第72話 田舎者弓使い、《邪悪なる遊戯者》と会う


 討伐隊一行は階段を降りていく。

 最終階層である第十階層に続く扉に近づけば近づく程、段々と壁の作りが豪華になっていく。

 いや、豪華と言うより、黄金で作られていて眩しくて、豪華を一周回って悪趣味とまで思えてしまう。

 

 階段を降りながら、ラファエルが口を開く。


「おい、奴と接敵したら、オレ達が戦闘を指揮していいんだよな?」


 どうやらラファエルはハリーに対して発言しているようだ。


「……ああ、それで構わない。随分と体力を温存できただろう?」


 そこにハリーは皮肉を込めて言葉を返す。

 ラファエルの顔が憎悪で歪む。


「ああ、てめぇらの働きによって楽させてもらったぜ」


「ならよかった。では《遊戯者》との戦闘、期待しておく」


「……ちっ」


 既に実力の差を見せつけられているので、ラファエルも強く返せない。

 辛うじて皮肉を込める程度だ。

 内心今にも殺してやりたい気分だったが、《遊戯者》との戦闘で使える駒になる彼等を消費する程馬鹿じゃない。

 ラファエルは怒りを一旦抑え付けて、《超越級》の面々に呼びかける。


「お前ら、今まで力を温存してきたんだ。あの糞ったれに全力をぶつけるぞ! ラストアタックは恨みっこ無しだ」


『応!』


 ラストアタック。

 どういう原理か不明だが、ダンジョン最奥にいる超常的存在にとどめの一撃を見舞った者に、強力な武器が貰える現象が発生する。

 これをラストアタックと言う。

 これらの武器は人間が製作できる武器の性能を遥かに凌駕している事から《英雄エピック武器》と呼ばれている。

 たまに防具も出るが、それも《英雄エピック武器》と同様にとんでもない性能をしていた。

 ラストアタックで貰える武具の性能は、倒した超常的存在の強さに比例しており、今回の《遊戯者》の場合、十階層まで作る存在は滅多にいない事から相当な高性能武具を得られるだろうと予想できる。


 ラファエルからラストアタックの事を聞いた《超越級》の面々は、目の色を変える。

 先程まで落ち込んでいた者達も、相当なやる気を見せていた。


「さぁ、行くぞ!!」


『応!!』


 階段を降り終わり、扉に到着すると、ラファエルは意気込んで扉を開ける。

 眼前に広がるのは、金一色のとてつもなく広い部屋だった。

 床も天井の壁も、全てが金で埋め尽くされていた。

 部屋の奥には黄金の玉座があり、そこには誰かが足を組んで偉そうに座っていた。


 全身黒タイツのような様相だが、顔面が無数の口に覆われており、一言で言えば非常に気色悪い姿だ。

 しかし彼の身体からは邪悪とも言える紫のオーラが漏れており、離れた場所にいる討伐隊の面々にも届く程の威圧感を放っていた。

 彼こそが《邪悪なる遊戯者 デ・ル=フィング》であった。


『ようこそ、我がダンジョン最奥へ!! 心から歓迎するよ。さて、自己紹介をしなきゃね。僕が君達に《邪悪なる遊戯者》なんて悪口を言われている、《デ・ル=フィング》だよ。長いから《フィング》でも《遊戯者》でも、好きな方で呼ぶといいよ』


 頭部に付いている無数の口が一斉に喋りだし、様々な声色が混ざって同じ台詞を言っている。

 聞いているだけで頭がおかしくなりそうだ。


『さて諸君、僕を倒しに来たんだろう? 本当、君達は優秀なプレイヤーだよ!!』


「ぷれいやぁ?」


 リュートが首を傾げて、聞き慣れない言葉に疑問を持つ。

 するとショウマが教えてくれた。


「プレイヤーっていうのは、まぁざっくり言うとゲームの参加者、みたいなもんだ」


「ありがとう、ショウマ。つまり、ショウマ達の世界の言葉っちゅう訳か」


「……ああ」


 この世界にはプレイヤーという単語は存在していない。

《遊戯者》が流れ者だというのはほぼ確定だったが、そこから確信に変わる。


『僕としては、《超越級》がもっと活躍すると思っていたんだけど、いやはやどうして《超越級》じゃない奴等が活躍してたじゃない? 《超越級》の皆さん、もうちょっと頑張らないとダメよ? じゃないと、あの無能なキンバリーちゃんみたいに死んじゃうよ? あははははははははは!!』


《遊戯者》は《超越級》の面々を煽る。

 当然自身のパーティの仲間が殺された事に憤りを感じていたラファエルは、抑えていた怒りをついに爆発させる。


「うるせぇぇぇぇっ!! あいつは無能じゃねぇ、出来る女だった!! てめぇがあいつを貶す資格は持っちゃいねぇんだよ!!」


 ラファエルは剣を構えて戦闘態勢に入る。

 それに合わせて討伐隊全員が戦闘態勢に入った。


『おお、やる気十分だねぇ。でもさぁ、本当誤算だったよ。《超越級》以外の君達が随分と出来る人間だったみたいでさぁ、思い通りに行かなくて――』


 すると《遊戯者》から放たれる威圧が、より一層重みを増す。

 立っているのもやっとの状態だ。


『君達を八つ裂きにして殺したい位、腸が煮えくり返ってるんだよねぇ』


 威圧の後に遅れて、非常に濃厚な殺気が放たれた。

 殺気に当てられた討伐隊の面々は、息苦しさで膝を付けてしまう。


「うっ……」


「ぉぇ……」


 立つのが厳しい。

 この状態で攻撃されたら、死ぬのは必至だ。

 だが、奴は攻撃をしてこない。

 自分達のこの無様な姿を見て楽しいのか、無数の口が三日月のように歪む。


『さぁ、死んで――ぷへ?』


《遊戯者》が何かを言っていたその時である。

 奴の頭に突然木の矢が刺さる。

 矢が刺さった瞬間、濃密な殺気が無くなり、討伐隊の面々は息苦しさから解放される。


『いったいなぁ……。この矢、誰が放ったのさ』


 矢を放ったのは、リュートであった。

 あのとんでもない殺気の中、唯一平然としていたのである。

 更に存在感を極限まで小さくし、《遊戯者》に気付かれる事なく弓を射る事が出来たのだった。


『君さぁ、何で立っていられるの?』


「……別にあの程度・・・・、村にいた頃からしょっちゅう感じてただよ。だから、今更だべ」


 自分の殺気をあの程度と言われてしまう。

《遊戯者》は内心、キレかかっていた。

 思えば、この弓使いがいたせいで物事が上手くいかなかったように感じる。

 目立った活躍はしていないものの、仲間が襲われないように上手く立ち回っていたし、索敵能力も抜群に優れていた。


『……リュート君、君を真っ先に排除しておくべきだったと、今思うよ』


「それは光栄だべ。えっと、『後悔後先立たず』だっけか? 今のおめぇにはぴったりな言葉だべよ」


『へぇ、君は僕を苛立たせる趣味があるようだねぇ』


「そんな趣味は持ち合わせてねぇだ。だけんど……」


 リュートが真っ赤に燃える炎のような赤い瞳を、《遊戯者》に真っすぐ向ける。


「オラもおめぇには色々と鬱憤が溜まってるだよ。わりぃけんど、的になってもらうだ」


 村を出て暫くした時、ザナラーンでの出来事だ。

 救出した自暴自棄な村娘が、《遊戯者》にそそのかされて《はた迷惑な自爆者ダイナミック・ボム》を使用した。

 リュートにとって、自分から命を散らせる行為は許せないのだ。

 そして自爆に誘導した存在も許せないでいた。


『……君、面白いね』


「別におめぇなんかに褒められても、これっぽっちも嬉しくねぇ。さっさとおめぇを仕留めて、家さ帰るだよ」


 リュートは自慢の早撃ちで木の矢を速射するが、今度は《遊戯者》に余裕をもって避けられてしまう。


『まぁいいや、悪いけど、早速死んでもらうよ♪』


 無数の口がにたりと醜い笑みを浮かべた。

 何かをしてくるつもりか?

 討伐隊の面々に緊張感が走る。

 だが、一向に何も起きなかった。

 当の《遊戯者》も、呆気に取られているようだった。

 そしてどさりと、誰かが倒れた音が聞こえた。

 全員が音の発生源に視線を移すと、矢を放ったリュートと、彼に額を射貫かれた討伐隊のメンバーが一人。

 音の発生源は、リュートに射殺された冒険者だった。


「バァァァァァァァァァァァァツ!?」


 リュートは、バーツを射殺したのだった。

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