第82話 《遊戯者》討伐のその後 其の四


『かんぱーい!!』


 試射が終わった後、討伐隊の中にいた《超越級》以外の面々は、冒険者ギルドに併設されている酒場で打ち上げをしていた。

 リュートはこのような打ち上げをするのは初めてで、内心楽しみで仕方なかった。

 故郷で友人はいたにはいたが、皆狩りが必死で、このように集まって遊ぶ等は全く経験なかったのだ。


(色々あったけんど、王都さ来てよかっただ)


 乾杯をし、皆で酒をぐびぐびと飲む。

《ジャパニーズ》の面々は未成年だからと酒を断っていたが、この世界では十五歳が成人だ。

 ウォーバキンに強引に誘われる形で、全員酒を飲んだのである。

 ちなみにリュートは、村で十五を超えてからちびちびと嗜んでいたので、未経験ではない。

 リュートは樽ジョッキに注がれたエールを軽く口に流し込む。

 そして、眼を見開く。


(うっま! 村のとは違って泡がすっげぇ滑らか! 喉越しも良くて何杯でも飲めるだよ)


 王都に来てから依頼を受けてばかりだったし、酒より紅茶にハマっていたので、王都に来てから初めて酒を飲んだという事実を思い出す。

 酒なんて何処も同じだろうと思っていたら、全然違った。


(しっかし、皆楽しそうでいいなぁ。オラ、こっちさ来て本当の友達っちゅうもんを得た気がするだよ)


 なんてしみじみと思っていると、隣に座っていた《竜槍穿りゅうそうせん》の斥候エリーが話し掛けてきた。


「リュート、飲んでる?」


 白い歯を見せて笑いながら話し掛けてくる彼女。

 既に程良く酔っているのか、頬が赤くなっている。

 耳に掛かったセミロングの茶髪を掻きあげると、酒場の熱気のせいか少し汗ばんだ首元が見えて妙に色っぽい。

 当然、エリーの作戦である。

 エリーはリュートに本気で恋をしている。

 他にも沢山恋をしている女冒険者はいるが、彼女達は度胸がなく眺めているだけだった。

 そんな彼女達を反面教師にし、積極的にコミュニケーションを図ろうとしていたのだ。

 そして時に色仕掛けを所々にぶっこんできていた。

 あまりがっついて来ない、自然体で話し掛けてきてくれるエリーの突然の仕草に、酔いのせいかどきっとしてしまうリュート。

 意外に彼の攻略法は、自然体の中に不自然でない色仕掛けが効果は抜群なのかもしれない。


「あ、ああ。飲んでるだよ」


「へへへ、じゃっ、改めてかんぱーい♪」


「うん、乾杯」


 二人で樽ジョッキをぶつけて、二人きりの乾杯をする。

 エリーはとても嬉しそうだ。


「ねぇ、リュート」


「ん?」


「リュートってさ……恋人とか、いないの?」


 楽しそうだったエリーの表情が、不安そうな表情に変わる。


「ん? いねぇだよ」


 リュートは即答した為、エリーの不安は取り除かれた。


「そっか、良かった……」


「何で良かっただか?」


「あはは、うん、まぁ……ね」


「??」


 まだ、エリーは告白するつもりはない。

 恐らくリュートは断るだろうから。

 その理由も、何となく予想はしている。


「ちなみにさ、何で恋人いないの? リュートなら選り取り見取りだと思うんだけど」


「んなことねぇだよ」


 けらけらと笑うリュートだが、エリーは「んな事ない訳ねぇんだよ!」と心の中で突っ込む。


「まぁ、オラは聖弓さ得る為に王都に来ただ」


「うん」


「でもまだオラは、聖弓さ得る程の力は持ってねぇ。弓の腕があっても、王国兵士に必要なもんが全くねぇんだ。だから、他の事に気ぃ割いてる時間はねぇだよ」


「そうだよね」


 エリーの予想通りだ。

 リュートは意外と野心家だ。

 目標を決めたら、それのみに絞って行動をする。

 そして可能な限り最短で目標を達成しようとするのだ。

 他の事に脇目を振らず、ただ目標に向かって真っすぐに。

 だから、告白しても十中八九断られるだろう。

 しかしそういうリュートだからこそ、好きになったのだ。


 同時に、自分に少しも気がないという宣言をされてしまっているような気がして、少くなからずエリーの心にダメージが入る。


「それとな――」


「うん?」


 リュートは言葉を続けた。

 エリーが予想していた理由とは別の理由があるのだろうか?


「オラ、少し女が怖いだよ……」


「えっ」


「オラが十二の時なんだけんど、同い年の女に襲われただよ」


『はぁ!?』


「うおっ!?」


 エリーに話していたつもりだったが、いつの間にか全員リュートの言葉に耳を傾けて聞いており、襲われたという単語を聞いてリュート以外の全員が立ち上がって驚愕した。

 そして全員が立ち上がったのを見て、リュートも驚く。


「り、理由聞いてもいい!?」


「え、エリー、顔が怖いだよ」


「あっ、ごめん。それで!?」


「すっごく優しい子だと思ってたんだけんど、家に招いたら急に押し倒されただよ」


「押し倒された!?」


「……怖かっただ。あんな優しい子が見た事無い顔してて……」


「うっわ……」


「跳ね除けようとしたけんど、女でも六人に抑えつけられたら動けなかっただ」


『一人じゃなかった!!!!!』


 てっきり一人かと思っていたら、六人同時である。

 全員の声が綺麗に重なった。

 男性陣は想像する。

 優しい子六人が急に雌の表情になって自分に迫ってくる様を……。

 そして、普通に怖かった。

 最初は「羨ましいなリュートの奴、畜生め!」と思っていたが、今となっては「お疲れ様です……」という感想に変わっていた。


「恥ずかしい話だけんど、あまりにも怖くて泣いちまったんだ……。それからちょっと女には警戒しちまってるだよ」


『うっわぁぁぁ……』


 もう全員、そんな感想しか漏れてこない。

 確かにリュートは女性に対しては、少し物理的にも距離を置いている節はある。

 受付嬢然り、他の女冒険者然り。

 だが、ふと気付いた事がある。

 エリーは聞いてみる事にした。


「でも、この面子の女性陣にはそんな警戒してないよね?」


「そりゃそうだべ。オラにとっては皆友達だぎゃ。それに有難い事に、変な目で見てこねぇから、居心地がいいだよ」


 そのようなリュートの言葉に、《竜槍穿りゅうそうせん》のニーナは、


(だって、私はハリーが好きですもの。確かにリュートさんは素敵ですが、ハリーはそれよりも……)


 ハリーにちらちらと視線を送っていた。

《鮮血の牙》のカルラは、


(確かにリュートはすっごいイケメンなんだけど、男っていうより仲の良い姉弟みたいな? 頼りになるんだけどねぇ。まぁ私はウォーの面倒を見なくちゃいけないし――って、何で彼氏を作るのほったらかしにしてウォーの面倒見なきゃいけないんだ、私!!)


 ウォーバキンの保護者的な心境にいる事に気が付いて、自身の気持ちに驚愕していた。

 同パーティのレイリは、


(私には師匠という素敵な方がいる。よって、リュートは頼りになる友人としか見ていなかったな。そのおかげで仲良くなれたのだろう)


 彼女も想い人がいる為、リュートに靡く事はなかった。

 元々意思が強いというのもあり、気持ちと想いはリュートの魅力を以てしても一切ぶれなかったのだ。


《ジャパニーズ》のリョウコは、


(そりゃ最初会った時はイケメンだって喜んだけどさぁ……。翔真とシてる内に翔真の事が好きになっちゃったんだよなぁ)


 ゴブリンの集落コロニーにて、強烈な体験をしたリョウコは、ショウマを使って性的快楽に逃避した。

 しかしショウマに優しくされ始めて、彼への想いは強くなってしまったのだ。

 今やリュートは目の保養である。


 同パーティのチエは、


(……私は元から達臣が好きだったから)


 チエも気持ちはぶれていなかった。

 そして絶賛アタック中のエリーは、


(あまりにも強引に行くと引かれるのは知ってたから、アタシはなるべく自然を装ったんだよねぇ。結果は大正解だったけどね!)


 自身の選択に間違いはなかったと、心の中でガッツポーズをした。

 もし猛烈にアタックをしてリュートに距離を置かれたら、恐らく泣き崩れてしまうだろう。


「だから、本当にオラは皆と知り合えてよかっただよ。ありがとぉな、皆」


 柔らかく、優しい笑顔を見せるリュート。

 その笑顔に、女性陣の心に突き刺さった!

 一瞬想い人が吹き飛ばしてしまう程の魅力的な笑顔。

 ヤバい、こいつの笑顔、ヤバすぎる。

 女性陣は皆そう思った。

 だが一人、心を深く射貫かれて瀕死の者がいた。

 












 エリーである。






 絶賛リュートに片思いの彼女は、リュートの笑顔に心が射貫かれた所か粉々に破壊されてしまった。

 程良く膨らんだ自身の左胸を手で鷲掴みにして抑えながら、


「……イイっ」


『エリーっ!!??』


 と言って気絶したのだった。

 目覚めたのは、二刻を過ぎた辺りだった。






「あああああっ、もっとリュートとお話したかったよぉぉぉ!!」


 目覚めた時には半泣きだったとか。

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