第76話 人類の逆襲


《遊戯者》は世界規模で討伐を望まれた超常的存在であった。

 彼が確認されたのは約二十年前。

 元々人の魔力を伝って干渉できる能力があったのか、お眼鏡に叶った者に自爆魔法を授ける悪魔的な存在として恐れられていた。

 ある冒険者は婚約者を目の前で爆殺され、復讐の為に《遊戯者》のダンジョンを探し出す事に一生を捧げた者もいた。

 とある国の王様は自身の愛娘が爆殺され、《遊戯者》を討伐した者に一生暮らせる権利を保障すると宣言し、腕に覚えのある国民に発破を掛けた。

 それ程までに人類に多大な損害を与え、人類に恨まれていた仇敵に対し、ついに逆襲を行う瞬間が訪れたのである。







「さぁ、ここから僕の指揮に従ってもらうよ。皆で《遊戯者》をぶっ殺そう!」


『応!!』


 タツオミは声を張り上げて宣言し、皆が応えた。

 彼は、自分達の勝利への道筋を、既に頭の中で構築していたのだ。


 時は少し遡る。

 タツオミは小さい頃から視野が広かった。

 物事を客観的に捉え、瞬時に選択肢を頭の中で思い浮かべ、場面場面で適切な行動を取れるようにしているのだ。

 実際、タツオミが得意げに《遊戯者》に対して、敵の弱点をつらつらと述べたのにも理由があった。

 それは、《遊戯者》の性格を見抜いていたからだ。


 確かに《遊戯者》は化かし合いが上手いし、人の神経を逆撫でして冷静さを失わせるのも長けている。

 故に自身の存在を大きく見せ、絶対的頂点に位置しているように見せているのだとタツオミは推測した。更には頭の回転も速いようにも見せているように感じていた。

 その確証を得られたのは、《遊戯者》との直接戦闘での事だった。

 絶対的頂点に位置しているなら、本体が動いて見せしめに誰かを殺し、恐怖を植え付ければいい筈。

 だが、奴はわざわざ分身体を操作して攻撃をしていた。

 それに分身体が激しく攻撃している最中、《遊戯者》の動きは鈍くなった。

 

 ここで確信したのだ。


(《遊戯者》はマルチタスクは実は得意じゃない。それに、想定外の事が起こると上手く対処できない)


 なら、余計に想定外の事を起こさせて、更に動揺させてやろう。

 そう思いついたのだ。


 リュートを手招きで呼び、耳打ちする。


「リュート、確か《爆裂矢》を持ってきてたよね?」


「んだ、念の為三十本、リュックに入っているだよ」


 爆裂矢。

 これは魔道具である。

 魔道具とは、人間が超常的存在の力を借りずに使える無属性魔法の一つである。

 元々は十年前に流れ者によって発見された魔法なのだが、特定の魔方陣を血で書く事で任意の魔法を発動できるのだ。

 無属性魔法だが、魔方陣に魔力を込めるだけで黒魔法や回復魔法、精霊魔法まで使えてしまう、魔法学界隈を大いに震撼させた画期的な技術だった。

 しかし、この魔方陣を作れるのがほんの僅かな人物のみで、《鑑定》スキルを持つ者が魔法の仕組みを詳しく確認し、魔方陣に記すしか方法がない。

 故に魔道具技師はかなり珍しい職業で、貴重な人材なのだ。

 そんな魔道具技師が作った爆裂矢は、音声認識魔道具である。

 特定の言葉を発する事によって、任意に爆発させられるという代物だ。


「リュート、僕が合図を送ったら、爆裂矢を奴の頭に放って、刺さったら即爆発させてほしい」


「わかっただ」


 タツオミはリーナとカシウスの行動を注視する。

 そして、二人が攻撃を始めたタイミングで――


「リュート、今だ!!」


 タツオミはリュートに合図を送る。

 この合図を聞いた瞬間、リュートは爆裂矢を放った。

 今までは普通に避けていた《遊戯者》だったが、矢が放たれた事に気付くのが送れたようで、そのまま矢が奴の頭部に刺さった。


「爆裂矢、十五番。発動」


 リュートは静かに爆発開始の言葉を言う。

 その瞬間、爆裂矢は頭部を包み込む程度の爆発を起こし、《遊戯者》の頭部を吹き飛ばしたのだった。

 

 タツオミの思った通りだった。

 敢えてリーナとカシウスが攻撃し始めたタイミングでリュートに矢を放って貰った事で、《遊戯者》は回避行動をする余裕がなかったのだ。


 後は得意げに《遊戯者》の弱点をつらつらと述べ、カマを掛けてみたりしたら、思った以上にわかりやすく動揺したのだ。

 

(勝ちは、貰うぞ。《遊戯者》)


 ここから《遊戯者》は、地獄を見る事になる。








「ラファエル、ギャロウズ! リーナとカシウスの腕を攻撃して! 決して殺さないでよ!!」


「「わかった!!」」


 タツオミの指示に忠実に従うラファエルとギャロウズ。

 二人は正確にリーナとカシウスの二の腕部分を少し深めに斬り、痛みを与える。


『「「ぎゃっ、ぐっ!!」」』


《遊戯者》本体を含めた三人が、二回苦痛の声を漏らす。

 どうやら痛みは共有しているらしい。

 本体の動きが止まったのを確認したタツオミは、指示を出す。


「リュート、爆裂矢!! 奴の頭部が吹き飛んだら、全員総攻撃!!」


『応!!』


 リュートは爆裂矢を放ち、矢が命中したのを確認した直後に即起爆し《遊戯者》の頭を吹き飛ばす。

 そして《遊戯者》の身体を攻撃するのは《運命の叛逆者》《ジャパニーズ》《竜槍穿りゅうそうせん》《鮮血の牙》のメンバー、そして《伝説の存在》の事実上唯一の生き残りであるカミーユが、自身のありったけの攻撃を叩き込む。

 特にカミーユの表情は鬼気迫るもので、仲間や愛するケインを殺された怒りを今、《遊戯者》に対して叩き込んでいた。


「お前なんか、死んでしまえぇぇぇぇぇっ!! 《ガイアインパクト》ぉぉぉぉっ!!」


 気迫が乗った《ガイアインパクト》は《遊戯者》の身体を両断し、ダンジョンの壁へ叩きつけた。

 全員が攻撃を叩き込んだのを確認すると、タツオミが指示を出す。


「全員一旦攻撃を止め! カルラ、残っている回復薬を全てトリッシュに渡してくれないか?」


「あいよ!!」


「そしてトリッシュ、僕が指示したタイミングで《アイテム効果広域化》を使って回復薬を使用して欲しい」


「えっ、そしたらリーナとカシウスも――成程、そういう事ですね?」


「うん、そういう事だ。という訳で、カルラから回復薬を受け取ったら、早速一本使用して欲しい」


「わかりました!」


 カルラから回復薬を受け取ったトリッシュは、早速 《アイテム効果広域化》を使って回復薬を一本消費する。

 すると、リーナとカシウスの傷はみるみると塞がっていく。

 この意図に気が付いたラファエルは、引き攣った苦笑を浮かべた。


「やべぇ、あの野郎。性格悪すぎだろ」


「本当ですね。敢えてリーナとカシウスを回復させて、死なない程度にダメージを本体にも与えるなんて……。でも、私達もちょうどいい憂さ晴らしが出来ますね」


「だな。……なぁ、トリッシュ」


「どうしました、ラファエル?」


「オレ、無事に生き残ったら、初心に返って真摯に冒険者の仕事をやる事にする」


「……私も、そうしようと思っていました」


「その時は、またパーティ組んでくれるか?」


「ええ、喜んで」



 そして《遊戯者》本体の再生が完全に終わった。


『……お前等さぁ、僕の身体はサンドバックじゃ――』


「よし、復活した!! 《黄金の道》と《栄光の剣》はリーナとカシウスを殺さない程度に痛み付けて!! リュートは僕の合図で爆裂矢を!! 他の皆は爆裂矢の起爆を合図にフルボッコで!!」


『応っ!!』


『ち、ちょっと待――くそっ、分身体のダメージもこっちに来て、対応しきれないよ!!』


《遊戯者》は見るからに必死なのが目に見えており、奴の頭部にある無数の口も悔しそうに歯茎を見せている。

 どうやら《遊戯者》は想定外の行動に対する対応力も低いようで、対策する事もなく自身の頭を既に六回も吹き飛ばされていた。

 リーナとカシウスを適当に痛み付けて、本体の動きが止まった所で総攻撃。

 これをひたすら繰り返しているだけである。

 もはやただの作業ではあるが、討伐隊の面々は今までの仕返しと言わんばかりに攻撃しまくる。

 

 すると、リュートがふと気付いた事がある。

 それをタツオミに伝える事にした。


「タツオミ、何か、《遊戯者》の頭に付いてる口、減ってねぇか?」


「ん? ……そう言えば、減ってるかも」


「元の数さ覚えてねぇけんど、あれ、もしかすると――」


「多分、奴の生命力を表してるのかもしれないね」


 これがもし事実だとするならば。

 リュートとタツオミが、邪悪な笑みを浮かべる。


「《黄金の道》と《栄光の剣》はそのままリーナとカシウスが少しでも動いたら攻撃して!! 残り全員、本体にありったけをぶつけて! 完全に再生を待たず、胴体の形が見えた辺りから遠慮なく全力攻撃で!!」


『おおおおおおおおっ!!』


 討伐隊の面々の士気はぐっと上がる。

《遊戯者》を完封出来ている。

 事実、《遊戯者》の生命力は、残りわずかだった。

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