第54話 《黄金の道》メンバーの不穏な会話


《黄金の道》リーダーのラファエルは、不満を抱えつつメンバーが待つ宿への帰り道で溜息を付いていた。

 正直、《超越級》以外のパーティが悪い訳ではない、全てはこんな人選をした冒険者ギルドが悪いのだ。

 わかってはいる、わかっているのだが……。

 仕事を受けた以上、一時的とはいえ仲間となる。

 それ故に《ステイタス》を持っていない冒険者に安心して背中を任せられる訳がなく、不安が募る。

 今から依頼をキャンセルしてもいいかと思ったが、せっかく高くなった名声が下がる恐れがある。

 

 冒険者にとっては名声も非常に大事で、名声次第で指名依頼の増減が決まる。

 今回の依頼をキャンセルしたとなったら、大なり小なり評判にダメージが来るだろう。

 今、《黄金の道》は乗りに乗っている。

 この勢いを殺す訳にはいかない。


(しかし、他のメンバーに何て言われるかなぁ)


 きっと少なからず文句は言われるだろう。

 それもリーダーの仕事だと思うが、どのような罵詈雑言が来るかわからないから憂鬱で仕方ない。

 

「まっ、なるようになれ、だな」









「おいおいリーダー、そりゃないっしょ!」


《黄金の道》のアタッカーである、女性ながら筋肉質の《キンバリー》が、額に血管を浮かべて激怒していた。


「あたしらは《超越級》以下の奴らのお守りをしないといけねぇんかい!?」


 男性さながらの巨体と筋肉の量が関係しているのか定かではないが、キンバリーはガラス窓が振動しそうな程の声量でラファエルに怒りをぶつける。


「超常的存在はさぁ、《ステイタス》がないと確実に殺されるって言われる程の存在なんだよ!? それがなんだい!! 蓋を開けてみりゃ《超越級》は半分しかいないし、《ステイタス》を持ってないパーティが一つとソロ一人って、意味不明過ぎないかい!」


「キンバリー、少し声量を落としてくれ」


「無理に決まってるだろう!! ちょっとギルマスの顔面ぶっ叩いてくる!!」


「静まれ、キンバリー」


 怒れるキンバリーを静止させたのは、副リーダーの《ゴーシュ》だ。

 前髪を中央で左右に分けた長い金髪をしており、一目で理知的な性格をしているというのがわかる容姿をしていた。

 

「ラファエルも本当は断りたかったのだろう。だが、今の俺達は勢いがある。依頼を断って、勢いを殺したくないという苦渋の決断だったんだと思う」


「わかってるけどさぁ、副リーダー! あたしらだってタマ張るんだよ、文句の一つや二つ、言ってもいいだろう!?」


「文句を言っても現実は変わらん。なら、どうするかを話し合うのが今一番大事な事だろう」


「……くそっ」


「気持ちはわかる。俺達の代わりに怒ってくれて感謝する」


「おう」


 ゴーシュのおかげで、この場は話し合える雰囲気になった。

 が、メンバー全員から不満があるぞというオーラは駄々洩れである。

 一言余計な事を言ったら、下手すると不満が爆発して依頼どころじゃなくなるかもしれない。

 ラファエルは慎重に言葉を選んで発言する。


「とにかく、今回の討伐対象は《邪悪なる遊戯者》だぜ。きっと奴の事だ、性格が悪いダンジョンになっていると思う。出発は三日後の朝だから、各自入念に準備をしてくれ」


「……相当な曲者なんだろうな、きっと」


「ああゴーシュ、絶対にそうだろうよ」


「わかった。最大四日程ダンジョンアタックすると想定して準備を進めよう」


「頼んだぜ。何か質問はあるか?」


 ラファエルの問いに一人のメンバーが手を挙げる。

《黄金の道》のサポーターである《トリッシュ》だ。


「一応確認しておきたいのですが、《超越級》以外の冒険者がどのような人物だったかだけでも聞きたいです」


「まぁ、リーダーしかいかなったけど、オレの所感でいいなら言うぜ」


 ラファエル曰く、

竜槍穿りゅうそうせん》のハリーは、《ステイタス》を得たばかりでも力に振り回されておらず、非常に腕が立つ印象を受けた。

《ジャパニーズ》のショウマは流れ者の為、ユニークスキルに期待できる。

《鮮血の牙》のウォーバキンは、《ステイタス》を持っておらず、ラファエルの印象にはほとんど残っていない。

 そして《孤高の銀閃》と呼ばれるソロのリュート。

 彼の中では恐ろしく、不自然な程に印象が残っていない。


「不自然な位に印象が、残っていないのですか? どういう事です?」


 トリッシュが首を傾げて訊ねる。


「ウォーバキンは強者の雰囲気がなかったから印象がないんだけど、リュートにおいては不気味な程なんだ」


「……余計わかりませんが」


「何ていえばいいんだ? なんっつぅか、こう、その場に溶け込み過ぎていて、全く目立ってなかったんだ」


「え、何でですか」


「わかんねぇ。実際あいつは自己紹介以外は発言は一切してねぇ。存在感が薄すぎたんだ」


 ラファエルの感想に、いまいち納得が出来ない《黄金の道》メンバー。

 何故その時リュートの存在感が薄かったのかというと、《超越級》から値踏みされているような視線に不快感を感じ、森の中で気配を消している時のように周囲に溶け込み、存在感を消したのだった。

 それ故に、ラファエル含め、他の《超越級》にも印象が全く残っていなかった。


「とにかく、オレの見立てじゃ使えるのは《ステイタス》持ちだけだな」


「わかりました。ありがとうございます」


 この言葉を聞いて、トリッシュは頭を下げて礼をする。

 が、トリッシュの表情には少しの不安が現れていた。

 それを見逃さなかったのが、斥候で小柄な男の《バーツ》だ。

 バーツは一瞬考えるような仕草をした後、手を挙げる。


「バーツ、何かあるか?」


「ええ、あっしの場合は質問というより、提案なんですがね」


「提案?」


「ええ。恐らくですが、《ステイタス》を持ってない《鮮血の牙》と《孤高の銀閃》が足を引っ張るのは目に見えてますでしょう?」


「……だな」


「そんな奴等に構ってたら、あっしらだって無事じゃないでしょう」


「……」


「でしたら、いざと言う時は、足手纏いを囮に使いましょう」


「……てめぇ、自分で何言ってるのかわかってるのか?」


 バーツの提案に、ラファエルは驚愕した後に怒りの表情を向けた。


「ええ、わかってますとも。こんな非人道的な提案、リーダーも思う所はあるでしょう。ですが考えてみてくだせぇ、そいつらのせいであっしらの誰かが死ぬのだったら、まだ若手に退場してもらった方がいいじゃありませんか?」


「確かにオレ達の被害は少なくなるだろうよ。だが、オレ達の評判が落ちる行為だぞ」


「そこは上手くやるしかありません。あっしは聖人君子じゃございません、あっしが最優先で考えるのは自分の事とこのパーティの事。他がどうなろうが知ったこっちゃありませんぜ」


「……」


 非人道的な行為である事は間違いない。

 だが、そこまで交流が深い面子ではない他パーティがどうなろうが、正直言えば構いやしない。

 バーツは自身と《黄金の道》を優先した上での提案なのだろう。

 内心、悪くないと思ってしまっていたラファエルだった。

 そこにゴーシュが発言をする。


「ラファエル、俺はバーツの提案に賛成だ」


「おい、ゴーシュ」


「俺達は《超越級》になってから、かなり良い生活を送れるようになっている。だから、足手纏いのせいでこの生活が壊れるのは許せないし許されない」


 元々貧乏な集落で育ってここまでのし上がったゴーシュは、格下のしくじりで死ぬなんて真っ平御免だった。

 ならば、しくじって巻き込まれる前に切り捨ててしまえばいい。

 ゴーシュはそういう結論に至った。


「隊長はお前になったんだろう?」


「ああ、オレになったぜ」


「……なら、ある程度の裁量は出来る筈だ。キンバリーも、トリッシュも、どうやら同じ意見みたいだ」


 ゴーシュに言われてラファエルはメンバーの表情を確認する。

 すると、メンバー全員が同意しているような表情をしている。


(ちっ、残るはオレ、か)


 ラファエルは一度溜息を付いた後、メンバーに宣言する。


「よし、俺達 《黄金の道》は、俺達の身を最優先として行動する!」


「……了解した」


 ラファエルは「格下を囮にする」と明言するのは避けた。

 だが、この発言は実質格下を囮にするとほぼ同じ意味でもあった。

 地獄の片道切符を購入してしまったような気分になったが、他の連中より自分のパーティメンバーの方が大事だ。

 

(俺達は絶対、何が何でも生き残ってやる)


 ラファエルは、そう決意したのだった。

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