第86話 とある超常的存在、魔界を知る 其の一


「何なんだ、ここは……?」


 確か自分は死んだ筈では?

 彼は間違いなく死んだ。

 しかし、生きている。

 漆黒の空と白い大地という、謎の空間の中で。

 死ぬ直前に感じた痛みすらもない。


「僕は、どうなったんだ?」


 ふと、自分の手を見る。

 真っ黒だ。

 黒の全身タイツを着込んでいるかのように、見える範囲でだが自分の身体は黒一色だった。

 本当にタイツを着ているのではないかと思い摘まんでみたら、痛覚があった。

 どうやら自分の皮膚は真っ黒になってしまったようだ。

 そして股間を見る。

 慣れ親しんだ息子・・がなかった。


「……これが、地獄?」


 彼は好き放題他人の命を奪ってきたので、絶対天国はないだろうと自覚していたが、まさか地獄がこんなに何もない所だとは思わなかった。

 何もかも意味不明だし理解出来ない事ばかりが起きているので、彼は混乱していた。


 すると、抑揚が一切ない声で話し掛けられた。


「……新しき同胞が誕生したか」


 彼は急いで振り返る。

 そこには、化け物がいた。

 大きな眼が一つ頭部の中央にあり、口は見当たらない。

 しかし頭頂部から地面に向かって生えている白い触手に、一本につき一個口が付いていた。

 首から下はまるで干乾びた人間のような貧相な身体は真っ白な色をしているのだが、所々から黒い岩のような突起物が飛び出していた。

 何とも形容しがたい化け物だ。

 

(……ああ、これが地獄の番人とか閻魔様みたいなやつかな?)


 彼は化け物を見て、そのような感想を抱いた。


「……初めましてだな《新生者》よ。私は《最古の道標 バーヤ=ドル・キルス》という」


「《新生者》?」


「左様。お主のようにこの世界に新しく生まれた同胞の事を《新生者》と呼ぶ」


「成程ね、理解したよ。よろしく……え~っと」


「私の事はバーヤでも道標とも、好きな呼び方をすればよい」


 この化け物、いや、改めてバーヤの声は全く感情が乗っていない。

 まるでロボットと会話しているようだ。


「しかしお主、感情があるな?」


「え? あ、うん。あるよ」


「……成程、《旅人》か」


「ああああ、もう、さっきから訳分からない事が多すぎて、軽く頭パニックなんだけど!! これどういう状況!?」


 ついにイライラが許容範囲を超えてしまい、目の前にいるバーヤに怒りをぶつける。

 しかし、彼……彼女? どちらかは判断付かないが、バーヤは一切感情を見せない。


「わかった、説明はするがまずは確認だ。恐らくお主は前世の記憶を持っているだろう?」


「ああ、持ってるよ。多分別世界だと思うけど、そこで人間として暮らしてたよ」


「成程。となると、お主はやはり《旅人》だな。《旅人》とは、別世界に住んでいる人間が死ぬ、若しくは何かしらの方法によって我等の世界に移動・転生してきた者を指す言葉だ」


「ふむふむ、なら僕は《旅人》で間違いないね」


「わかった。ちなみにお主は以前の名を言えるか?」


「ああ、言えるよ。僕の名前は――あれ?」


 彼は自分の名前を言おうとしたが、何故だろう、名前がわからない。

 もう少し頑張ったら言えるとか、喉の辺りでつっかえているとか、そういう感覚ではない。

 完全に丸っと、自分の名前の部分だけを綺麗さっぱり忘れてしまっているのだ。


「え、どういう事? 何で!?」


「ふむ、まさしく《旅人》のようだな。彼等は元居た世界での名を忘れてしまうのだ。理由は不明だが」


「えええぇぇぇ……」


 理解出来ない事象が連発で起こりすぎて、彼の頭の中は混乱しっぱなしである。


「とりあえず名が無いと不便だ。仮にお主を旅人と呼ばせてもらう。異論はないか?」


「……まぁ一旦それでいいや」


「なら付いてくるといい。我等の事と世界の事を教えよう」


 バーヤは歩き出す。

 彼――もとい、旅人もバーヤに付いて行く。


「さて、まずこの世界の事を話そう。この世界は我々と失敗作と言われている生物が暮らしている、怠惰の世界」


「……怠惰の世界?」


「そうだ。話は創世まで遡る」


「わお、創世とは壮大だね……」


 これは話が長くなりそうだ、と旅人は思ったが、口には出さない。

 今はとにかく情報が欲しいからだ。


「創造主は、広大な黒い空間に巨大な星を作った。この星は他の燃え盛る星とは違い、大地がある星だ。創造主は様々な命が暮らす星を作り、管理をしたかったようなのだ」


「ふうん」


 黒い空間が宇宙、燃え盛る星というのは恒星の事を指しているのか、と旅人は自身の前世の知識を利用して変換する。

 しかし驚いた。

 どうやら神様が存在しているらしい。

 しかも話を聞いていると唯一神のようだ。


「創造主はこの世界を作られた。次に生命を宿す為の環境システムの構築に移ろうとしたのだが、それまで創造主自らがやってしまうと、生命を生み出す力が無くなってしまう。そこで創造主は自身の身を削り肉で部下を作り出したのだ」


「成程ねぇ、その部下って奴に環境システムの構築を任せた訳か」


「左様。お主は頭が良い。創造主が作られた部下は大まかに分けて三つ。空気の循環を作り出した天使。生物の食事の循環の為に自然のシステムを作り出した精霊。そして、二つの存在が作ったシステムが不完全で安定していなかった為に、予期せぬ生物が生まれてしまったのだ」


「予期せぬ生物?」


「うむ。ただただ世界の循環を壊すだけの生物だ。その不完全な生物を、世界の循環が安定するまでの間狩り続ける存在、それが我々だ」


「成程ね、じゃあ僕達は自分達の事を何て呼んでるの?」


「他の二種類は創造主の許可を得て天使、精霊と名乗り始めたが、我々は種族のようなものは決めなかった」


「は? どういう事?」


「創造主は我々を生み出す際、生物を殺すという辛い役割を遂行するのに、感情があったらいずれ心が壊れてしまうだろうとお考えになられた。故に我々は感情を持たぬ存在として生み出された。ただ、不完全な生物を指示に従って殺すだけを生きる糧として」


「……うっへぇ、一番残酷な事をしてるじゃん、創造主」


 感情が無いという事がどれ程残酷な事なのか、どうやら創造主はわかっていなかったようだ。


「故に我々は自身の呼び名等に一切興味を持たなかった。そして長い年月を掛けて、この星はようやく循環システムが安定し、創造主が望む生物が暮らせる世界となったのだ」


「ふうん、続けて」


「しかし問題が起きた。循環システムが安定し始めると、不完全な生物が湧いてきたのだ。何故このような事が起きたのか原因を究明した結果、我々三種類の創造主の部下が原因だった」


「ほう?」


「安定した循環の元だと、大きな力を持つ我々は異物なのだ。その異物がこの星に留まる限り、不完全な生物は永遠に湧き続ける」


 旅人は思った。

 色々な神話等で創世を語る本はあるが、やはり何かしら欠点がある。

 存外、神様は万能ではないらしい。

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