第71話 皮肉な程に快適なダンジョンアタック


 キンバリーの凄惨な死により、《超越級》のメンバーの士気は底辺に近かった。

 唯一まだ元気だったラファエルも、第三階層での休憩時に喰らってしまったハリーからの攻撃により、心がへし折られかけていた。

 今、《超越級》の面々は、《超越級》以外のメンバーの優秀さを皮肉にも実力差をこれでもかという程見せつけられており、《超越級》全員が心を折られかけていた。

 何とか完全に折れずにいられるのは、やはり肥大したプライドだった。

 

 実力の差を現在進行形で見せつけている《超越級》以外のメンバーは、非常に効率的に階層を踏破していく。

 階層の始めに毎回聞こえる《遊戯者》の声も、踏破する毎に苛立ちを隠しきれないでいる。

 下の階層に行く毎に、敵の強さも変わってきていた。

 第六階層では、何とオークキングが雑魚として群れており、恐らく難易度を調整したのだろう。

 しかし、ハリーの柔軟な指揮、強力な範囲魔法、リュートとの合同訓練によって戦闘技術が増した面々にとっては、大した問題ではなかった。


(……やはり、技術を磨いて土台をしっかり固めると、《ステイタス》も応えて効果が非常に乗っかってくる)


 ハリーはリュートと出会った事により、そのように考えるようになった。

 冒険者の中では、《ステイタス》で一番大事なのは位階レベルであり、それさえ高ければ生存率はぐっと高まるというのが常識だった。

 しかし、一番大事なのは土台――つまり、元の肉体面や技術面だった。

 ほぼ忘れられているが、《ステイタス》はあくまで元の肉体の性能を倍・・・・・・・・・にしてくれる永続強化魔法だ。

 当然元の肉体の性能が低かったら、その分 《ステイタス》の効果も薄まってしまうのだ。

竜槍穿りゅうそうせん》、流れ者である《ジャパニーズ》等の《ステイタス》を持っている彼等は、リュートと出会った事によって数段強くなった。

 これはまさに技術面が強化されて、より《ステイタス》の恩恵が強くなったという証だろう。


(ふっ、リュートとの出会いには、感謝しかない)


 ハリーは敵を斬り伏せながら、リュートに感謝する。

 数段に強くなった彼等は、スタミナを消費せずに効率的に敵を殺していく。

 強力な範囲魔法のおかげで、敵も弱っており非常に処理しやすい。

 しかも敵を倒す毎に、力が沸き上がってくるのを感じる。

 そう、倒しながら位階レベルが上がっているのだった。

 これなら心が折れかけている《超越級》は不要かもしれない、そんな感想が《超越級》以外のメンバーによぎる。


 順調に階層を攻略していき、ついに第九階層に到着した。

 今までの階層全て、制限時間に余裕がある程の速さで踏破していったのだ。

 しかし誰もスタミナ切れを起こしていない。

 この調子なら《遊戯者》がいる第十階層まで、余裕でスタミナを温存できるだろう。

 当の《遊戯者ほんにん》も、非常に不愉快そうで何よりだ。


『……はい、ここをクリアしたら僕がいる第十階層に到着するよ。何なの、君達? 魚の糞みたいにくっついてきている《超越級》より遥かに優秀過ぎない? どういう事なの? 新手の詐欺?』


 キンバリーが死んだ時の満足そうな彼は、もういない。

 敵を強くしたり、敵に《はた迷惑な自爆者ダイナミック・ボム》を仕掛けてこちらを妨害してきたが、悉く打ち破ってきたのだ。

 頑張って妨害してきた《遊戯者》にとって、非常に面白くない状況だろう。


『まぁ最後はとっておきの階層にしてあるから、挑んでみてよ。第九階層は、何と宝箱のみの部屋でーす!! 宝箱には、第十階層に繋がる鍵があります。しか~~~し!! 本物の宝箱は一個のみ!! 他の宝箱は偽物なんです!!』


 また面倒な仕掛けを作ってきたものだと、討伐隊の面々は思った。


『制限時間は十分のみ!! さぁ、開始するよぉ!!』


 たったの十分で本物の宝箱を探り当てないといけない。

 今までと趣旨が違う内容に、舌打ちを隠せない。

 タツオミはスマホを操作してタイマーをセットしスタートさせる。

 が、そのスマホをバーツに渡す。


「すまない、バーツ。今回は僕も宝箱探しに参加する。君が僕達に残り時間を教えてほしい」


「え、何であっしが……」


「この中で非戦闘員は君だけだ。だから君に託す。盗んだりしたら……命は無いと思えよ」


「……ちっ、わかりやしたよ」


 今回も《超越級》の面々には参加させない。

 余計な事をされて、無駄に死者を出したくないからだ。

 

 討伐隊全員は細い通路を走っていく。

 すると、開けた場所に出た。

 五十人位が入れそうな大部屋の中心に、ちょこんと豪勢な宝箱が一つ。


「見るからに怪しい……」


 ショウマがぼそりと一言。

 全くその通りで怪しい。


「なら、試してみんべ」


 リュートは木の矢を取り出し、そして射る。

 標的は宝箱だ。

 全員が驚く中、矢は宝箱に的中した。

 すると、宝箱は膨張し爆発四散。

 爆発の範囲は狭いものの、近付いて開けたら間違いなく死に至る程の威力であった。


「うっわぁ……」


 リュートの隣にぴったりとくっ付いていたエリーが言葉を漏らす。

 外れの宝箱は、間違いなくこちらの戦力を削るものだ。

 これはえげつない。


「エリー、《エコーロケート》を使ってくれ」


 ハリーが何か思いついたのか、エリーに対して指示を出す。


「いいけど、何で?」


「……気にしすぎかもしれんが、もしかしたら隠し宝箱があるかも――と思ってな」


「……ああ、やりかねないかも。了解!」


 エリーは石を投げて《エコーロケート》を発動した。

 が、反応は一切ない。


「うん、何もないよ!」


「了解、時間がないから先に進むぞ」


 エリーの《エコーロケート》を駆使して宝箱を発見しては衝撃を与え、本物の宝箱かどうかを探っていく討伐隊。

 だが、今の所外れしかなかった。

 時間は刻一刻と過ぎていく。


 そして、これまた大部屋に出たのだが、そこで目の当たりにしたのは五十近くはあるであろう宝箱の群れだった。


「宝箱多すぎ問題!!」


 ショウマが叫ぶ。

 今まで通り矢を射って偽物判定を行おうとしたリュートだが、タツオミに止められる。


「どした、タツオミ?」


「こんなに宝箱が密集している所で爆発なんてさせてみろ、本物の宝箱も吹っ飛ぶ可能性があるよ」


「っ!」


 何と意地汚い仕掛けなのだろう。

 タツオミが言う通り、この宝箱に本物があったとしたら、偽物の宝箱の爆発によって消滅する可能性がある。

 となると、踏破失敗で死亡は確定する。


「バーツ、残り時間は?」


「えっと、残り三分でさぁ!!」


「……三分か。どうしたものか」


 討伐隊の面々に、流石に緊張が走る。

 そして、タツオミが閃く。


「エリー、《エコーロケート》を頼むよ」


「えっ、いいけど」


 そしてエリーは石を適当な壁にぶつけて《エコーロケート》を発動させた。

 しばらくすると、彼女ははっと驚くように顔を上げた。


「そういう事ね、タツオミ!!」


 エリーはとある宝箱の元へ走る。

 そして躊躇なく中身を開ける。


「やった、鍵ゲット!!」


 これがタツオミの狙いだ。

 音を反射させてマッピングできる《エコーロケート》によって、宝箱の中身を判別できないか試したのだ。

 その結果、一つだけ音の反射が異なる宝箱を発見。

 宝箱の蓋の隙間から侵入した音が映し出してくれたのは、鍵の形をした中身。

 エリーは無事、本物の宝箱を見つける事に成功したのだ。


「やったよリュート! 褒めて?」


「ん? ほんにすげぇだよ、エリー」


「……えへへ」


 完全に恋する乙女と化しているエリーは顔をだらしなく蕩けさせている。


「っと、そんな暇はない。全員全速力で走れ!!」


 ハリーは気を引き締めて指示を出す。

 それに従い全員が全力疾走を開始する。


「残り一分切りましたぜ!」


 バーツが叫ぶ。

 すると、目の前に鍵がついた頑丈な扉が現れる。

 エリーは更に走る速度を上げ、素早く扉の前に辿り着いて鍵を差し込む。

 ひねってみると、ガチャリと扉が音を立てた。


「鍵、開いたよ!!」


 エリーは勢いよく扉を開け、飛び入るように先に進む。

 他のメンバーも彼女の後に続く。

 無事全員が扉を通り終わると、また奴の声が聞こえた。


『えぇえぇ、そんなクリア方法、ありかい? ……もう君達が《超越級》って言われてもおかしくない気がするよ』


「……普通に《超越級》って言葉を使い慣れているように言っているけど、何で超常的存在であるお前が当たり前に使えているんだ?」


 ハリーが《遊戯者》に対して疑問を投げかけた。

 その通りだ。

 この《現界》に干渉できない《魔界》の住人である《遊戯者》は、さも当然のように《超越級》という言葉を使っている。

 つまり、《遊戯者》は人間社会に何かしらの方法で溶け込んでおり、ある程度の人間の、もっと言うなら冒険者の常識を身に付けている。

 ハリーが質問した事により、リュートとタツオミ以外の面々も気付き始める。

 まだ正体はわからないが、漠然とある違和感に。


 そして当然のように《遊戯者》は質問に答えない。

 いや――


『とりあえず、ここまで辿り着いたんだ。早く僕に会いに来てよ!』


 どうやらこちらの声は奴には届いていないようだ。

 つまり一方通行で話し掛けていた事になる。

 この事実で、ハリーは勘付いた。


(……何で第一階層で、キンバリーの名前を知っていた?)


 もしこちらの声が《遊戯者》に届いていないとしたら、何故彼はキンバリーの名前を知っていたのだろうか?

 第一階層でキンバリーの両脚が無くなった時の《遊戯者》の言葉。


『あははははははは、そうそう! 僕はそういう顔が見たかったんだ!! 自分が死ぬかもしれないっていう時の絶望した顔!! キンバリーちゃん・・・・・・・・だっけ? いいよ君、すっごい良い表情してたよ、最高だった♪ まぁ不満点としては、そのまま死んでくれたら花丸あげちゃえたんだけどね……』


(……もしかしたら実はこちらの会話は聞こえている可能性がある。が、もし聞こえていなかったら……?)


 内通者が、いる?

 ハリーは真実に辿り着いた。

 だが、まだ仮説に過ぎない。

 だったら試してみるしかない。


『さぁ、ゆっくりと階段を降りてきなよ。僕はその先で待っているからさ! 楽しいラストバトルをしようよ!!』


「うおぉぉおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 ハリーは突如叫ぶ。

《遊戯者》の言葉を遮るように。

 もしこちらの声が聞こえているのなら、《遊戯者》の性格上言葉を遮られた事によって不快感を示す筈だ。

 それがハリーの狙いだ。

 そして――


『それじゃ、待ってるねぇ♪』


 返ってきた言葉はこれである。

 確定した、こちらの声は奴には聞こえていない。

 ハリーはばっと振り返り、討伐隊の面々を見る。


(この中に、内通者が、いるっ!)


 内通者がいなかったら、キンバリーの名を知る筈がない。

 一体いつから紛れ込んでいた?

 メンバーの中に憑依する魔物を仕込んだとか?

 様々な考えがハリーの頭で思い浮かび、一滴の冷や汗が流れ落ちた。

 そんな彼の様子を見て、リュートとタツオミは感じ取った。


(ハリーが気付いた!)


 少し不味いかもしれない。

 ハリーの様子を見て、間者が勘付かれた事を察知してしまうかもしれない。

 リュートが行動に出る。


「さぁハリー、先に行くべよ」


「いや、それどころじゃ――」


「もう敵は目と鼻の先だべ。行くだよ!」


「お、おぅ」


 リュートはハリーの肩を組んで、強引に先に行く事を促した。

 ハリーも渋々ながら先に行く指示を出す。


「バーツ、時間を伝えてくれてありがとう。それを返してくれないかな?」


「あっ、へい」


 バーツはスマホをタツオミに返した。

 返ってきたスマホの画面は真っ暗だった。


「助かったよ、バーツ」


「いえ、これしきの事」


 タツオミはスマホを受け取り、仲間と合流する。

 その際、リュートに呟く。


「……さぁ、最終局面だ」


「……んだ」


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