第48話 田舎者弓使いの一日 其の一


 リュートの朝は早い。

 時間にして朝の四刻に決まって起床する。

 寝起きはよく、起きてすぐに意識が覚醒するのだ。

 寝間着から動きやすい服に着替え、弓と先端が丸まっている練習用の木の矢を矢筒に入れて、それを背負って宿を出る。

 そして王都の中心にある城の門を守っている王国兵士にいつも通りに挨拶をする。


「おっ、リュート。いつもの訓練か?」


「んだ。ちょっと外周走らせてもらうだよ」


「あいよ! いってらっしゃい」


 もはや王国兵士にとっては風物詩でもある。

 リュートは毎朝決まって、城壁に沿うように走り込みをしている。

 王都内部にある城の城壁の外周は、普通に歩くと約二じかんと言われており、その距離を走っているのだ。

 しかも、走るペースは全力ダッシュより抑えてるんじゃないかという程度だ。

 リュートは弓と矢筒を背負ったまま、その速さで走り出した。


「……毎回思うけど、よくあのペースで走れるよ、リュートの奴」


「それな」


 門番二人はリュートの走り込みの速さを見て、感心半分呆れ半分で呟く。

 

 さて、リュートが何故このような訓練をしているかと言うと、生まれ育った村と王都の環境があまりにも違うからだ。

 村にいる時はただひたすら狩りを行っており、森の中を常に動き回っていたのでそういった訓練は必要なかった。

 しかしいくら依頼を受けているからと言っても、王都に来てからは村にいた頃より運動量が減っているのを自覚したのだ。

 そこで、リュートは毎朝このように走り込んでいる。

 おかげで体力が村にいた時より増しているのを実感している。


 歩いて二刻かかる距離を約半刻を切る速さで走り切ったリュートは、全身汗だくで息も相当切れていた。

 そのまま宿屋に戻った後、宿屋の裏側にある空地に生えた木目掛けて矢を射る。

 ただ闇雲に矢を放っている訳ではない。

 一射一射、疲れている状態で矢を放った時、どういう感覚の時がだめだったのかを覚えようとしていた。

 そうする事で、疲労時の弓の命中精度を上げていくという訓練だ。

 こちらも成果が出始めており、どんなに疲れていても体調万全時と変わらない命中精度になってきていた。

 これなら疲労していても精度は下がらないという確信を得られ、リュートの中では満足のいく成果だった。


 約半刻特訓をした後、宿屋の裏庭に戻り、上半身を脱いで手拭いを井戸の水で濡らし、上半身の汗を拭きとる。

 魔境の素材で作られた恐ろしい反発力を持っている弓の弦を弾き続けているリュートの上半身は、非常に良く引き締まっていた。

 リュートだけしか弾けない弓は、リュートの上半身をまるで「自分だけでしか射る事が出来ない肉体を作り上げた」かと思う位、見事な肉体をしていた。

 

(……今日もめちゃくちゃ視線を感じるだよ。そんなにオラの裸さみてぇだか?)

 そしてリュートが身体を拭いている時、決まって視線を感じる。

 宿屋に泊まっている女性陣の視線だ。

 ある者はよだれを垂らし、ある者はただただ見惚れ、ある者は自――妄想の世界に浸っていた。

 それ位リュートの上半身は魅力的なのだ。


「お前さんのおかげで、うちの売り上げは爆上がりさ!!」


 とは、宿屋のおかみさんだ。

 何故自分がいるだけで売り上げが爆上がりしているのか、リュートには理解できなかった。

 この男、自分の容姿と魅力に全くの無自覚である。


 身体を拭き終わった後、リュートは宿屋で朝食を済ませ、冒険者ギルドへ足を運ぶ。

 冒険者ギルドは昼夜問わず開いている。

 だが、基本的に冒険者は朝は寝ている人種なので、リュートが立ち寄る時間帯は受付嬢のみである。

 リュートは依頼が貼り出されている掲示板を必ず見る。

 大体まず受ける依頼は、王都内のドブ掃除だ。

 次いで薬草採取。後はあまった時間でこなせる依頼を受けるのだ。

 ドブ掃除と薬草採取は、はっきり言って報酬も経験点もかなり不味く、新人でも受けたがらない。

 だが、リュートは新人時代から積極的にこの二つの依頼は受けていた。


(ん? 今日はゴブリン退治があるな)


 多人数協力依頼レイドの時にゴブリンの脅威を目の当たりにし、リュートは積極的にゴブリン退治は行っていた。

 その努力が実ってか、最近は集落コロニーが形成されるまでには至っていないようだ。

 

(今日の依頼は、ドブ掃除と薬草採取とゴブリン退治だな)


 掲示板から三つの依頼をはがし、受付嬢の元へ持っていく。


「おはようございます、リュート様」


 彼女の名はフィーナ。

 基本的にリュートの相手は彼女が行っている。

 他の受付嬢だと、リュートの顔をじっと見つめて固まってしまうので、手早く依頼の手続きをしてくれないと、リュートにしては珍しくギルドへ苦情を入れたからだ。

 そこでフィーナに実質リュートの専属受付嬢としての役割が回って来た。

 しかし、彼女の内心はと言うと――


(あぁぁぁぁ、リュート様は今日も素敵だわぁぁ!! 落ち着け、おおおおおお落ち着け私!! 私も取り乱したら、こんな幸せな専属をクビにされちゃう!!)


 リュートにぞっこんだった。

 にやけてしまいそうな顔に、何とか美しいビジネスライクなスマイルを張り付けて、リュートの対応をする。

 一度深呼吸をし、依頼の処理をしていく。


「はい、承りました。ドブ掃除は今からでも行けますし、薬草採取は夜七刻までに終わらせてください。ゴブリン退治は、早急にとの事で御座います」


「わかっただ。いつも素早い手続き、ありがとぉな」


 リュートのあまりにも破壊力がある爽やかな笑顔に、一瞬フィーナの心臓が止まりかける。

 鋼の精神で何とか意識を失うのを堪え、そして踏みとどまり、去っていくリュートを見送るのだった。


「……ぷはぁ!! あっぶないわ、あの笑顔に殺されるところだったわ!!」


 息切れを起こしながら、何とか耐えきるフィーナ。

 流石プロである。

 すると、同僚の受付嬢が後ろから声を掛けてきた。


「お疲れフィーナ。あんた、本当良く理性保って仕事出来るわね」


「……結構いっぱいいっぱいだけどね」


「それで不思議なんだけど、リュート様は何でドブ掃除と薬草採取を未だにしてるの?」


「ああ、それはね――」


 フィーナは受付嬢の疑問に答える。

 過去に彼女も同様の質問を、リュート本人にしたからだ。


 リュート曰く、誰も依頼を受けたがらない仕事をする事によって自分を売り、指名依頼を増やす為だという。

 通常の依頼より、指名依頼の方が経験点が高く、最速で昇格を目指しているリュートにとっては近道の一つなのだ。

 実際ドブ掃除を手伝うようになってから、ドブ掃除の依頼主のパン屋のおばちゃんと薬師のおばあちゃんからの指名依頼が頻繁に入るようになり、他の冒険者より圧倒的に指名依頼の量が多いのだ。

 こうした地道な営業活動のおかげで、史上最速の銀等級昇格を果たす事が出来たのだ。


「……凄いわね、リュート様」


「本当凄いわよ。あんなにイケメンなのに仕事も出来て、そんな事を考えてお仕事されるのだから、優良物件過ぎるわ……」


「フィーナ、には負けないわよ!」


「あら、ならまずはリュート様専属を勝ち取らないといけないのではなくて?」


「くっ、自分が優位だからって見下しやがって……!」


 競争。

 それは、誰がリュートと親密な関係になれるかというものだ。

 受付嬢は全員リュートを狙っている。

 いや、本気でリュートに恋をしている。

 しかし彼を狙うライバルは非常に多い。

 受付嬢のみならず、大多数の女性冒険者もリュートと添い遂げたいと考えている。

 更に、王都の中でもリュートの美貌は知れ渡っており、若い女性は皆リュートを狙っている。

 今の所、一番リュートの信頼を得ているのは、間違いなくフィーナであった。


 リュートが去ったギルド内で、フィーナの高笑いが響き渡った。










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〇リュートの女難(現時点最新版)

 リュートの美貌にやられてしまった女性は非常に多い。

 そしてライバルが非常に多い。

 どうにかして彼を篭絡しようと、あの手この手を使おうとするが、大体がライバル達の抗争に発展する。

 時には刃傷沙汰にまで発展しており、王国兵士達は「リュートを追い出さないと婚期も逃すし、王都内で戦争が起きる」とまで囁かれている。

 恐ろしいのはこれらが全てリュート本人の与り知らぬ所で起きている事だ。

 リュートは密かに「非常に好青年だが、超要注意人物」として、密かに王国兵士からマークされているのも知らない。

 今はライバル同士で潰し合っているからいいものの、その内抗争を上手くすり抜けて、リュートに直接接触してくる猛者も現れるかもしれない。

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