第65話 休まらない休憩


 キンバリーの悲鳴が響き渡る。

 両脚は膝から下がダンジョンの壁に挟まれ無くなっており、血が絶えず出続けている。

 彼女も痛みに耐えきれずのたうち回るので、血が周囲に撒き散らされる。


「トリッシュ、《エクスポーション》があったな!? キンバリーに使ってやれ!!」


「わかりました。でも、そうなると残り一本だけになりますが?」


「構わん、ここで戦力が無くなるのが辛い!!」


「使います!!」


 トリッシュは自分のバッグから虹色に光る薬品を取り出し、キンバリーの切断部分にばしゃっと掛ける。

 すると傷口が光り出し、光が失われた膝下を形成し始める。

 そして、光が収まるとキンバリーの両脚が元通りになっていた。

 激痛から解放されたおかげで、その場でぐったり寝そべるキンバリー。


 これがエクスポーションの効果である。

 対象者が生きている限り、四肢欠損、内臓破裂、全身複雑骨折、毒等による部分壊死等、通常のポーションでは治せないものが治せるという代物だ。

 ダンジョンでしか入手できない貴重な回復薬で、たまに王都のオークションで出品される事がある。が、毎回相当高額な金額になる為、資金力がある《超越級》パーティしか購入できないものになっていた。

《黄金の道》は何とか二本を落札出来ており、いざという時の為に備えていたのだった。


「ふぅ、エクスポーションの効果は無事発揮しました」


「よくやった、トリッシュ」


 すると、また不愉快で楽しそうな声が響き渡る。


『あははははははは、そうそう! 僕はそういう顔が見たかったんだ!! 自分が死ぬかもしれないっていう時の絶望した顔!! キンバリーちゃんだっけ? いいよ君、すっごい良い表情してたよ、最高だった♪ まぁ不満点としては、そのまま死んでくれたら花丸あげちゃえたんだけどね……』


 いちいち癇に障る言い方をする超常的存在だ。

 正直、《超越級》の奴等より苛立たせる事においては優れているのは間違いないだろう。


『さてさて、本来は休憩なしなんだけど、今回はチュートリアルって事で今から一時間――えっと、君達の世界だと一刻だっけ? 休憩あげるよ。しっかりと休みながら、今後の対策を相談し合うといいよ。あっ、安心して!! 休憩している間は僕、君達の話は聞かないから♪ 遠慮なく相談してね! やっさしいなぁ、僕♪』


 遊戯者の声が途切れた後、タツオミは怒りを隠せない表情のままスマホを操作し、一時間のタイマーをセットする。

 そして、各々が第二階層へ繋がる階段にへたり込んで休憩を取る。

《超越級》の面々は、予想外の戦闘と全力ダッシュの連続で大分息が切れていた。

 いくら《ステイタス》の恩恵があるとはいえ、日頃の訓練をさぼっていた彼等のスタミナは《超越級》の中では下の方に位置する。

《ステイタス》は確かに人外級の身体能力を与えてくれるが、あくまで元の身体能力に掛け算をする程度のものだ。

 位階レベルが十までは身体能力が一.五倍、二十だと二倍、三十だと三倍となっていくのだが、元の身体能力が鈍ると《ステイタス》の恩恵も減っていってしまうのだ。

 今回の《超越級》は鍛錬を怠っていた為、瞬間的に神速と思える速さで動けるが、長期的な走りとなるとスタミナ不足で継続不可となる。

 つまり、今の彼等にとって《ステイタス》は、宝の持ち腐れとなっていた。


 対して、リュートを含む《超越級》以外の面々は、疲労感が残るもののまだ走れる位のスタミナは残っていた。

 これはリュートとの合同訓練の賜物と言ってもいい。

 リュートは《ステイタス》を持ち合わせていないが、身体能力においては非常に高く、常人を遥かに凌駕している。

 それはひとえに日頃の鍛錬の成果であり、努力し続けた人生の宝物と言えるものだった。

《ステイタス》を持っているハリーも、それを持っていないリュートに敗れてから、鍛錬と技術を磨く事に重きを置いていて、《ステイタス》の恩恵をかなり受けているのだった。

 また、ハリー以外の《竜槍穿りゅうそうせん》メンバーであるニーナ、エリー、ヨシュアもハリーに影響されて鍛錬をし始めており、スタミナはまだ余裕のようだ。


 同じく《ステイタス》を持っている《ジャパニーズ》も、リュートとの合同訓練のおかげで鍛錬の大事さがわかっており、毎日欠かさず走り込みや素振りを行っている。

 チエも魔法使いではあるものの、自身のスタミナ不足を痛感しており、鍛錬をする事で弱点を克服しつつある――本音は、好いているタツオミと一緒に鍛錬をしたいという、下心から来るものだったが――。

 非戦闘員であるタツオミも、積極的に鍛錬を行い、リーダーのショウマに剣術を教わっていたのだ。最低限自分の身を守れる為に、そして結ばれたチエを最低限でも守れるように、との事。


 そして《ステイタス》を持っていない《鮮血の牙》の面々は、リュートを目標に鍛錬を続けてきた。

 リュートは、誰がどう見ても「お前、絶対に《ステイタス》持ってるだろ」と言う程の身体能力、弓の腕前を持っており、《ステイタス》が無くても、彼の境地に行けるのだという証明でもあった。

 もし、少しでも彼に近づけて、そこで《ステイタス》を得られたとしたら……。

 きっと最強の冒険者になれる筈だ、と。

 目標としている人物には、まだまだ遠く及ばない。

 だが、それが楽しいのだ。

《鮮血の牙》達の向上心は、非常に高い。

 だから目標が高ければ高い程、彼等はやる気が出るのだった。


 最後にリュート。

 リュートは唯一息を切らしていなかった。

 毎日王都の城壁を全力疾走に近い速さで走っている為、この程度では息切れはしない。

 そして疲労感も無い為、討伐隊の面々で一番冷静でいられた。


(……ずっと感じてる違和感の正体、もうちっとで掴めそうな気がするんだけんど)


 リュートはずっと、違和感の正体を探っていた。

 確証もないし、そもそもこの違和感の実体すらつかめていない状態だ。

 だからなのか、頭の中がもやもやしていて、内心苛立っていた。


(もうちょっと、何か尻尾出してくれりゃ、わかるんだけんどなぁ。でも、オラの中ではあの遊戯者っちゅう超常的存在は流れ者確定だべ)


 違和感の正体を探りつつ、リュートは別に結論を出していた。

 この遊戯者は、十中八九流れ者であるという事だ。

 ここまでの流れで、あまりにも聞き慣れない言葉が遊戯者の口から出ていたからだ。

 もしかしたら遊戯者が流れ者から言葉を学習した可能性も無きにしろあらずなのだが、それにしたって同じ流れ者であるショウマ達が反応を示し過ぎている。

 いくら流れ者から言葉を学習したからといって、ここまでその言葉を適切に使える筈がないのだ。

 となると、もう一つの事実が浮かび上がる。


(……遊戯者は流れ者。つまり、《ステイタス》を有している、か)


 最悪だ。

 超常的存在の身体能力は、まさに神と思える程らしい。

 そこに《ステイタス》の恩恵が乗っかっている可能性が高いのだ。

 だが、《ステイタス》の身体能力向上は位階レベルに依存している。もしかしたら超常的存在は位階レベル上げをしていない可能性もある為、最低でも一.五倍の能力向上の可能性だってある。

 しかし最悪なのは、ユニークスキルが付与されているという点だろう。

 ただでさえ超常的存在は身体能力が高く、最初から魔法に近い能力を使えるのに、そこにスキルが加わるのだ。

 

(……簡単に仕留められるわきゃねぇか。けんども)


 逆に光明も差していた。

 超常的存在は、人間や亜人が理解できない思考をしているという。

 特に《魔界》の超常的存在は感情の起伏がなく、魔力が貰えればそれで良いという思考らしい。

 が、流れ者だったら恐らく人間の時の感情と思考をそのまま引っ張ってきている筈、そこを刺激すれば勝ち目は見えてくるのではないか。


(よし、とりあえずハリーに相談して、判断をしてもらうべ)


 リュートが行動しようとした時、怒声が響き渡る。


「てめぇ!! 何でもっと早くあたしを救わなかった!! おかげでエクスポーションを無駄にしちまったじゃねぇか!!」


「うるさいわね!! あんたが考え無しに全力で戦ったせいでしょうが!!」


「ああ!? 流れ者の癖に、いい気になってるんじゃないよ!!」


「その流れ者に助け出され、挙句にお礼も言わずに文句を言うモンスタークレーマーはじしらずは、何処のどなたでしょうね?」


「んだと、こらぁぁ!!」


 怒声がする方を振り返ると、先程までおとなしかったキンバリーと、《ジャパニーズ》のリョウコがお互いの胸倉を掴んで一触即発の状態になっていた。


 リュートは溜息を付いた。

 この休憩は、無駄に消費されるだろう、と。

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