第56話 《鮮血の牙》、警戒する


 ウォーバキンは打合せが終わった後、早足で拠点である宿屋へと戻った。

 戻って早々仲間達を招集し、ダンジョンアタックの詳細を伝える。

 その際に、ウォーバキンは仲間に対して打合せ時に感じた所感も一緒に伝えた。


「《超越級》の奴等が信用できないって、どういう事?」


 三つ編の赤髪を大きく揺らして聞き返したのは、《鮮血の牙》の副リーダー的存在であるカルラだ。

 かけている眼鏡がずれ落ち、驚愕している表情だ。


「あいつら、オレ様達 《超越級》以外のパーティに相当不満を持っていやがる。誰かはわかんねぇけど、ぜってぇオレ様達を囮に使う奴が出てくる筈だ」


「……ウォーが言うなら間違いない、か」


 カルラとウォーバキンは、スラム街出身だ。

 物心付いた時から悪い大人達に囲まれて、盗難スリは当たり前のようにやっていた。

 だが、それは生きる為。

 スラム街だと良い奴程先に死んでいく。

 そして、ずる賢い奴だけがのし上がっていく。

 二人は協力してスリ等でかろうじて生き残ってきたのだ。

 そんな生活をしている中で、とある出会いがあり冒険者になり、ようやく真っ当な人生を送れるようになった。

 その話はさておき、そんな生活を幼少期からしていた為、ウォーバキンは人の悪意や信用できない人間を見抜く能力を手に入れていた。

 カルラもこの点に関してはウォーバキンに全幅の信頼を寄せており、彼の判断が正しいと瞬時に結論に至った。


「とりあえず、今回のダンジョンアタックは《超越級》が先頭を引っ張るみてぇだ。オレ様達は一応従うつもりだが、どっかでオレ様達の有能さをアピールしておかねぇと、捨て駒にされちまうな」


「ふむ、そうなったら私とウォーバキンで敵を薙ぎ払えばいいだろう」


 腰に携えた刀を軽く叩いて音を鳴らすのは、一撃の元敵を両断するレイリ。

 美しい金髪を後頭部で纏め、師匠から譲り受けた和服を愛用している美女だ。

 今は休んでいる為、やや薄着の和服を着ており、非常に艶めかしい。


「どれ位の規模のダンジョンかはわかっているのか?」


「いんや。ダンジョンを見つけた奴も、《遊戯者様》の声が聞こえた瞬間逃げ帰って来たらしいぜ」


「……彼の者が相手だと、逃げてきても責められんな」


 ウォーバキンも魔法使いなので、《邪悪なる遊戯者》と言ってしまうと呪いを受ける可能性がある。

 その予防策として、様を付けて遜った話し方をしていた。


「となると、彼の者のダンジョンだと一癖も二癖もあるだろう。ここは私達の有能さを何処かで見せつけないと、冗談抜きで《超越級》に足切りされてしまう訳か」


「ああ、オレ様はそう睨んでるぜ。今の所信用できるのは《竜槍穿りゅうそうせん》達とリュート位だな」


「ふむ? 《ジャパニーズ》は信用出来ないのか? 最近はよくショウマと絡んでるだろう?」


 レイリは金髪のポニーテールを揺らして首を傾げた。


「ショウマ自体は信用できるが、どうやら他の仲間が多人数協力依頼レイドから立ち直っていないようでな。信用できるのはショウマ位だぜ」


「……成程、了解した」


 レイリ自身も多人数協力依頼レイドの件は深く心に傷を負った。

 だが、彼女にも目標がある為、不屈の精神で立ち直る事が出来たのだった。


「……俺は、どうすればいい?」


 寡黙な筋肉質の男が手を挙げる。

《鮮血の牙》の頼れる盾役タンク、ガイだ。


「お前は基本カルラの指示に従ってもらうが、オレ様としてはオレ様とレイリをカバーしてもらいてぇ。そしてリゥムもガイに守ってもらいながら回復に専念しろ。っつってもダンジョンの規模がわからねぇ。本当に危ない時以外は基本カルラの指示に従って温存しておけ。カルラもそれでいいな?」


「……了解した」


「俺っちも了解っと!」


 ガイとは対照的に、小柄な男性のリゥムは元気よく返事をした。

 身長は《鮮血の牙》の中で一番低いし戦闘力は皆無なのだが、彼の真髄は回復魔法にある。

 リゥムの回復魔法は欠損した部位も再生する程長けており、王都の冒険者界隈でもここまでの回復の使い手を見つけるのは非常に困難だ。

 その為引き抜きを打診される事が日常的に起こるのだが、居心地の良い《鮮血の牙》が大好きな為、離れるつもりは毛頭なかったのだ。


「俺っち、最近新しい《使徒様》と交信出来たから、広範囲回復魔法が使えるようになったよ!」


「マジか! お前、やばいな!」


「ふふふ、やばいっしょ」


 魔法使いは自身に宿る魔力を使い、超常的存在にコンタクトを取る。

 そして魔力が対象となる超常的存在に気に入って貰えるかを吟味してもらう。

 もし気に入って貰えたら、好感度具合に応じて新しい魔法が使えるようになり、同時に対価となる魔力の消費量が決まる。

 リゥムの魔力は、どうやら《天界》に住まう超常的存在に非常に好まれるようで、気が付いたら強力な回復魔法を覚えていたりする。


 パーティメンバーに拍手で称えられ、リゥムは渾身のドヤ顔を披露する。

 


(このタイミングで広範囲回復魔法かぁ、さっすがリゥム、頼りになるわぁ)


 心の中で称賛しているのは副リーダーのカルラ。

 カルラは基本的に頭脳を働かせないメンバーの中で、唯一思慮深い女性である。

 これもスラム街出身且つその時の経験が活きており、猪突猛進なウォーバキンに常に策を授けてきたのだった。

 カルラとしては、ウォーバキンからの警告を受けてどのような対策をするかを考えていたが、ここに来て広範囲回復魔法を覚えたリゥムの報告を聞き、間違いなく《鮮血の牙》の有能性はアピール出来るだろう。

 それでも、何処かで《超越級》冒険者と同じ位の活躍を見せないといけないだろう。


(どちらにせよ、まずは《超越級》のお手並みを拝見して、出方を伺うかな)


 カルラは《超越級》の実力を測りつつ一旦は様子見をメンバーに提案した。

 するとカルラに全幅の信頼を寄せているメンバー全員がこれを承諾。


「ありがとう、皆。とりあえず、ウォーとレイリは絶対に突っ走らない事! 私が合図を送ったら好きに暴れていいからさ」


「おうよ、頼りにしてるぜ、カルラ!」


「私も、カルラの指示が出るまでおとなしくしていよう」


「とにかく、《超越級》に関しては最大限の警戒をするよ! 私が警戒しておくから、他の皆はダンジョンに集中していいからね! 後、ダンジョンアタックに必要なものは私が準備しておくから、当日までは各々好きなように動いて」


『了解!』


「ウォーは私の荷物持ちね!」


「……マジかぁ。リュートと訓練しようと思ったんだけどよぉ」


「うっさい! 荷物持ちは決定!!」


「……あいよ」


(さてと、超越級以外わたしたちもどこかで一度考えの共有をしといた方がいいかも。私の方で予定組み立てておこうっと)


 一度信用できないと思った相手はとことん疑うカルラ。

 念には念を押して、《超越級》以外のメンバーを集めて、極秘裏に《超越級》に対する自分達の考えを共有する事にしたのだった。

 

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