第78話 決着
《遊戯者》の身体は膨張し続ける。
そして、斬り付けても斬り付けても、彼の高笑いは止まらない。
「あははははは、いいよ、いいっ!! このギリギリのタイトロープ感!! 間に合うかな、間に合うかな!? それとも一緒に死んじゃうかい!? あはははははは!!」
討伐隊全員は、持てる力を全て振り絞っている。
自身が持っている得物が異様に重く感じるし、腕自体もまるで鋼鉄になってしまったのではないかと思う程、思い通りに動かないし関節が固くなっているように感じる。
全員が汗だくだ。
魔法使いの面々も、一撃が重い魔法ではなく、常に連射が可能な詠唱が短い魔法をひたすら放っているので、もう魔力の底が見え始めている。
魔力が切れてしまうと魔法使いは気絶をしてしまう。
今、魔法使い達は気絶しないギリギリのペース配分で魔法を放っている。
しかし、もう限界は近くなっており、視界がぼやけてきていた。
リュートも弦を持つ指が既にボロボロで、痛みのせいで感覚がなくなってきていた。
矢も打ち切り直前で、鉄の矢がたった四本残っているだけだった。
そして《遊戯者》の生命力を表しているであろう最後の口は、目を凝らさないと見えないレベルまで薄くなってきている。
もう少し、もう少しで《遊戯者》を討伐出来る筈。
討伐隊の面々は、既に尽きたスタミナを更に引き出した。
生きたいという生存本能、それだけが身体を突き動かす。
「残り……二十秒……だよ」
運動が得意でないタツオミが、残り時間を伝える。
もう、時間がない。
「全員、やるぞぉ……っ!」
ショウマが剣を持ち《遊戯者》を斬り付ける。
その斬撃は、とても弱々しい。
しかし、刃は《遊戯者》の身体を確実に切り刻んでいた。
そんなショウマを見て、他の面々も後に続く。
もう声を出す気力すらない。
だが、最後まで足掻いてやる。
スタミナは尽きたが、士気と闘争心はまだ尽きていない。
しかし、一人、また一人とその場に崩れ落ちる。
もう振り絞れるスタミナが無く、倒れて動けなくなってしまったのだ。
リュートを含めた全員が、立てなくなっていた。
「の、こり、十秒……」
タツオミが、振り絞るように声を出す。
「九……」
全員、立ってまだ攻撃をしたい。
「八……」
だが、身体が思うように動かない。
まるで地面に縛り付けられているようだ。
「七……」
もう腕を上げる事すら困難な状態だ。
「六……」
だが、ただ一人。
一人だけ、夢を叶えるという原動力を燃料に、身体を動かしたのだ。
「五……」
リュートだ。
歯を食いしばり、矢を弦に当てて放つ。
見事 《遊戯者》の頭部に命中した。
残り三本。
「四……」
リュートはまだ諦めない。
もう奴の口はうっすらとしか形を成していないのだ。
諦めない。
矢を放つ。
奴の頭部に命中した。
残り二本。
「三……」
矢を弦に当てた、が、矢を地面に落としてしまう。
指の感覚がほとんどない。
血が指先から流れ続けている。
だが、まだやれる。
矢を拾う。
「二……」
「あああああああっ!!」
歯を更に噛みしめ、自身の身体に鞭を打つ。
鉄の矢を放つ。
頭部に命中。
残りの矢は一本だ。
これに全てを賭ける。
「一……」
弓の弦を最大まで引く。
指先から血が噴き出る。
幸運にも、指先の感覚がなくなっていて、痛覚がない。
これが全ての想いを乗せた、最後の一射だ。
矢は、放たれた。
「〇……」
放たれた矢が頭部に深く突き刺さったと同時に、タツオミのスマホのタイマーは、全て〇と表示される。
ここまでか。
討伐隊の全員は目を閉じる。
ある者は愛する人、もしくは片思いをしている者を守るかのように抱き締め盾となる。
ある者は全力を出し切ったが届かず、悔しそうにする。
ある者は祈りを捧げる。
どちらにせよ、決着は付く。
…………。
?
いつまで経っても爆発はしない。
むしろまだ意識がある。
討伐隊全員が、ゆっくりと目を開ける。
そして眼前にいる《遊戯者》を見た。
「あ、あぁぁぁぁぁぁ……っ」
誰かが何とも言えない声を漏らす。
憎き《遊戯者》の口は完全に消滅しており、膨張しきった身体は、足先から黒い塵となって消え始めている。
「勝った、のか?」
「俺達、生きてる、のか?」
きっと勝利に決まっていると誰もが思いたかった。
だが、目の前にいる《遊戯者》は、何度も自分達を騙してきた。
もしかしたら、まだ何か仕掛けてくるかもしれない。
リュートを含めた全員が《遊戯者》を注視する。
「……心配しなくても、いいさ。君達の、勝利、だよ」
《遊戯者》の口は完全に消滅しているが、何処かからか声を出していた。
「……凄いよ、君達。限界を、超えて、僕を、倒したんだから、さ」
《遊戯者》の下半身が塵となって完全に消えた。
腹の辺りから上半身も塵になり始めている。
「ああ、僕は、もしかしたら、死の恐怖を乗り越えて、立ち向かってくる人間の姿が、一番好きだった、のかも、しれないなぁ。眩しいよ、君達」
苦しそうな声色だが、何処か満足げなようにも聞こえる。
《遊戯者》の胴体が消え、残りは頭部だけになった。
やった、勝ったぞ!!
誰もがそう思った。
しかし、勝利の気分を台無しにする言葉を、《遊戯者》は残す。
「残念、だよ。僕が仕掛けた、大掛かりなゲームの結末を、見届けられなくてさ……。ああ、それだけが、心残りだ……」
「大掛かりな、ゲーム?」
ラファエルが聞き返す。
「そうさ、近い未来――いや、もしかしたらまだまだ、先、かもしれない。僕が仕掛けたゲームが、君達に、牙を剥くよ……。ふふふ、人類は、どう対処、するだろうねぇ」
何を仕掛けたのだろう。
気になるのでラファエルは訊ねようとするが、もう頭部の半分以上は塵になってしまっていた。
時間がなかったのだ。
「それじゃぁね、心残りは、ある、けど、概ね……満足だったよ」
そう言い残して《遊戯者》は完全に消滅した。
そして地面に落ちたのは、漆黒の弓だった。
ラストアタックはリュートが行ったので、リュートの武器が現れたようだ。
しかし、誰も素直に喜べなかった。
《遊戯者》が最期に残した言葉。
彼が仕掛けた大掛かりなゲーム、それは一体何を指すのだろうか。
大きな疑問で頭が一杯になり、勝利を喜ぶ余裕は一切なかったのだった。
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