第64話 死のダンジョンRTA


 討伐隊は開始と共に走った。

 全員が走った。

 十分二十秒という時間制限の中、ひたすら先へ進む。

 先頭は《超広範囲索敵能力 レベル2》と《超感覚》のスキルを所有しているバーツだ。

 この二つのスキルを駆使して、敵をいち早く感知。

《超感覚》で研ぎ澄まされた五感を使って、もし分かれ道があった場合は正しい道を選んでもらおうという算段だ。

 ダンジョンでも空気の流れが存在する。

 下層へ空気が流れていくので、バーツの強化された五感で風の流れを感じ取ってもらい、正解の道を引き当てていくのだ。

 このRTAとやらを無事に生還するには、これしかない。


 砦のような通路をひたすら走ると、弱い灯りが先に見えてきた。

 そして、バーツが叫ぶ。


「この先、魔物がいっぱいいまさぁ! 数はざっと百超え!!」


 バーツの報告を受け、ラファエルが指示を出す。


「全員、スキルを駆使して魔物を速攻で排除! 《超越級》以外もやりやがれ! ただし、オレ達の足を引っ張るんじゃねぇぞ!! バーツは怪我しないように逃げるか隠れてろ!」


『応』


 一言多いのは癪だが、とにかく従うしかない。

 無駄に争って、残り時間を無駄にしたくないからだ。


 弱い灯りの先は、広い空間だった。

 まるで砦の食堂のような場所で、ご丁寧に木製の長いテーブルや椅子が複数も置かれていた。

 そこに座っていたのは、様々な姿をしたゴブリンだった。

 鎧を着た者、軽装の者。

 その中にはチャンピオン以上の上位ゴブリンは存在しない為、雑兵達が集まっているような印象を受けた。


「ゴブリンか、ホブゴブリン以上はいなさそうだな! 総員、ゴブリン如きに無駄な時間を使わず、効率よく殺せ!! 魔法を使える奴は魔法を温存しろ、後半の方がやばい可能性があるからな!!」


 ラファエルの指示に従うかのように、討伐隊の面々はゴブリン達と対峙する。

 流石は腐っても《超越級》。

《ステイタス》を得て人間を遥かに凌駕した身体能力で、一振りで複数のゴブリンを屠っていく。

 こういった乱戦で輝いたのが《伝説の存在》だった。

 ケインの《神速斬》で複数の敵を屠り、カミーユの《ガイアインパクト》で一匹の敵を吹っ飛ばして他の敵に当てたり、リーナの《超・回転斬》で一瞬で十以上のゴブリンを殺す。

 ……アンナは魔法以外からっきしなので、安全圏内で腕を組んで豊満な胸を強調しながら見守っていた。

 正直、《超越級》以外の面々の出番は皆無だった。

 この程度なら、リュート達の出番はなさそうだ。


 ゴブリン達の断末魔が途切れ、掃討は完了した。

 タツオミが時間を確認すると、掃討完了に一分もかかっていなかった。

 だが、一階層がどれ程の広さなのかが不明な為、この戦闘で消費した時間も勿体なく感じる。


「残り八分三十秒!!」


 タツオミが声を張り上げる。

 

「ちっ、多いんだか少ないんだかわからん!! バーツ、前衛で斥候を頼む!!」


「わかりやした!!」


 討伐隊はまた走り出す。

 正直戦闘より、この全力疾走の方が体力を持っていかれてきつい。

 きっとこれもあの遊戯者の狙いなのだろう。


 しばらく走ると、左右に分かれ道がある。

 そしてバーツが叫ぶ。


「分かれ道でさぁ! あっしに任せてもらっても?」


「ああ、お前に任せる!」


「了解でさぁ!!」


 バーツは《超感覚》で風の流れを感じ取り、左に進む。

 討伐隊一行もバーツに付いて行く。

 

 横に並んで三人位の砦の通路を、バタバタと走っていく。

 敵に気付かれようが関係ない。

 制限時間内にこの階層を踏破しないといけないのだから。

 すると、通路の天井に穴が開き、そこから短剣を持ったゴブリンが飛び降りてきた。


「何!?」


 誰かが声を上げる。

 完全な不意打ちに、一行の足は止まる。

 誰も対処出来ない、そう思ったが。

 ゴブリンが着地する前に、ゴブリンの眉間に鉄の矢が突き刺さり、地面に落ちた時には絶命していた。

 列の最後尾にいたリュートは、磨き上げられた狩人としての五感でゴブリンが天井に潜んでいるのを察知し、いつでも矢を放てる準備をしていた。

 そして、声を張り上げる。


「足を止めるでねぇ、さっさと行けっ!!」


 リュートの怒声に我に返った討伐隊は、また走り始める。

 そしてゴブリンの死体の横を通った時、リュートは額に刺さった矢を素早く引っこ抜き、矢を振ってゴブリンの血を払って矢筒に戻す。

 矢をここで消費するのも悪手な為、矢が無事なら可能な限り回収をしていくつもりなのだ。

 その後も何度も奇襲に合うが、リュートが弓を以て排除する。

 ラファエルは《超越級》でもなければ《ステイタス》すら持っていないリュートの活躍に、嫉妬とプライドによる苛立ちが沸き上がっていたが、今はそんな事で感情を爆発させている暇はなかった。

 リュートはというと、ゴブリンの骨で鏃をダメにしないように、ゴブリンの眉間を矢で狙っていた。

 額だと曲線を描いている為、鏃の先端が変に削れてしまう事がある。

 最悪、その曲線によって矢が骨を貫通せずに額の表皮だけ削って反れてしまい、敵を仕留められない可能性があるのだ。

 リュートは神業と言える弓の腕前を、存分に披露していた。

 討伐隊の中で、一番冷静なのは間違いなくリュートだけであった。

 故に、最後尾で様子を伺っていたのだが、強烈な違和感に襲われていた。

 その違和感は何なのか、まだ正体は掴めていない。


(……気持ち悪ぃだよ。胸の辺りがむかむかするべ)


 とにかく、リュートも周囲の警戒を怠らず、違和感の正体を探る事にした。

 この違和感は、放っておくと致命的になってしまう可能性があるからだ。


 こうしてゴブリンの奇襲、広い空間に出たら無数のゴブリンの掃討に追われ、時間は刻々と失われていく。

 そして再度広い空間に出た時には――


「ちゃ、チャンピオンが十体以上、だと」


 ゴブリンチャンピオン達が待機した部屋にぶち当たった。

 ざっと見て二十体近く。

 

「残り四分!! 時間はないよ!!」


 タツオミの怒声が響き渡り、冒険者達は即座に戦闘態勢に入り、ゴブリンチャンピオンに飛び掛かる。

 自然と各々のパーティで固まって行動し、一体ずつ効率よくチャンピオンを排除していく。

 しかし流石は小鬼の歴戦の勇者ゴブリンチャンピオン、元がゴブリンとは思えない強さだ。

 巨人と思わせる体躯に盛り上がった筋肉は、剣の刃が通りにくい。

 一体を排除するにも、通常のゴブリン程スムーズにはいかず、それなりの手数は必要になってしまう。

 これが大きな時間の消費であった。

 チャンピオンを全員殺した時には、残り時間は二分を切ろうとしていた。


「まずい、もう二分しかない!!」


 タツオミが残り時間を告げる。

 戦闘で若干疲労が出ていたが、それどころではないらしい。

 急いで先を進む一行。

 すると天井には、緑色に光った長方形の物体が備わっていた。

 そして白い文字で「Next Floor」という見慣れない文字が書かれていた。


「何て書いてあるんだ?」


 誰かが疑問の声を漏らす。


「ネクストフロア! 流れ者の世界で『次の階』って意味だ!!」


「ちっ、読める字で書きやがれ!!」


 なりふり構っていられない、討伐隊一行は全速力で駆け抜ける。

 だが、まだ先が見えない。

 すると、通路にあの不愉快な声が響く。


『残り一分だよぉ!! ほらほら、早くしないと死んじゃうよぉ?』


 既に全員が全力疾走だ。

 そして体力も限界だ。

 しかし音を上げたら死んでしまう。

 なら、限界を超えるしかない。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」


 だが、見るからに速度が落ちている者がいた。

《黄金の道》のキンバリーだ。

 彼女は筋骨隆々で見るからに重そうな体躯だ。

 それに、先程の戦闘で体力の配分を気にせず、全力で力を振るい過ぎて体力の限界が来ていた。

 次の階層へのゴールは、まだ見えない。

 キンバリーは、自身の死を自覚し始め、顔面が蒼白になっている。


「キンバリー、踏ん張れ!!」


「も、う、これ、以上、無理……」


「死にたくなかったら、もっと速く走れ!!」


 ラファエルの怒声が響く中、無情な声が聞こえる。


『カウントダウン、開始♪ 十、九、八……』


 カウントダウンが始まった。

 そして同時に第二階層への入り口が見えてきた。

 このままだったらギリギリ滑り込みで助かるだろう。

 ――キンバリーを除いて。


「まって、おいていかない、で!!」


 それは無理な話だ。

 カウントが五の所で、キンバリー以外の面々は入口に到達。

 キンバリーとの距離は、約五十メートルミューラといった所だ。

 彼女の足の速さでは、この距離は絶望的だ。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 キンバリーの絶望した声が響く。

 だが、救いの手を差し伸べる者もいた。


「一か八か! 《念動力》!!」


《ジャパニーズ》のリョウコだ。

 彼女がスキルの《念動力》でキンバリーの身体を持ち上げ、引っ張る。

 間に合うか?

 そんな時――


『一、はいゼロ!! 第一階層はペチャンコの罠で~す♪』


 今まで走って来た通路の両壁が、プレス機のように一瞬で閉じたのだ。

 結論から言うと、キンバリーはリョウコのおかげで間に合った。

 だが――


「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ、脚がぁぁぁぁ!!」


 キンバリーの両脚は間に合わず、潰されて無くなっていたのだった。





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