第81話 《遊戯者》討伐のその後 其の三
《孤高の銀閃》が矢を弦にあてがった瞬間、見学に来ていた冒険者達は一斉に静かになった。
冒険者の中でもトップクラスの弓使いと言われるリュートが、今から漆黒の弓を試射するのだ。皆静かに見たいと思ったのだ。
リュートは弦を引く。
今まで自分が使っていた弓よりも強力な反発力を持っている為、引く力は今まで以上に必要だ。
(くっ、すっげぇ重いっ!!)
けど――
(久々の感覚で、すっげぇワクワクするだよ!)
まるで初心に帰ったような気分だ。
弓の弦が重いと思ったのは、久しくなかったからだ。
そんな気分になれて、懐かしいと思うと同時に嬉しくなったのだ。
この弓を手にした事により、自分はまた高みに行けると。
弦を最大まで引く。
反発力がとてつもなく恐ろしい。
最大まで引いた後、そのままの状態を維持するのもやっとだ。
おかげで腕がぷるぷると震え、照準がなかなか合わない。
とりあえず、まずは八百
リュートは、矢を放った。
放たれた矢は、今まで以上に鋭く、そして速く飛んでいく。
鏃が空気を切り裂く音が聞こえる程だ。
放たれた矢はあまりに速く、弓から飛び出した直後には既に二百ミューラ程飛んでいたのだ。
だが、五百ミューラ程の地点でようやく速さが落ちてきて、矢の軌道も重力に逆らえずに弧を描くように鏃が地面に向く。
そして、木人から左に大きく逸れて地面に突き刺さってしまう。
百発百中のリュートが、沢山の人の前で初めて的を外した瞬間だった。
ざわつく見学中の冒険者達。
しかし当の本人は、気にしていない。
いや、それどころか新しい玩具で楽しそうに遊んでいる子供のような笑顔を浮かべていた。
(成程成程、気持ちもうちょっとああすればいいんだべな)
再び矢を弦にあてがい、最大まで引いてすぐに放つ。
本当に狙っているのかと思う程の速射である。
そして有り得ない速さで飛ぶ矢は、また木人から外れてしまう。
だが、一射目よりかは木人に近付いている。
(ふむふむ、
三射目。
今度は、木人の胴体に見事的中した。
冒険者達からはどよめきが起こっていた。
「おいおいおいおい、三射目でもう木人の胴体に的中しやがったぞ!」
「めっちゃ遠くから矢を射ってるよな!? どん位離れているんだ?」
「……八百ミューラらしいぜ」
「はぁぁあ!?」
通常の弓使いの場合、最大射程と言われている三百ミューラの的目掛けて射る場合、十射中三射的中すれば御の字だと言われている。
リュートの場合は三百ミューラでも軽々と、しかも的確に当てたい場所を射る事が出来る。
この時点で化け物級なのだが、それよりも遠くに設置されている的を、たった三射で的中させてしまったのだ。
「……俺、あいつが超常的存在だって冗談を言っても、信じちまう気がする」
「俺も……」
そして四射目。
これまた木人の胴体に的中。
そこからは一つも外す事なく、全て胴体に命中させた。
冒険者達は口を開くしかなかった。
化け物という言葉で片付けていい存在ではない。
奴は、弓を司る超常的存在なのではないか、と。
若しくは、実は隠れて《ステイタス》持ちで、強力なユニークスキルを持っていて、
勿論、普通の人間だし《ステイタス》は持っていない。
物心付いた時から愚直に弓に関する技術を独学で習得し、肉体を弓特化にして得た結果である。
そこら辺にいる冒険者とは違い、村から追い出される可能性がある環境で自身を奮い立たせて努力して得た技能なのだ。
だからなのだろう、リュートはこの結果に満足出来ずにいた。
(うぅん、胴体を当てるので手一杯だよ。今のオラじゃ、四肢とか頭部とか各関節は狙えなさそうだよ……)
点数としては五十点。
自身に辛口の評価を下す。
しかし第三者から見たら、驚異的でしかない。
八百ミューラというとんでもない距離を、五十射中最初の二射しか外していないのだから。
この光景を見ていたギルドマスターのハーレィは、戦慄いていた。
「……うちのギルドで、とんでもない化け物が生まれてしまった」
ただでさえ、以前から《ステイタス》も無いのに、人外である《超越級》に片足を突っ込んでいるような人物だったのだが、
冒険者ギルドとしても前代未聞過ぎる為、ハーレィとしては今後リュートの扱いをどうするかと、頭を悩ませる結果となる。
今リュートは、いや、《遊戯者》の討伐隊で生き残った《超越級》以外の面々は、冒険者にとっての憧れの的となっていた。
人外である《超越級》を差し置いて活躍をし、ラストアタックも《超越級》じゃないメンバーだったのだ。
その中でも一番注目されているのは、リュートだった。
彼はいち早く討伐隊の中に《遊戯者》の間者がいると見抜き、タツオミと協力して罠を仕掛けたのだ。
イケメンで弓の腕は化け物級、実績も十分だし最近は知恵も働くようになっている。
憧れない訳がない。
そういった事から、冒険者の中ではリュートの発言権は非常に大きくなっていた。
逆にハーレィは全ての冒険者から信用を大きく下げてしまったのだ。
リュートから英雄譚を聞く中で、ハーレィからの無理難題な依頼をされた事が暴露され、たった数時間で全ての冒険者に広まったのだ。
そして全ての冒険者からハーレィは糾弾され、冒険者全員の前で土下座をさせられてしまう事態に発展したのだった。
ギルド側としては冒険者に無理なお願いをする事が出来なくなっており、流れ者の世界風に言うと『冒険者ファースト』に徹しないといけなくなってしまっている。
何かしらギルド側は冒険者に無理難題を言って来たら、即座にリュートの耳に入るようになった。
しかもタチが悪い事に、リュートより格上の《超越級》すら彼を可愛がるようになり、ギルド側を責め立てる際は必ずリュートもセットになって付いてくる。
「もし、あんたらのせいでリュートが別の所へ行ったら、俺達もいなくなるからな」
これが決まり文句である。
「……ああ、胃が痛い」
ハーレィは胃薬を飲む。
しかし、今までは力関係としてはギルドの方が強かったのだが、リュートを含めた討伐隊の面々のおかげで冒険者側も発言権を増し、本当の意味での対等な関係となったのだ。
勿論冒険者の資格を剥奪出来るという意味では、ギルド側の方が権力的に上なのだが、以降無茶な依頼を振らなくなる。
振るとしても、必ず事前確認をするようになったのだ。
ギルド側としては都合が悪いが、冒険者側としては非常に有難い流れだ。
それにリュートのおかげで、保守的だった冒険者達に積極性が生まれた。
まず、《ステイタス》を持っていないリュートが、ここまで素晴らしい実績と実力を示している。
つまり頑張れば彼と同じ実力を身に付けられるのではないか、そう思うようになったのだ。
金が稼げて生活できればそれでいいと、安全圏内で適当に依頼をこなしていた彼等が、リュートの背中を目指して立ち上がったのである。
だが、今回の試射を見て、その背中は遥か遠くである事実を突き付けられてしまった。
しかし案外冒険者達も腑抜けていなかった。
リュートとの実力差を見て、燻ぶっていた心の火がめらめらと燃え上がったのだ。
リュートと親交のある《
最近だと《鮮血の牙》の全員が《ステイタス》を得て、更なる強さを手に入れたという。
そんな彼等と、実力だけでなく実績も離されてしまい、流石に悔しくなった。
リュートが訓練場を去った後、冒険者達は自主的に訓練場で鍛錬に励みだした。
本来は予約しないといけないのだが、リュートの試射を見て、身体が勝手に動いてしまったのだ。
リュートを中心に、良い方向へと冒険者の界隈は変わっていったのだった。
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