第69話 死者、一名
『何かつまんないなぁ……。まぁいいや、ハイ、クリアで~~す。おめでとうございま~す、第三階層までは休憩なしで階段を降りてねぇ。三十秒以内に階段を降りなかったらペシャンコだからね、さぁ移動して』
何ともやる気のない声で喋る《邪悪なる遊戯者》。
その声を聞いて、リュート達 《超越級》以外は心の中で「ざまぁみろ」と叫んでいた。
しかし、階段にも時間制限を付けられてしまっているので、討伐隊一行は駆け足で階段を降りていく。
第二階層の攻略は、非常にスムーズでスマートだった。
結果、第二階層踏破は残り三分を残すという、とてつもない速さでのクリアだった。
死ぬ瞬間を見たい《邪悪なる遊戯者》にとって、非常に面白くなく不機嫌になっていたのだった。
いや、彼だけではない。
後方にいた《超越級》も面白くなさそうな様子であった。
《超越級》全員が眉間に皺を寄せ、リュート達 《超越級》以外の面々を怨みを込めて睨みつけていたのだ。
そういった視線に敏感なリュートは当然ながら気が付いていたが、心の中で哀れに思い放置していた。
そんな《超越級》の面々だが、今にも感情が爆発しそうな者が一人いた。
キンバリーである。
キンバリーは自分の地位を守る為に保守的な活動になってからは、随分と豪華な暮らしをしていた。
貧相な村出身の彼女にとって、《超越級》になってからの生活は雲泥の差であった。
これも全て自分の実力があったからだと、自惚れてプライドを肥えさせていく。
結果、自身の命を大事にをモットーに、依頼人を放置してまで自身の身を優先して守ってしまったのだ。
そして冒険者ギルドから通告を下される。
今回のダンジョンアタックの内容次第では、《超越級》から降ろされる、と。
流石に彼女も焦った。
今の生活は是が非でも守りたい。
だから、何としても活躍をしてやると思ったのだ。
しかし意気込みが空回りし、第一階層ではスタミナのペース配分を誤り、両足を失うという失態を犯してしまう。
更に貴重なエクスポーションを消費させるという、度重なる失態を披露してしまったのだった。
これによりキンバリーのプライドは大きく傷付いたのだが、第二階層ではより深くプライドをずたずたに傷付けられる光景を目の当たりにする。
足手纏いと思っていた《超越級》以外のメンバーが、全員無傷で余裕の踏破を見せたのだ。
通常であれば、悔しいという感想で留まるのだが、肥大化したプライドは違う。
(あり得ない、こんな等級が下の奴等が、自分達より上なんてあり得ない!!)
プライドが事実から目を背けさせ、等級は自分達の方が上だという、今更どうでもいい事実だけに着目させる。
そうなると、目の前で繰り広げられている低い等級達の活躍に、理不尽な怒りを募らせ始める。
そして階段を降り始めた頃、怒りは臨界点に達しようとしていた。
その事に気が付いたバーツは、ラファエルに声を掛ける。
「リーダー、ちょっと不味いですぜ」
「どうした、バーツ」
「……キンバリーの姉御が、そろそろ噴火しそうでさぁ」
「……ちっ。仕方ねぇ、ちと《超越級》以外の奴等に頭を下げるしかないか」
キンバリーは怒ると見境なく暴れてしまう。
なら息抜きをさせるしかない。
ラファエルは仕方なく頭を下げて、第三階層は自分達にやらせてほしい旨を申し出た。
《超越級》以外のメンバーをまとめるハリーは難色を示したが、キンバリーの表情を見て事情を察し、渋々了承したのだった。
討伐隊全員が階段を降りると、階段の両壁が大きな音を立てて閉じた。
一歩でも遅れていたら壁に挟まれて圧死していただろう。
そう思うだけでぞっとする。
『まずは諸君、第三階層到達おめでとう! 第三階層はちょっと趣向を変えてみようと思う!! 第三階層はメンバーの中から代表を一人選んで、ボスキャラと
突然 《邪悪なる遊戯者》の声が聞こえた。
今度は
第一、第二階層とは大きくかけ離れた趣向の変化に、リュートは疑った。
どうやらタツオミも疑問を持ったようで、リュートは彼の隣まで移動する。
「タツオミ、これ罠でねぇか?」
「リュートもそう思うか、僕もそう感じた。あまりにも趣向をガラリと変えすぎているからね、何かしらあると思う」
「んだな、ハリー」
リュートは自分達のまとめ役であるハリーを呼び、自分達の予想を伝える。
「成程、確かにな。わかった、ちょっと俺からラファエルに伝えてみる」
「頼むだよ」
ハリーがラファエルの所へ向かおうとした瞬間、ラファエルが叫ぶ。
「聞こえるか《遊戯者》! こっちからはキンバリーを出す!!」
なんとラファエルは誰にも相談せず、キンバリーを選抜してしまったのだ。
これは罠の可能性があるのに、勝手に決めてしまったのである。
当然この暴挙に声を張り上げるのは、ハリーだ。
「ちょっと待て、これは罠の可能性があるんだぞ!!」
「うるせぇんだよ三下が!! この討伐隊のまとめ役のオレが決めたんだ、文句を言うんじゃねぇ!!」
「しかし――」
「いいか、キンバリーは戦闘能力はピカイチなんだよ。速攻で終わらせられるから、指咥えて見てろ」
だめだ、話が通じない。
ハリーは説得を早々と諦めた。
『おっけー!! うんじゃキンバリーちゃん、前に出ておいで! 今回は面白そうな勝負が見れそうだから、特別に制限時間は無しにしてあげるよ』
「はん、丁度鬱憤が溜まっていたんだ、憂さ晴らしさせてもらうよ!!」
キンバリーは巨大な斧を担ぎ、前へ出る。
すると、地面から生え出てくるかのように登場したのは、オークキングだ。
オークキングは、オークより数倍体躯が大きくなり、力もさる事ながら俊敏性も上がっている厄介な敵である。
人間の中でも大きな体躯をしているキンバリーの約二倍程大きな体をしているオークキングは、彼女を見下す。
「おい豚の王様、あたしを見下してんじゃないよ」
キンバリーはスキル《超剛力》を発動する。
すると彼女の腕の筋肉が更に盛り上がり、力を与える。
キンバリーの筋肉が変化したのを見たオークキングは、先制攻撃を仕掛ける。
手に持った巨大な棍棒を、彼女の頭目掛けて振り下ろしたのである。
「ぬぅん!!」
キンバリーは斧を盾にし、攻撃を受け止めた。
オークキングの膂力は凄まじく、キンバリーの足が地面に埋まる程だ。
しかし、彼女も無事攻撃を受け止めたのだ、膂力は互角のようだ。
「いいねぇ、あんた。やるじゃない。次はあたしだよ!!」
キンバリーは巨大な斧を横に薙ぐ。
オークキングはそれを棍棒で受け止める。
「ちっ、受け止められたか」
だが、キンバリーは非常に楽しそうである。
お互い交互に攻撃をし合い、両者共に戦いを楽しんでいるようである。
実力は拮抗しているように見えたが、とある行動によりキンバリーの優勢に傾く。
「おらぁぁぁぁっ!!」
キンバリーは《破裂撃》を放ったのだ。
高く跳び、そのまま戦斧をオークキングの頭上に振り下ろす。
当然敵も棍棒で防御するが、その棍棒が粉々に粉砕されてしまったのだ。
流石のオークキングもこれには怯む。
だが、オークキングは諦めない。
雄叫びを上げながら、巨大な拳をキンバリーに振り下ろした。
「ふぅん!!」
キンバリーも拳で立ち向かう。
両者の拳が鈍い音を立てて激突。
ぶわりと衝撃波が広がり、待機していた討伐隊面々は飛ばされないように踏ん張る。
一瞬互角に見えたこの拳での攻撃は、キンバリーの勝利だった。
オークキングの拳から砕けた骨が飛び出しており、痛みに醜い悲鳴を上げる。
「まぁまぁいい
キンバリーは足払いをしてオークキングを転倒させる。
そして尽かさず戦斧を振り下ろし、オークキングの首を跳ねた。
圧倒的なキンバリーの勝利である。
「……凄い」
この言葉を漏らしたのはハリーだ。
オークキングは金等級以下の冒険者だと、一人で撃破は非常に難しい魔物だ。
討伐難易度はA相当と言われており、《超越級》冒険者が推奨されている程だ。
だがキンバリーは、見事一人で打ち倒したのである。
「……腐っても《超越級》だべな」
この言葉はリュートである。
リュートも頑張れば単独でオークキングを撃破出来るが、あの手この手を使った場合である。
キンバリーのように、正面からの勝負で倒せる自信は、正直薄い。
認めたくないが、彼女の実力は認めざるを得なかった。
すると、また不快な《邪悪なる遊戯者》の声が響く。
『撃破おめでとう、キンバリーちゃん!! 君にはご褒美を上げちゃう!!』
あの《邪悪なる遊戯者》がご褒美?
明らかに怪しい、そう思う暇すら与えず、オークキングの死体が膨張する。
『プレゼントは、《
そして、オークキングは爆発し、キンバリーも爆発に巻き込まれた。
「キンバリー!!」
ラファエルが叫ぶ。
爆発が収まり、次第に土埃が薄くなる。
キンバリーの姿は徐々に見え始めてきた。
「……キンバリー」
その姿は、無情にも上半身が吹き飛び、下半身だけが倒れているものだった。
《邪悪なる遊戯者》の満足そうな笑い声だけが、ダンジョン内に響き渡った。
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〇超常的存在が使用する魔法
普段、魔法使いは超常的存在から力を借りて魔法を放つ際、呪文詠唱を行うのが基本である。
が、当の本人達は自身の能力の為、完全なる無詠唱で魔法を放つ。
むしろ超常的存在にとっては、人間達で言うスキルを使うようなものであり、わざわざ詠唱する必要は皆無なのだ。
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