第84話 《遊戯者》討伐のその後 其の六


「……はい、薬草を規定数納品を確認致しました。依頼達成お疲れ様でした」


 王都の冒険者ギルドにて、頬が痩せこけて眼が死んでいる受付嬢がいた。

 彼女の名をミリアリアという。

 ミリアリアはリュートに本気で恋をしており、そんな彼が死ぬのは嫌で、本来ソロ活動は出来るのだが嘘を付いてより生存率が高くなるパーティでの活動を強制したのだった。

 そしてそれがギルド長にバレてしまい、罰として暫く受付嬢から裏方の事務作業に回されてしまっていた。

 自業自得である。

 ようやく本日から受付嬢に復帰できたのだが、知らぬ間にリュートにはフィーナという専属受付嬢が付いていたのだ。

 しかもリュートもフィーナを信頼している様子。

 大きく出遅れている。

 それを知った時は大きな衝撃を受け、念願の受付嬢に戻っても仕事に身が入らなかった。

 今は《超越級》から大降格して石等級になっている冒険者の専属として相手をしている。

 パーティ名は《黄金の道》である。

 今も彼等の相手をしている最中だった。


「……ミリアリア、オレ達が君に文句を言える立場じゃないのはわかっているのだが、もうちょっと何とかしないと、また事務方に回されちまうぞ?」


《黄金の道》リーダーであるラファエルが、あからさまにやる気がないミリアリアに苦言を呈する。

 だが、それすら耳に入っていない様子だ。

 これはまた裏方へ帰りそうだ、とラファエルは思った。


「さて、依頼は終わったし、飯にしようぜ皆」


「はいっ!」


「だな」


《黄金の道》の副リーダーのゴーシュと、補助役サポーターのトリッシュが返事を返した。

 彼等は《遊戯者》を討伐後、今までの行動がギルド長の耳に入ってしまい、石等級からやり直すようにと宣言されてしまった。

 当然ながら討伐に参加した他の《超越級》も同様の罰を食らったのだが、彼等は納得しなかったのかギルド長であるハーレィと相当揉めたようだ。

 結局は納得出来ず、感情任せで「冒険者なんていう糞な仕事、こっちから辞めてやる」と冒険者免許を返納、そのまま故郷に帰ってしまったそうだ。


《黄金の道》は、前から初心に帰ると決めていたので、この罰を受け入れて依頼をこなしていっている。

 現状 《黄金の道》は周囲からとてつもない非難の眼を浴びまくっている。

 やれ保身に走った屑だの、《超越級》の役立たずだの、言われ放題だ。

 仕方ない、全て事実なのだから。

 前までの《黄金の道》であるなら、激昂してそんな事を言った奴を半殺しにしていただろう。

 だが、彼等はその罵倒すら受け入れている。

 正直心が折れそうな程の酷い罵倒だが、事実なのだから受け入れざるを得ない。

 更に沢山いたスポンサーも全員離れてしまい、金銭は依頼で稼ぐのみとなっていた。

 生活レベルも随分落とした。

 今まで《黄金の道》の拠点として使っていた一軒家は売り払い、非常に質素な宿屋暮らしである。

 贅沢な暮らしをしていたラファエル達にとって、これだけでも相当堪えた。

 だが今はラファエル達は信頼回復の為に、愚直に依頼をこなしていくしか道はなかった。


「……薬草回収って、こんなに難しかったか?」


 ラファエルがぼそりと呟く。


「……さあな、数年振りの薬草回収だからな」


 ゴーシュが落ち込んだ声色で答える。


「……全然見つからなかったです」


 トリッシュにも疲労が顔に出ていた。


 数年振りの薬草回収。

 朝から依頼を開始したのだが、既定の本数を回収した頃には日が地平線に隠れ始めて、漆黒と茜色が空でグラデーションのようになっている時間だった。


「こんな簡単だと思っていた依頼すら、まともにこなせなくなってたんだな、オレ達は」


 自分達が駆け出しの頃、もっと早く薬草回収は出来ていた筈だ。

 だが、残念ながらそんな駆け出しがやる仕事すら出来ない程、彼等の腕は鈍っていたのだ。

 ほぼ一日使って手に入れた収入は、質素な宿屋の一泊分程度。

 落ち込まない訳がない。

 悔しくない訳がない。

 ここまで腑抜けてしまっていたんだなと、事実を突き付けられて、以前のプライドは粉々に打ち砕かれて塵となって消えた。


「ラファエル、俺は悔しい」


「私も、悔しいです」


 どうやらゴーシュも、トリッシュも同じ心境のようだ。

 今の自分達は、あまりにも惨めだ。

 気持ちは沈むが、惨めと感じられたのは幸運だったと、今は思う。

 何故なら、このまま《超越級》にしがみつき、今は消え去ったプライドを持ち続けていたのなら、待っていたのは破滅だったからだ。

 逆に底辺からでもやり直しの機会を得たのだ、十分に幸運だし有難い。


「皆。辛いだろうけど頑張ろうぜ。いずれはきちんと気持ちを改めて、また《超越級》に戻ればいい。今度は慢心せず、後進にも憧れられる存在になってな」


「……ああ、そうだな」


「ですね!」


 三人は今は自身の気持ちを引き締めるタイミングだと、心に言い聞かせて依頼をこなしていく。

 そしてある時、緊急で依頼が入る。

 普段やる気のないミリアリアが、珍しく焦っていた。


「《黄金の道》の皆さん、出来れば至急対応して欲しいのですが!」


「どうした?」


「ここから徒歩で三刻離れた所にある村が、大量のゴブリンに襲われているという情報が入りました! 元 《超越級》だった貴方がたに早急に対応して欲しいのです!」


「わかったぜ、馬は用意してあるのか?」


「はい、既に手配済みなのです。今から出られますか?」


「当たり前だ!」


 ラファエル達は馬に乗り、全速力で村に急行する。

 今回は馬車ではなく、馬単独だ。

 馬術を習得している三人はそれぞれ馬に乗り、馬を急かす。


 馬の体力が切れた頃、一刻もしない時間で問題の村に到着した。

 村はゴブリン達に襲われており、所々でゴブリンの笑い声と村人の断末魔が聞こえる。

 半壊どころではない被害だ。


「行くぜ、ゴーシュ、トリッシュ! 各自ゴブリンを徹底して排除しろ! だが生存者がいたらそっちの救援を優先。散開!!」


「応!!」


「はい!!」


 流石は腐っても元 《超越級》。

 ゴブリンを次々と瞬殺していく。

 あれから《孤高の銀閃》であるリュートに倣い、《ステイタス》で得た人外の身体能力だけに頼るのではなく、自身の純粋な技術も磨き始め、スキルに頼らずとも余裕でゴブリンを屠れるようになっていた。

 戦闘が不得手なトリッシュも、比較的扱いやすいボウガンでゴブリンを仕留めていく。

 五十程いたゴブリン達は、瞬く間に数を減らしていき、《黄金の道》達によって完全に排除された。

 時間にして八分も掛かっていない。


 村は酷い有様だった。

 男は顔面を潰されたり四肢を切断されていたりといった、惨い死体ばかりが転がっている。

 女に関しては生きたまま犯されている者もいたし、首にナイフを突き立てられて裸のまま絶命している者もいた。

 子供はどうやら身を潜めており、全員無事のようだ。


「……ちっ、もっと早く来ていれば」


「……いや、全滅を避けられただけでも御の字さ」


「……ゴブリンってこんな悪辣な魔物だったなって、今思い出しました」


 眼前に広がる村の惨状に、ゴブリンの怖さを思い出した三人。

《超越級》になって収入が増えた事により、こんな初歩的な事も忘れていたのだ。

 ゴブリンに犯されてしまった女は既に中毒症状を起こしており、これから先は中毒症状で死ぬしかないだろう。

 ラファエルは村民の代表に了承を取り、計四人の女をなるべく苦しまないように介錯したのだった。

 

 三人は生き残っている村人の介抱をし、村人の死体は村の外れにある規模が小さい墓場に埋めた。

 一通りの作業を終え、帰ろうとした時だった。


「本当に、ありがとうございました。おかげで生き残れました」


 ゴブリンに犯されかけた女性が、未だ恐怖で震える身体を抑えながらラファエル達に礼を言った。

 それに続くように生き残った村人達は、彼等に礼を言う。

 礼なんて、久しく言われていなかったなと思い出す。

 それもそうだ、《超越級》になってから自分の命優先で、時には依頼人を放って逃げた事だってあったんだ。

 誰にも感謝されない筈だ。


 だが、久しぶりに心からの感謝を伝えられた。

 三人は胸からこみ上げるものを感じ、目頭が熱くなる。


(そうだ、オレが冒険者になったのは、弱い者を魔物から守る為だった……)


《黄金の道》が五人全員いて、駆け出しだった頃。

 同様に依頼人に礼を言われ、五人全員がとても嬉しい気持ちになったのだ。

 オレ達だって人を守れるんだって。

 それがどうだ、昇格するにつれ、手に入る大金を見て欲に眩み、ついには保身に走ってしまったのだ。


(オレ達は、色々な物を忘れていっちまったんだな)


 ラファエルは手をひらひらと動かして礼に応える。

 そして、二度と欲に塗れまいと誓いつつ、帰路に付いた。


《黄金の道》には一つ気になる事があった。

 それは《遊戯者》が最期に残した言葉だった。


(大掛かりなゲーム、か。あの野郎、何を仕込みやがった?)


 いくら思考しても全く見当もつかない。

 討伐したあの時からずっと考えていたが、どんなに考えても結論は出ない。

 次第に、大掛かりなゲームは何だったのかという考察を止め、忘れていったのだった。


 どんなゲームを仕掛けたのか。

《現界》に住む人類には知る由はない。

 知っているのは、《魔界》に住んでいる超常的存在のみだ。

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