第89話 とある超常的存在、動き出す 其の一


 旅人は早速行動を開始した。

 自分の頭の中にある計画を実行するには、まずはこの怠惰な生き物にやる気を与える事だった。

 

(やる気を与えるにはどうするか――だよねぇ)


 この世界の神は非常に無情で、怠惰な生き物達に感情を与えなかった。

 しかしそれが逆によかったのかもしれない。


 まず感情を与えなかった点だが、ロボットのように感情がない訳ではない。

 人間には最初からある喜怒哀楽が、彼等には与えられなかっただけだと考えられる。

 でなければ、バーヤの話を聞いて相槌を返す旅人の反応に、困惑したりしないだろう。

 つまり――


(彼等に感情を植え付ける事が出来るって訳だ)


 例えるなら、怠惰な彼等は未だに真っ白なキャンパスと同等なのだ。

 外部からの刺激によって、如何様にも染め上げる事が出来る、純白そのものだ。

 しかも命令されても純白を維持し続けるという、大分頑固な純白だ。

 これを染め上げるのは相当苦労するだろう。

 だが、ただ退屈な世界で過ごすより、やはり刺激が欲しいのだ。

 

(……となると、彼等に人間と同じような感情を与えるのは……面白くないな)


 ふと、旅人は思った。

 人間と同等の感情を与えていいものなのだろうか、と。

 もし同等の感情を与えて人間と同じような動きになってしまうのは、それはそれで面白くない。

 せっかくここには感情が真っ新な生物モルモットがいるのだ、だったら与える感情は絞った方がいいだろう。


(思い出せ、僕があのゲームをしていた時、何処で一番心が沸き上がったか)


 あのゲームとは、生前自身で開催していたデスゲームだ。

 生きて帰れる保証が極わずかしかない、救いがないゲームだ。

 自身が開催していた時、どの場面、どんな時に心が震えたのか。

 一番感情を爆発させていたのは、どのタイミングなのか。

 旅人は薄れつつある前世の記憶を、必死に絞り出す。


(死に顔を見て射精している時? ……確かに感情は昂っているけどそれは性的な要素もあるから違う。人達の殺し合いを見れている時? ……何か違うな)


 頭を悩ませて、必死に思い出す。

 そして、答えに辿り着く。


「そうだ、『楽しい』とか『楽しそう』っていう気持ちが、一番心躍ったんだ!」


 そう、綿密に計画を練って「これは絶対楽しくなりそう」と思っている時、そして計画が上手く達成できた時に「楽しい」と感じる瞬間が、一番心が躍ったのだ。

 つまり、怠惰な生き物にやる気を出させる方法は一つ。

『楽しい』というワクワク感だけ・・を植え付ければいい。

 そしてとにかく『楽しい』を追求する生き物に仕立て上げればいい。

 それ以外の感情は不要だ。

 余計な感情を植え付けた事によって、『楽しい』感情を阻害してしまったら、それこそただの人間に成り下がってしまう。

 せっかく化け物の容姿なんだ、とことん気持ちまで化け物サイコパスになってもらおうじゃないか、そう考えたのだ。


「あはははは、これはヤバい! 前世より絶対楽しいゲームになりそうだ! 化け物になったからこそ出来る、全世界を巻き込んだ超大掛かりなゲームになるぞ、あはははははははははっ!!」


 旅人の『楽しい』という感情が爆発し、高笑いを上げる。

 

「神様、こういう刺激をこの世界に与えてほしいって事なんだよね、そうなんだよね!? 大丈夫、安心して! そういうのは僕の得意分野さ!!」


 旅人はその場で軽快なステップで踊り始める。

 時にはバレエのように優雅に回転してみたり、鼻歌を歌ってみたり。

 前世でも感じた事が無い程の感情の昂りに、じっとしていられない気分なのだ。


「さってと、まずは下準備をしないとね」


 怠惰な彼等に『楽しい』という感情を植え付ける。

 その第一段階として、下準備をする必要があった。


「こういう異世界転生物の定石と言ったら、やっぱりオセロでしょ」


 この何もない世界に、ゲームを持ち込もうとしたのだ。

 材料は柱にしか見えない木。

 何とか上手く削り出して、マス目が書かれている台と駒を用意しないといけない。

 きっと忙しいし、怠惰な彼等に感情を植え付ける作業は、死ぬ程大変だろう。

 だが、旅人はそれでも上機嫌だった。

 

「作戦第一段階、勝負をさせて『勝つ楽しさ』を徹底的に教え込もう作戦、開始♪」


 何故旅人が将来 《遊戯者》と言われるのか。

 それは、後に《魔界》と呼ばれるこの世界に、初めて遊戯を持ち込んだ彼に感謝と称賛と敬意を込めて与えられた二つ名だった。

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