第75話 大混戦の中の一筋の光


 まさに、大混戦だった。

《遊戯者》の《化けの皮》によってそのまま本人になってしまったリーナとカシウスの相性が、思った以上に良かったからだ。

 リーナが前線に出て攻撃しつつ、カシウスのドレイン系スキルで討伐隊の面々を弱体化してはリーナと息を合わせて攻撃に参加してくる。

 とは言っても、弱体化の時間は約四秒程度なのだが、流石は《遊戯者》、人が嫌がるタイミングをしっかりと把握しているのだ。

 リーナに斬りかかるラファエルに《パワードレイン》を使用して攻撃力を大きく低下させた後、カシウスは自分に加算されたラファエルの攻撃力を使って斬りかかってくるのだ。

 何とか攻撃をいなせてはいるものの、この連携攻撃が非常に厄介だ。

 そして、二人というのが意外にも厄介だった。

 皆で取り囲んで袋叩きにすればいいと思うかもしれないが、取り囲もうとするとリーナの《超・回転斬》をまともに喰らってしまう。

 もし取り囲みに成功したとしても、武器を使った攻撃だと隣の味方を傷付けてしまう可能性がある為、殴打や蹴りで攻撃するしかなくなってしまう。

 恐らく《遊戯者》もそれを把握しているのだろう。

 リーナとカシウスも離れる事なく攻撃してくるので、非常に厄介だ。


《黄金の道》のトリッシュのスキルも裏目に出た。

 彼女が持っている《アイテム効果広域化》は、基本的に回復アイテムは敵に作用しないのだが、何故かリーナとカシウスには適用されてしまうのだ。

 どうやら一度仲間だった人間そのものだと、このスキルは味方だと反応してしまうようだ。

 それに《遊戯者》の《化けの皮》が本人そのものになるスキルの為、味方だと判断してしまっているのだろう。

 仲間が傷付くのを危険と判断し、アイテムを使用した結果、リーナとカシウスまで回復したものだから、戦闘はより混沌と化していく。


 ショウマ、チエ、リョウコもリーナとカシウスを止めるべく攻撃に参加するが、やはり自身の世界の道徳に足を引っ張られており、リーナとカシウスを殺すという行為が出来ずにいた。

 ショウマはカシウスの腰辺りに抱き着き、必死に「やめろ!」と叫んでいる。当然中身は《遊戯者》なので攻撃を止める訳がない。

 チエは荊で拘束する黒魔法 《美しすぎる薔薇の棘ビューティウィップ》をリーナに使用し、リョウコは《念動力》でリーナの動きを止めようとする。だが、肉体が傷付くのを厭わないリーナは荊を傷だらけになっても引きちぎり、《念動力》は強引に怪力でねじ伏せる。

《栄光の剣》の面々は、流石剣技に長けているだけあり、リーナとカシウスの攻撃を剣で捌いていた。

 リーダーのギャロウズは、別にこの二人になんら思い入れが無い為、いっその事殺してしまおうかと考え始めていた。

 ただ周りの連中がどうにかしてこの二人を殺さずに食い止めようとしている為、一応その空気に乗っかって殺さないだけだった。


(ちっ、さっさと殺した方が早いだろ!)


 我慢できなくなったギャロウズは、叫ぶ。


「いいか、こいつらはもうリーナとカシウスじゃない! 二人の皮を文字通り被った《遊戯者》だぜ! 何を言っても無駄だ。殺すしかない!」


「しかし――」


《運命の叛逆者》の副リーダーであるレントが反論しようとするが、ギャロウズに遮られる。


「見ろ、そこで皮を剥がれて死に体な奴が本物のカシウスだ!! 今薄ら笑みを浮かべて攻撃してくる二人は《遊戯者》そのものだ!! なら、もうやるしかないだろう!!」


「……くそっ!」


 もうやるしかない、そう誰もが思ったその時だった。


「あっ、ラファエルさん! 最後のエクスポーションを使わせてください!!」


「は? 何でだ!?」


「後で私が弁償しますので、すみません!」


 トリッシュがラファエルに謝罪をして、エクスポーションを使用する。

 使用したのは、皮を剝がされて今にも死んでしまいそうなカシウスだった。

 エクスポーションは欠損すら直す程の治療薬。

 ならば、剝がされた外皮も再生するのではないか?

 正直、何の確証もない一か八かの行動。

 トリッシュはそれに掛けた。


 結果は、トリッシュの勝利だった。


「はぁ、はぁ、はぁ……。礼を言うよ、トリッシュ」


「はぁぁぁぁ、よかったです。でも休んでいる暇はありません! あの二人を止めないと!!」


「……私自身が目の前にいるという何とも奇妙な光景だが、文句も言っていられんな。ラファエル、私のスキルは自由に使っていいな?」


「ああ、敵に対してなら存分に使え!!」


「了解した。攻撃に参加する!!」


 こうして、《遊戯者》が操るリーナとカシウス対討伐隊という大混戦は、更なる混戦を生む。

 流石は腐っても《超越級》。

 たった二人しかいないリーナとカシウスは、お互いの能力をフルに活かして上手く立ち回っている。

 が、本物のカシウスが討伐隊に加わった事により、《遊戯者》側の旗色が悪くなる。


「うわわ、これはちょっと不味いっすねぇ」


「だな、私側も本人がいるせいで、結構厳しいぞ」


 カシウスは《スピードドレイン》を使って、リーナの《超・回転斬》を補助する。すると討伐隊の面々は素早さを奪われて思うように避けられず、《超・回転斬》の真空刃によって皮膚を切り刻まれてしまう。

 辛うじて直撃を避けている討伐隊メンバー達だったが、出血が酷く疲労が溜まっていく。

 トリッシュも回復薬を全員に使いたいが、そうすると《遊戯者》側のリーナとカシウスも回復してしまう。事実上の回復手段を封じられた形になる。

 いや、《竜槍穿りゅうそうせん》には回復魔法を使えるニーナがいるのだが、《超・回転斬》があまりにも厄介で、回復魔法を詠唱する暇が全く無い。

《鮮血の牙》のカルラも回復薬を使用して上手くサポートするが、スキルを持っていない彼女が一人に対してしか回復が出来ない為、回復が追い付いていない現状だ。

 悪戦苦闘している中、リーナとカシウスがぼそっと呟く。


「「あっ、やばいっす」」


 一瞬二人が本体側を向く。

 その直後、強烈な爆発音が《遊戯者》本体の方から聞こえる。

 討伐隊の面々は何かと思い、音の発生源に視線を向けると、頭が文字通り吹き飛んでいる《遊戯者》が立っていた。


「マジか、殺ったのか!?」


 ラファエルの言葉には喜びの色が見える。

 が、残念ながら吹き飛んだ《遊戯者》の頭は徐々に再生を開始する。


「ちっ!! あの程度じゃ死なねぇか! 仕方ねぇ、引き続きリーナとカシウスを……って、あれ?」


 ラファエルが再びリーナとカシウスに向き合うと、不思議な事に二人はまるで石化したように固まって動かないでいた。


「おいおいおいおい、どういうこった!!」


 ラファエルは、目の前で起きている事を上手く飲み込めないでいる。

 そこに得意げに笑うタツオミが発言する。


「《遊戯者》、確かにお前は僕より化かし合いは上手いだろう。でも、分析においてはこちらが上だったようだねぇ」


 頭を絶賛再生中である《遊戯者》。

 この状態で聞こえているかどうかは不明だが、タツオミはそのまま《遊戯者》に向けて言葉を続ける。


「お前、相手に精神的ダメージを負わせる事ばかりに注力し過ぎたせいで、致命的なミスを犯したな。お前は《化けの皮》を使って誰かを操っている間、本体であるお前自身の身体能力は大分落ちるみたいだな」


 討伐隊の中で唯一冷静だったのは、タツオミだった。

 戦場の全体を冷静に見ており、その時に違和感があった。


「何かおかしいなと思っていたんだ。リュートの矢を最初は軽々と避けていたのに、リーナが暴れだしてから何故か回避行動の動作が遅かったんだ」


 最初は《遊戯者》の余裕の表れで、敢えてゆっくりした動作で回避をしているのかも、と思った。

 だが、リーナが討伐隊に動きを抑えられた瞬間、眼が優れているリュートすら視認できない程の速さで、カシウスを瀕死に追い込んで《化けの皮》を使用した。

 更に本体が頭部を吹き飛ばされる直前、リーナとカシウスはこのように言葉を漏らした。


「「あっ、やばいっす」」


 二人共同時に、リーナの口調で同じ事を呟いたのだ。

 この事から分身体の正体は、独立した考えを持たず、操り人形の糸程度の存在だったという事になる。

 結局は《化けの皮》の被害者であるこの二人は、本体が操っていた事になるのだ。


「つまりだ、お前は余裕そうに立っているように見せていたが、実のところは分身体を操作していると、本体の動作へリソースが割けないが為に本体の動作がとても鈍ってしまうんだ。まぁ一言で片付けると、だ」


 タツオミは人差し指の先端で自身のこめかみをぐりぐりと押し付ける。


「賢い自分を演出しているが、マルチタスクが出来ない残念なオツムを必死に隠しているだけの阿呆なサイコパス野郎って事さ」


 完全に《遊戯者》を馬鹿にしているタツオミ。

 当の本人に言葉が届いているか疑問であったが、その心配は解消された。

 頭部が完全に再生した《遊戯者》の無数の口は、悔しそうに歯茎を見せていた。


『……きみぃ、ちょっと調子乗りすぎじゃないかい?』


「はっ! 自分の能力を過信し過ぎていて、自分の能力では処理できないような事をしようとして、追い詰められている間抜けさを露呈しているから、僕達に舐められているんだろう?」


『でもさぁ、僕が分身体を戻せば――』


「お前のスキル、途中でやめる事出来ないだろう」


『っ!!』


《遊戯者》の無数の口が、驚いたかのように半開きになる。


「よかった、当てずっぽうでカマを掛けたら見事に引っ掛かってくれたね。そうかそうか、《化けの皮》は途中で解除出来ないか。いい情報をありがとう」


『ぐっ……!!』


 これが、リュートとタツオミがダンジョンアタック序盤から見出していた、《遊戯者》最大の弱点。

 それは、超常的存在にはない人間らしい感情だった。

 苛立ちや焦りを与える事により、精神的ガードを弱らせる。

 そうする事により、先程のタツオミがしたようにカマを掛けてみたら見事に引っ掛かってしまい、新たな弱点を相手に知られてしまったのだ。

 そして、化かし合いに関しては負けてしまったが、頭脳のスペックは自分の方が上だと確信したタツオミは、ここで更に追撃をする。


「ショウマ、ウォー!! リーナと敵側のカシウスの足を斬りつけてみてくれ!」


「「わかった!!」」


 未だに動きが止まったままの二人の太腿を剣で深めに斬り付ける。

 するとどうだろう。


『「「ぐっ!」」』


《遊戯者》とリーナとカシウスが同時で痛みを訴えたではないか。


「成程成程、分身体のダメージは本体にも届くと。ふぅぅん、成程ねぇ。ラファエル、戦場の指揮を僕に譲渡してもらえないか?」


「……」


「まだ、プライドが邪魔をしているのかい? 死にたいのならばそれは大変結構な事だけど、生きたいだろう?」


「……わかった。オレ達 《超越級》も指示に従う。だから頼む、オレ達を勝利に導いてくれ」


「ああ、任されたよ」


 ラファエルも、流石に死にたくない。

 ならば、ここはプライドを捨てて生存の可能性が高い方に掛ける方が利口だと思ったのだ。

 タツオミは満足そうに頷く。


「さて、今から対 《遊戯者》完全攻略戦を開始する! 思う所はあると思うけど、今は僕の指示に従って欲しい!! 行くよ、皆!!」


『応!!』


 ここから、討伐隊の――いや、《遊戯者》にコケにされ続けていた人間達の逆襲が始まる。


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