで感じた事がない体験だが、不思議と受け入れている」
「そりゃそうだよ、感情を持つというのは、生き物として自然だもんさ」
「自然……か。成程、自然なのか」
「うん。創造主の事をちょっと悪く言うけど、生き物に感情を与えないっていうのは非常に残酷な事だよ。元人間の僕からしたら、君達は非常に痛々しく見えたね!」
「そうか……旅人よ。とても貴重な体験をしている。さぁ、話はあとにしてオセロをやろうではないか」
「いいねぇ、そう来なくっちゃ!」
そこから更に三十戦もオセロをした。
最初は手を抜いていたのだが、バーヤはついに勝つ為の模索と学習をするようになった。
最後の方だと旅人も手を抜かず、本気で勝負をしていた。
(バーヤ、やっぱり頭がいい。勝つ為に知恵を振り絞るようになった。時々焦る場面があるし)
そして両者本気の最終戦では、接戦の末僅差でバーヤに負けてしまったのだ。
バーヤは勝利の雄叫びを上げる。
「はははは、もう感情を抑えられない。とても楽しいのだ!!」
「ふはぁ……負けたよ、バーヤ。強くなったね」
「ふふ、旅人よ。素晴らしい体験をさせてくれて貰っているよ」
「はは。やっぱり感情があった方が自然だよ」
バーヤはふと、空を見上げる。
「……我等は、随分と無駄な時を過ごしてしまっていたのだな。感情を得て初めてわかった、我等は生物として不自然な生き方をしていたのだと」
バーヤは創世時代の仲間の死を何度も見た。
バーヤを含め、自分達は生きる目的も無く、ただ座って時間が流れるのを待ち、そして死んでいく。
何もせず命を無駄に散らしていったのだ。
結局創世時代から生きている感情の無い化け物は、バーヤ一人となった。
新たに生まれてくる同胞も、結局は感情が無いまま誕生し、何もせずに死ぬかだらだらと魔力を摂取し、ダンジョンを適当に運営していくだけだった。
感情を得た今だから言える。
「……ああ、本当に何と無駄に過ごしてきたのだろう。こんなに楽しい事があったのに……」
今まで感情がこもっていない声で話していたバーヤの声色は、今やしっかりと感情が乗っている。
まるで人間と対峙しているような、そんな人間臭さが出ていた。
(……計画第一段階、順調♡)
そんなバーヤの様子を見て、計画が順調に進んでいる事を実感した旅人。
ならば、第一段階を更に進める事にした。
「ねぇ、バーヤ」
「……何だね」
「感情を得てみて、感想は?」
「非常に、素晴らしい体験をしている」
「ならさ、他の皆にも広めてみない? バーヤのように、他の皆にも感情が芽生えるかもしれないよ!」
「……うむ。私もそれを考えていた」
「じゃあ僕達二人で皆にも感情を与えてみようよ!」
「そうだな、それがいい」
どうやらバーヤは、任意の者に連絡を取る能力があるらしい。
一種のテレパシーだ。
その能力を使い、全員にバーヤの元へ来るように伝えてくれるとの事。
(これは、こういう時に言う言葉だよね……)
旅人は、心の中で言う。
(……計画通り)
旅人が考えた大掛かりなゲームに向けて、順調に計画が進行していたのだった。
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