第55話 《ジャパニーズ》、完全復活


 ショウマは拠点への帰り道、足取り重く歩いていた。

 何故なら、ショウマ以外はまだ立ち直っていないからだ。

 リョウコも、チエも、タツオミも、未だ自身の部屋から出ようとしない。

 やはりあのゴブリンの地獄の住処での一件は、日本という平和な国で育った未成年からしたら非常に強烈なものだったのだろう。

 ショウマだってたまに夢に出てきて、全身汗だくで飛び起きる事だってある。

 しかし、単純ながらリョウコと肉体関係を持ってから、悪夢を見る頻度は格段と減った。

 リョウコのおかげで、立ち直れたのだ。


(……最悪、俺一人でダンジョンアタックに参加するか)


 ハリー、ウォーバキン、リュートのおかげで腕前も、位階レベルも以前より遥かに上達した。

 今では本気のハリーとも互角に張り合える。

 ――リュートにおいては瞬殺されてしまうが。

 ウォーバキンも《ステイタス》がなくても戦闘力が凄まじく、気を抜くと負けてしまう場面が多々ある。

 三人のおかげで自身の強さに自信が持てていた。

 が、今回討伐するのは悪名高い《邪悪なる遊戯者》だ。

 正直、自身一人で相手できるかは全くの未知数。

 不安はある。

 けれども、やるしかない。


 現状ショウマ一人で生活費を稼いでいる。

 今回のダンジョンアタックも、相当な報酬だから受けたようなものだ。

 

(今、俺が皆を支えないと)


 リョウコ以外とはまともな会話が出来ていない。

 そんなリョウコも冒険者関係の話はしたがらず、ただ体を求めては他愛のない話をしているだけだった。


 色々考えていたら、いつの間にか拠点の扉の前まで来ていた。

 ショウマはいつも通り扉を開けると、目の前のリビングには何とタツオミ、チエ、リョウコが座っていた。

 

「えっ」


 ショウマが驚いた声を上げると、タツオミが立ち上がり勢いよく頭を下げた。


「ごめん翔真! 今まで苦労を掛けた」


「た、達臣。もう大丈夫なのか?」


「……正直、まだ辛いよ。でもさ――」


 タツオミは頭を上げ、ショウマを見つめる。

 光が宿り、強い眼差しで。


「お前が頑張ってる姿を見て、僕もこうしちゃいられないって思ったからさ。頑張ってみた」


 タツオミは苦笑する。

 唇が若干震えている。

 まだ恐怖心が残っているのだろう。

 だが、眼には強さが宿っている。


(……うん、大丈夫そうだな)


 そしてチエが続く。


「翔真、一人で頑張らせてごめんなさい」


「いいよ。あの日の出来事は、本当強烈過ぎたからな、俺達にとっては」


「うん……。でも、頑張るから」


「無理はするな。命を大事に、だからな?」


「うん」


 チエが微笑む。

 こっちも大丈夫そうかな?


 最後にリョウコ。

 リョウコに関してはまだ顔色が悪い。

 地球風で言うと、PDSDなのかもしれない。

 心の傷を、性的快楽によって和らげていたのだから。


「わ、私……正直今でも、外に出るの、怖いよ」


「うん」


「で、でも……ね。しょ、翔真一人、行かせるの、嫌なの」


「っ」


「私も、一緒に、行く、から」


 自身の程良く膨らんだ胸の前で握りしめている手は、震えていた。

 目は今にも涙が溢れそうだった。

 メンバーの中で一番傷ついているのは、間違いなくリョウコだ。

 だが、彼女は頑張っている。

 ただ、ショウマの為に。


 じわりと滲む涙を指で拭い、強い眼差しでショウマを見る。


「私は、絶対に、翔真と行く!」


「涼子……」


「もう、大丈夫だから!」


(……全員、大丈夫そうだな)


「よし、じゃあ三日後の依頼について話す! 皆、ちゃんと聞いてくれ!」


「「「うん!」」」


 そして、ショウマは皆に打合せをした内容を伝える。

 すると――


「「「翔真一人で行ってきて」」」


「おおおおおい!!!」


 なんて冗談を交わせるようになった。

 

 うん、もう大丈夫だ。

《ジャパニーズ》は、三日後の依頼までは魔物との戦闘でなまった戦闘の勘を取り戻す為に注力する。

 勿論、ダンジョンアタックの準備も進めるが、情報収集と準備は非戦闘員のタツオミが行い、リョウコとチエは夜になるまで戦闘訓練をする形になった。

 そこでハリーとウォーバキンに協力してもらい、三パーティによる乱戦を行ったりして、何とか戦闘の勘を取り戻す事に成功した。

 位階レベルはショウマより低いものの、前線に出るタイプの二人ではないので何とかなるだろう。


 三日は、あっという間に過ぎていく。


 実は前日の夜、ショウマとタツオミは二人きりになる機会があり、タツオミからこんな会話の切り出し方をされた。


「……千絵と、関係を持った」


「ぶっ!!??」


 飲んでいたコーヒーを、思いっきり噴き出すショウマ。


「えっ、何で――」


「お前と涼子のせいだけど?」


「っ!! 気付いて――」


「あんなに毎晩毎晩大きな声であんあんやられてたら、嫌でも気付くよ」


 ……聞かれていたようだ。


「それで千絵から相談されたんだ。『流石に毎晩あんなの聞かされたら悶々とする』って」


「ぅぅぅ」

 

 ショウマは滅茶苦茶恥ずかしくなった。

 今すぐ自分の部屋に戻って布団に潜りたい。

 いや、部屋に戻ったらリョウコとまたするであろう。

 恥ずかしがっているショウマを放っておいて、タツオミがそのまま続ける。


「それに、涼子があんな風になっているのは、あの事から逃げる為だって。千絵もやっぱり引きずっているから、それで忘れられるなら忘れたいって」


「……そっか。こっちと同じ理由か」


「まあね」


 タツオミは、本当の事を一つ隠した。

 それは、チエにその場で告白された事だった。

 正直タツオミは今までチエを恋愛対象として見ていなかった。

 だが、色っぽく関係を迫るチエを見て、初めて異性として認識したのだった。

 気が付いたらタツオミは本能的にチエを受け入れていた。

 ただ、リョウコと違ってチエは声を必死に押し殺していたようだが。


「ま、僕達はお前達と違って声は抑えているから、安心して」


「その気遣いが安心出来ねぇよ!!」


「ははは。でも、まぁ。余計死ねなくなったね」


「――ああ。絶対に生き残ろうぜ」


「うん。僕が一番死ぬ可能性が高いしね」


「……そうだな」


「ま、僕は僕で死なないように立ち回るよ」


「頼むぜ、司令塔」


「任せてくれ」


 ショウマとタツオミは、互いの拳をこつんと軽くぶつけ、決意を新たにしてダンジョンアタックに挑むのだった。

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