第70話 険悪な雰囲気のまま……
キンバリーの突然の死に、討伐隊一同は立ち尽くすしかなかった。
本当に突然の出来事で、悲しみや怒りよりも目の前の事実を上手く受け止められていない、と言った方が正しいだろう。
そんな中でも《邪悪なる遊戯者》の笑い声は響く。
『ああ、キンバリーちゃん、無事死んじゃったね♪ 第一階層で醜態を晒して第三階層で無事汚名を返上出来たかと思いきや!! 何のリアクションもせず無残に死んじゃったねぇ!! 控えめに言って、超!! 最っっっっ高な、間抜けな死に方でした♡』
不愉快な声の持ち主は、生き残った一同を煽る。
次第に現実を受け止め始めた一同は、彼に対して殺意を帯びた怒りを抱き始める。
が、そんなのもお構いなしに《邪悪なる遊戯者》は煽り続ける。
『とりあえず、キンバリーちゃんが死んじゃって気持ち沈んじゃったと思うから、特別ルールを追加するよ! 各階層で一人死ぬ毎に休憩時間を一時間追加しちゃいます、わぁ、僕って優しい♡ 今回はキンバリーちゃんのおかげで、皆一時間休めちゃいます♪ まだまだダンジョンは前半だから、しっかりと身体を休めて、僕の所に来てね!!』
そして「あっ、そうだ」と言って更に話す。
『この休憩時間も第三階層攻略中って事にしておいてあげるよ! だから、もう一時間休みたかったら、誰か殺していいからね♪』
この一言が、ラファエルの逆鱗に触れた。
「てめぇぇぇぇぇぇっ!! ぜってぇぶっ殺してやる!!」
『あれれ、怒っちゃった? 結構優しいボーナスだと思ったんだけどなぁ』
「ぼーなすが何か知らねぇが、てめぇはぜってぇ俺が殺す!!」
『はーい、楽しみに待ってるねぇ!! まっ、生き残れたらいいね? あははははははは』
最後に「今から一時間、休憩スタート」という言葉を残し、ラファエルの怒号にも何も反応を示さなくなる。
タツオミは無言のままスマホを操作し、一時間のタイマーを起動する。
誰も、何も話さなかった。
いや、正確には話す気力がなかった。
これでわかったのは、《邪悪なる遊戯者》はやろうと思えばいつでも討伐隊を屠る事が出来る程の力を持っている、という事だ。
そして、討伐隊の面々の反応を見て楽しんでいるのだと。
「これが、超常的存在の理不尽さ、か」
ハリーがぽつりと呟く。
だが、その言葉に反論を抱く者がいた。
タツオミとリュートだ。
この場では、この二人だけが冷静だったのだ。
自然と二人は距離を縮め、超至近距離でないと聞こえない程の小声で会話を始める。
「僕の所に来たって事は、リュートも同じ考えかな?」
「んだ。《邪悪なる遊戯者》はまちげぇなく流れ者だべ」
「その通りだよ。僕の世界の言葉で言う所のサイコパス――まぁ暴力的趣向を持った精神病質者って意味なんだけど、奴にはそれが当てはまる」
ハリーは超常的存在が持つ理不尽さだと嘆いたが、二人が感じた反論は「あまりにも人間臭すぎる」という所だった。
タツオミとリュートは、超常的存在を知識として蓄えており、彼等の理不尽さは人間の想定を遥かに超えるものだった。
そもそも超常的存在に感情の起伏などが存在しないと言われている。
例えば魔法使いは、超常的存在の悪口を言った場合呪われるというデメリットを抱えているのだが、どうやら超常的存在はその時「悪口言われたような気がするから呪いかけておくか」という思考のようで、そこに怒りは一切ないそうだ。
現状人間が把握している超常的存在とは、何となくやその場面で思った事をそのまま行動に移すという、相当気まぐれな性格をしているのだ。
しかし、《邪悪なる遊戯者》はどうだ?
彼は笑い愉悦に浸ったり、自身の想定と違った場合は不快感を露にしたりと、感情を表に出して非常に人間臭いのだ。
ただ、性格がタツオミが言う所のサイコパスなだけであり、超常的存在の皮を被った人間というのが、二人の結論だった。
という事は、だ。
「人間の感情を持っている奴は、その時の感情次第で戦闘能力は上下する、という事だね」
「んだな。ならば、オラ達がやる事は一つ、だべな」
「うん。可能な限り奴の想定外の事をしまくって、不快感を募らせる。それが一番生存確率を上げる攻略方法だと僕も思う」
「怒りに身を任せて大振りになったとこで、隙を突いて攻撃をする、ちゅうことだべな?」
「その通り。やっぱりリュートは頭の回転が速いね」
タツオミは、リュートは元から地頭はいいという事に気付いていた。
そこに今までなかった知識が吸収され、柔軟な発想が出来るようになっていたのだ。
タツオミは幼少から英才教育を受けており、頭の回転もかなり速い事から頭脳担当であったが、リュートは彼と肩を並べられる程賢い。
リュートも何となくそれを感じ取っており、自分が思いついた事や気付いた事は真っ先にタツオミに相談をしていた。
更にこの二人は、徐々に気が付いていた。
自分達の中にスパイがいる事を。
「後はオラ達の中に混じってる間者をどうするか、だなぁ」
「だねぇ。一応誰が間者かは何となくわかってきたからさ、まぁ僕が適当に罠仕掛けてみるから、リュートは合わせてよ」
「わかっただ。この事はどうするだ? ハリーには伝えた方がよくねぇか?」
「……そうだね、今皆に伝えると何処で間者に情報が洩れるかわからない。ハリーだけには伝えておこう」
タツオミはハリーを呼び、三人で先程の内容を伝える。
ただし、間者がいる事実は伏せてある。
ハリーには、タツオミとリュートと違い、すぐに顔に感情が乗ってしまう。
そうなると間者に勘付かれている事実が露呈してしまう恐れがあるからだ。
「……わかった、作戦の立案は二人に任せる。もし作戦が固まったら随時俺に伝えてくれ」
「勿論だよ、ハリー」
「言い方は悪いが、キンバリーの死で《超越級》の奴等は相当堪えているようだ。今なら俺達の提案は通りやすいだろう」
「本当に言い方が悪いね。でも、無駄に衝突するよりかは大人しくしてくれていた方が、今の僕達にはありがたいね」
「そうだな。とりあえず俺はラファエルに指揮権を暫く譲ってもらうように交渉してくる」
「頼んだよ」
ハリーはラファエルの元へ向かった。
そしてタツオミとリュートは、相談しているふりをする。
間者であろう人間に背を向けるような形をとって。
そして、リュートは間者を特定出来たのだった。
ずっとリュートとタツオミに対して、探りをかけるような視線を送り続けている奴が一名存在していたのだ。
視線だけで体中をまさぐっているような、そんな不快な視線だ。
リュートは口をぱくぱくと動かす。
そしてタツオミはリュートの口の動きを見て、何と言ったかを読み取った。
所謂読唇術だ。
タツオミは幼少の頃からの英才教育の際、読唇術も叩き込まれていたのだ。
(……「間者は奴で確定した」、か。まぁ、ずっとこちらを探るように見てるからねぇ。僕でもわかるよ)
五感が鈍いタツオミでもわかってしまう程の熱視線。
相手は相当自分達を舐めているのだろう。
(僕も、やられっぱなしは癪なんでね。あまりにも頭が高いから、ちょっと地面を舐めさせようかな)
タツオミは密かに策を練り始めた。
一方、ハリーとラファエルはと言うと――。
「てめぇ、もう一回言ってみろ」
「わかった。今のお前達の表情を見ていると、新たな死者を出してしまう可能性が高い。だから暫くは俺達がこの場を仕切りたい」
「……てめぇ、誰に向かって言ってやがる。てめぇはオレ達より格下なんだよ、格下が格上に指示出すとは、随分と偉くなったもんだな、あぁ?」
「いいか、お前達の《ステイタス》は俺達より遥かに上だ。となると、超常的存在との戦いにおいては絶対的な戦力になるのは間違いないんだ。だからこれ以上 《超越級》の数が減るのは遠慮願いたいだけなんだよ」
「この先、また《
「……今のお前達の表情を見る限りでは、その可能性は高いと思う」
「てめぇ、さっきから偉そうに言いやがって、この格下が!!」
「今は格下格上関係ないだろう? 如何に生存率を高めるかが重要であって――」
「そんな事は先刻承知だっつぅの、てめぇに言われるのが気に食わないだけなんだよ!!」
「その気に食わないという感情も抑えてほしいんだが」
「てめぇ、殺すぞ」
「……話にならないな」
ハリーは溜息を付いた後、最小限の動きでラファエルの鳩尾に拳を食い込ませる。
「ぐはぁ……」
「……いい加減理不尽な怒りをぶつけないで貰いたい。俺達はただ生き残りたいだけだ。お前の無駄にでかいプライドのせいで死にたくないんだ。大人しくしていろ」
《ステイタス》による身体能力向上の恩恵に、身体の無駄のない動きによって繰り出されたパンチは、
辛うじて気を失わなかったが、その場でうずくまって痛みに悶えていた。
そして、ハリーは宣言する。
「はっきり言おう、今の《
《超越級》の面々は何も言い返せない。
ラファエルは痛みに悶絶しながら、怨念籠った視線をハリーに向ける。
ハリーはその視線を鼻で笑って横へ流し、自分達のパーティの元へ戻っていった。
「……ハリー、相当鬱憤溜まってたんだべな」
「……ありゃ相当ムカチャッカファイヤーだったんだろうな」
「む、むかちゃ?」
リュートとショウマは、ハリーの強引な交渉を見て顔を引き攣らせながらそれぞれ感想を漏らした。
ショウマの言葉は全く意味不明だったが。
その後誰も一言も喋る事なく時間は過ぎていき、険悪な雰囲気のまま休憩時間は終了したのだった。
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