第88話 とある超常的存在、魔界を知る 其の三


「そんで、創造主はどういうテコ入れをしたのさ?」


 旅人は訊ねる。

 バーヤは抑揚のない声で、まるでロボットのように返答する。


「創造主は、我等に使命を与えてくださった。我等にダンジョンを作る能力を与え、敢えて地上に不完全な生物を発生させるというものだった」


「ほぅ、成程ね。不完全な生物を解き放つ事で、人間に刺激を与えたという訳か」


「左様。ダンジョンは地中に生成する事が可能な能力で、当然人間の住む世界に干渉してしまうので、ダンジョンから不完全な生物が湧く。ダンジョンから溢れかえった不完全な生物は地上へと繰り出し、やがて地上でも生息域を増やしていった」


(成程、所謂 《魔物》みたいなものなのかね、不完全な生物とやらは)


「すると人間は武器を取り、魔物を排除したり食糧とした。だがあまりにも数が増え過ぎている為、発生源を叩こうとする。その流れも創造主の狙いであった」


「狙い?」


「ダンジョンに入り、人間達は不完全な生物を狩る。ダンジョン内で命を散らした際に散る生命力はダンジョンに吸収され、我等の糧となり力となる。そしてダンジョンも我等の思い通りに成長させる事が出来るのだ」


「思い通り……か。どの程度なの?」


「人間では製作が困難な武具や道具を設置したり、罠を設置したり、湧き出る不完全な生物をある程度操作したり等が可能だ。まぁ詳しくはお主がダンジョンを生成できる力を得た時に話そう」


 どうやらここにいる連中はダンジョンを生成する力を得られるという。

 しかし、話を聞いていく内に疑問が出てくる。


「質問なんだけど、ダンジョンから地上に出られないの?」


「出られない。ダンジョンを作ると移動出来るのは最下層とこの我等の世界のみだ」


「えっ、マジ!? 地上に出られる方法はないのかぁ、僕達」


「いや、あるぞ」


「あるんかい!」


 ついつい手を使って胸の辺りにツッコミを入れてしまった。

 人間だった頃のノリが出てしまったのだ。


「……なんだそれは」


「あ、あはは……。ごめん、話を続けて?」


「ふむ。では話そう」


 バーヤの話はこうだ。

 ダンジョンはダンジョン内で人間達が死亡する、人間達が不完全な生物を始末する際に霧散してしまう、生命エネルギーと人間が魔法を使った際に込められた魔力を吸収、糧にして成長する。

 生まれたてのダンジョンは二階層なのだが、成長すると最大九十九階層までになるそうだ。

 九十九階層まで成長したらどうなるか。

 実はそこまで成長すると星の核に届くようになる。

 そして星の核に貯蔵されている莫大なエネルギーによって地上と繋がり、この怠惰な生き物達は初めて地上に出る事が出来るようになると言う。


 どうやらこの世界の創造主は、この怠惰な生き物達に徹底的に人間の障害物として君臨して欲しいらしい。


「成程成程、色々と見えてきたよ」


「お主は話が早くて助かる。他の者だと説明してもすぐに忘れるからな」


「……苦労してるね」


 更に詳しい事を聞くと、生まれたてだとすぐに力は使えないそうだ。

 しばらくこの世界で暮らしていると、ふと、自分の中に力が沸き上がるのを感じる瞬間があるという。

 つまり、旅人の今の姿は赤子と同じ状態なのだ。


「さぁ、この世界を案内しよう、旅人よ」


「よろしく」


 バーヤに連れられて、何もない世界を歩き出す。

 虫の鳴き声も、風の音も、空には星すらもない、本当に何もない世界だった。

 木々や草すらもなく、延々と白い大地が地平線まで広がっていた。


「ねぇ、バーヤ」


「なんだ、旅人よ」


「……この世界、何もなくね?」


「いや、あるぞ」


「あるの? じゃあ案内して!」


「わかった」


 バーヤは旅人の先頭を歩いてその場所へ導いてくれる。

 何も目印もないのに、よくもまぁこんなに迷わず歩けるものだと、旅人は感心する。

 すると、歩いている途中で、真っ白な人型の何かが横たわっているのに気が付いた。


「あれ、バーヤ。あの横たわってるのは?」


「ん? ああ。あれは我等の死体だ」


「えっ、死体!?」


「そうだ。我等はダンジョンで得る生命力や人間の魔力を糧としている。それを一定期間摂取しなかった場合、死に至る。あの者はダンジョン管理や人間に力を貸すのもしなかった為、死んだのだ」


「……死ぬ程までの怠惰とは、恐れ入るよ」


 どうやら怠け者は死ぬらしい。

 引きこもりは許さん、という事なのだろう。

 

 どれ位歩いただろうか。

 随分長く歩いた先にあったのは、無数の白い柱だった。


「着いたぞ。ここがこの世界唯一の木が生えている所だ」


「えっ、これ木なの!? ただの柱じゃん!」


「いや、木だ」


「えええええ……」


 どう見ても柱にしか見えない物体は、この世界では木らしい。

 試しに旅人が叩いてみると、乾いた音が返ってくる。

 音的には確かに木なのだが、どうも納得が出来ない。


「ちなみにこれを伐採したらどうなるの?」


「伐採したら、しばらくしたら切り株から木が生えてくる。いくらでも使ってよい」


「ふぅん、成程ね。あっ、質問! 他の同胞達は何処に行ってるの?」


「ふむ。皆ダンジョンにいるだろう。最近は人間達もダンジョンから得られる物で文明を発達させており、我等も効率良く生きる事が出来ている」


「……」


 この怠惰な生き物、人間に更なる堕落を与えてしまっているようだ。

 創造主が意図していない結果になっているのではないか、と旅人は思った。


 つまり、人間はダンジョンから得られる物を有効に使って発展したり、魔力を通じて力を借りて魔法を放つ。

 自分達は魔力と生命力を得て力を増長させ、生き永らえる事が可能。


 障害どころか見事な共存関係を築いてしまっていた。

 旅人の頭の中で、創造主が「思っていたのと違う!」と地団駄を踏んでいる姿が想像出来た。


 人間とこの生き物達は、怠惰を極めつつあるようだ。


(え、待って。この世界――いや、世界全体があまりにもつまらなすぎない?)


 地球にいた頃、当然魔法等はなかったのだが、未解明な事象が沢山あったので、知識欲という刺激があった為に退屈はなかった。

 それに人間達の個々の欲望も強かった為、様々な障害や衝突がある。

 良い意味でも悪い意味でも飽きない世界だった。

 

 だが、転生してきたこの世界はどうだろう。

 恐らく創造主はより良い世界を作りたかったのだろうが、刺激もなくひたすら平和な世界になってしまった。

 自然は上手く循環するだろうが、人間は最低限生活する程度にしか動かなくなってしまったという。

 そして苦肉の策のダンジョンと魔物 (仮称)も、今や刺激物としての役割を果たせていない。

 恐らく創造主は、この世界を失敗作としてみなしているのではないだろうか。


 そこで、旅人にある仮説が湧いてきた。


(……僕が転生してきた理由って、まさか、この世界に刺激を与える為?)


 自分でも突拍子な説だと思うのだが、神の力でどうにも出来ないのなら、よその世界の人間を自分の世界にぶち込めばいい、そう考えた可能性がある。

 となると、自分がこの怠惰な生き物に転生したという事は、恐らく精霊、天使にも自身と同様の転生者がいる可能性も考えられる。


(いや、ひょっとすると、人間の世界にも転生者とか転移者はいるかもしれないね)


 もう他の世界の力を借りないといけない程、テコ入れが出来ない状況になっているのかもしれない。

 きっと現在の創造主は、地団駄踏んだ後、自身の無能さに頭を抱えているのかもしれない。


(自分が作った箱庭が思い通りに行かなかったら、リセットしたくなるのが人間だけど……。ここの神様は大分根性があるようだね)


 この世界を見捨てず、他者の力を借りてでも自身が思い描く世界に修正したいと考えているようだ。

 その部分では自然と好感が持てる。


 まぁ、あくまで旅人の憶測の域なのだが。


(でもまぁ、そういう説じゃないと僕が転生した意味がわからないからね)


 前世では好き勝手デスゲームをしてきた。

 そんな自分は死んだら地獄に落ちて、永遠の責め苦を受けていただろうと思っていた。

 そこに思わぬ転生という機会を与えられた。

 何かしらの意味を与えられたとしか思えないのだ。


(……ん? 転生させられた、意味?)


 自分がやってきたのはデスゲームだ。

 そんな自分に転生の機会が与えられた。

 つまり、神は自分に対して、何かしらのゲームを求めている……?

 旅人は自然とそのような考えに至る。


(人間に刺激を与える為にダンジョンで地上に干渉させて魔物を生成させた。ダンジョンを最大まで成長させると、僕達は地上に出る事が出来る……)


 そこで旅人に、天啓が舞い降りた。

 なら、全世界を巻き込んだゲームを考え出してやろう、と。

 既に思いついたゲームは、頭の中で形が出来上がっている。

 後はこの怠惰な生き物をやる気にさせる方法を考えるだけである。


(ふふふ、これはこれは……面白くなりそうだ)


 口角が三日月のように吊り上がるのを感じた。

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