第66話 ここからは、オラ達の番だ
キンバリーとリョウコが今にも殴り合いを始めそうな程、口喧嘩がエスカレートしていくのを見て、流石に他の面々が止めに入る。
《黄金の道》のメンバーがキンバリーをリョウコから引き離そうとするが、見た目筋骨隆々の彼女は見た目通り相当なパワーがあり、他の《超越級》の力を借りてようやく引き離せた。
「キンバリー、落ち着け!」
ラファエルが宥めるが、キンバリーは止まらない。
「放せリーダー! 何であたいが《超越級》にも行ってない雑魚なんかにお礼を言わなきゃいけないんだい! もっとあいつが早くあたいを助け出してりゃ、エクスポーションを使わなくて済んだんだよ!!」
彼女の言い分に、ラファエルは内心舌打ちした。
キンバリーの《超越級》としての無駄に高くなったプライドが、どうやら今回の喧嘩を引き起こしたようだ。
自分一人だけが逃げ遅れたという点で、既にプライドはずたずたになったのだろうが、追い打ちとして自分より等級が下の冒険者に助け出されたのだ。更に追い打ちを掛けられ、行き場のない悔しさと怒りを助けてくれた本人にぶつけた、と言った所か。
どう見ても、こちら側が悪い。
だが、ラファエルも下の等級の奴等に頭を下げる行為だけはしたくなかった。
ここに来て無駄に肥えてしまったプライドと自尊心が、《超越級》とそれ以外に決定的な亀裂を入れてしまったのだ。
リョウコはリョウコで、今にも《念動力》を使って殺してしまおうという程の殺気を放っていた為、ショウマが後ろから抱き着きながら引き離したのだった。
「涼子、落ち着け!!」
「放して翔真!! この筋肉ダルマ、私の手で殺してやる!!」
「どうした、君らしくないぞ!!」
「だって、私だけの悪口なら全然構わない! でも、この筋肉ダルマ、達臣をただのお荷物、千絵をペット枠、翔真を役立たずのリーダーってバカにしたのよ!! 何も知らない癖に、皆を、翔真を馬鹿にしてぇぇぇぇぇ!!」
どうやら、この口喧嘩になる前にも色々と言い合いをしていたようだ。
皆、自身の体力を回復させる事に専念していた為、そんな言い合いをしているとわからなかったのだった。
「涼子、俺達の為に怒ってくれるのはすっごく嬉しいさ。でも、こいつ等を相手にしちゃだめだ。今、俺達がやるのは《超越級》の相手をする事じゃない、そうだろう?」
「……でも」
リョウコは泣きながら、まだキンバリーに突っかかる事を諦めてはいなかった。
自分達の仲間の悪口を言われた事に、大好きなショウマの悪口を言われた事に対する謝罪がどうしても欲しかったのだ。
ショウマは耳元でリョウコに囁く。
「ありがとう、大好きだ」
「……えっ、それって――」
ショウマはリョウコに告白をしたが、彼女からの返事を待つ事なくハリーに視線を送る。
ショウマもハリーと友達と呼べる位まで仲が良くなっており、自然とアイキャッチが出来ていた。
ショウマが送った視線、それは《超越級》以外のメンバーのまとめ役として動いて欲しい、というものだ。
(……さて、どうしたものか)
ハリーは周囲を見渡すと、リュートとウォーバキンが近くにいた。
彼は二人を手招きすると、それに気付いたリュートとウォーバキンがハリーの傍に寄る。
「リュート、ウォー。ここは一発、俺達も目立っておかないか?」
「ハリーの兄貴、つまりオレ様達の実力を見せるって事か?」
「そうだ。一回 《超越級》の面々を休憩という名目で下げて、第二階層は俺達がメインで踏破していこうと思う」
「いいと思うだよ。力ぁ示せば、少なくともでかい口叩けなくなると思うべ。……常識的な考えを持ってる奴等なら、だけんども」
「……そこは常識的であってほしいな」
「んだなぁ」
「なら、ハリーの兄貴、リュート。いっちょ暴れてやろうぜ!」
「ああ」
「んだな」
ハリーはショウマに視線を向けると、彼にも聞こえていたらしく、リョウコを後ろから抱き締めながら頷いた。
当のリョウコは、顔が真っ赤だ。
(あいつ、何か言って喧嘩する気を削いだな?)
大体何を言ったかは想像出来る。
告白か、帰ったら沢山ヤろうみたいな事を言ったんだろう。
(確かこういうのを、流れ者の言葉で「爆発しろ、リア充共め」って言うんだっけか? それがお祝いとお怨みの言葉を兼ね備えているとか)
まさにあの二人にぴったりの言葉なのだろう。
無事生還したら、真っ先に言ってやろうじゃないか。
さて、と気を引き締め直し、階段という足場が悪い場所でまだ暴れているキンバリーを抑えているラファエルの元へ歩いていく。
「ラファエル」
「なんだ雑魚、見ての通りオレは今忙し――」
「あんたらの事情はどうでもいい。一つだけ提案させてほしい」
「提案だぁ?」
「ああ。あんた達は先程の戦闘で大きく体力を消耗した。スキルも結構使っていたようだし、疲労は通常の戦闘より増しているだろう」
スキルは何も無償で放てるものではない。
魔法は魔力を代償として使うが、スキルは体力や精神力を代償に使う。
先の戦闘では《超越級》だけが戦っていた。
彼等は早く殲滅をする為にスキルをふんだんに駆使していた為、体力と精神の両方で疲労が溜まっているのが、目に見えて分かったのだ。
ラファエルも図星とばかりに「うっ」と反応してしまう。
「だから、第二階層では《
「てめぇら《超越級》でもない雑魚共に、何が出来る!?」
「……あんたらよりは上手く戦えるさ」
「は、今なんて言った」
「さあな、俺は同じ事は二度言わない主義なんだ。とりあえず、あんたらは最下層では切り札になるんだ。こんな最序盤でへばってもらっちゃ俺達も困るんだ、ここは一旦後方に引いて様子を見てくれ」
「……調子に乗っていやがるのか?」
「こんな状況で調子に乗ってどうする。俺は生き残りたい、その為に現実的な提案をしている。そうだろう?」
「……」
ラファエルは感じ取った。
この男は、自分よりも強い、と。
どれ程自分より上なのかまでは図れないが、自分の《ステイタス》が「この男は強い」と警鐘を鳴らしているのだ。
他の《超越級》も自分の《ステイタス》が告げているのだろう、ハリーの迫力に押されてしまい、暴れていたキンバリーも押し黙った。
「その沈黙は提案を承諾してくれた、という意味として取るぞ?」
「……」
「わかった。提案を聞いてくれて感謝する。あの時は自己紹介出来なかったからな、次の第二階層で俺達の自己紹介をしよう、実力を以て、な」
「……ちっ」
堂々としているハリーとは対照的に、苦虫を噛んだような表情をするラファエル。
リーダーの器としても、大きな差を見せつけた瞬間だった。
この二人のやり取りを見て、ウォーバキンは目を輝かせてハリーに尊敬の眼差しを送る。
ショウマは親指を立ててサムズアップをハリーに送る。
……リョウコを抱きしめたまま。
リュートは満足そうに大きく頷く。
「さぁて、ここからはオラ達の番だな」
リュートがそう呟くと、鬱憤が溜まっていた《超越級》以外の面々が獰猛に笑う。
「わりぃけんど、オラも相当あいつらにムカついてんだ。疲れない程度には暴れさせてもらうべ」
「でもリュート、矢は大丈夫なの?」
《
「
リュートのリュックの中身は、いつもなら食料以外にも森で使えるお手製のギリースーツ等が入っている。
が、今回ダンジョンだとギリースーツはまるで意味がないので、それを宿屋の部屋に置いてきて、空いたスペースに矢を詰め込んであるのだった。
「りょうか~い。じゃあアタシとリュートが先頭に立って斥候するって感じかな?」
エリーの言葉に、ハリーを含めた全員が頷く。
「よっし、じゃあ頑張ろうね、リュート♪」
「お、ぉぅ」
エリーの視線に熱い、それは熱い視線がこもっていた。
彼女はリュートと訓練をしていく内に、尊敬という感情から恋に変化していたのだった。
エリーはそんなリュートの隣に立てる事がとても嬉しくて、つい言葉にも嬉しいという感情が乗っかってしまっていた。
(何だろう、エリーの視線は、そこまで嫌じゃねぇな。取って食われるっちゅう視線じゃねぇから、安心するだよ)
女性不信気味なリュートにとって、エリーからの視線は不愉快ではなかった。
きっと自分の実力を見て尊敬してくれているのだ、そのように勘違いをしていた。
「皆、後残り二十分だよ」
タツオミが休憩の残り時間を告げる。
だが、二十分と言われても、流れ者以外はそれがどれ位かは瞬時にわからなかった。
「まぁ、そんなに長くないから、いつでも動けるように準備しながら休憩してって感じかな」
「……わかった」
ラファエルが不貞腐れながらも返事をする。
タツオミは内心「ざまぁ」と思いながら休憩の続きを取り始める。
一方、ようやく落ち着いてくれたキンバリーを宥め終わったラファエルは、無駄な疲労感に襲われていた。
そして《超越級》達は《超越級》以外の面々と距離を取った所で休憩をしていた。
そこに、バーツが寄ってくる。
「リーダー、恐らく納得していらっしゃらない様子ですが、都合がいいじゃありませんか」
「都合がいい、とは?」
「第二階層は奴等がやってくれやす。なら、そのまま第三階層等も続けてやらせちまいましょう。そうすりゃ、あっしらも消耗せずに済みますから――」
「成程な、あいつ等をとことん利用してやろうって訳か」
「ええ、丁度良くあいつ等自身が前線を望んでいるんでさぁ、ならお望み通り使い潰してしまいましょうぜ」
「いいな、それで行こう。皆も聞いていたと思うが、異論はねぇな?」
ラファエルは《超越級》のメンバーに視線を向けて確認を取る。
全員、口を三日月のように歪ませて同意する。
どうやら皆、生意気な《超越級》以外の面々が気に入らないようだった。
「せいぜいオレ達に楽をさせてくれよ、雑魚共」
無駄に肥大化したプライドと自尊心は、ハリーが自分より強者だという事実から目を背け、等級が上という事実に着目し、雑魚扱いしてしまうのだった。
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