第49話 田舎者弓使いの一日 其の二
リュートは早速いつものドブ掃除を依頼してくるパン屋のおばちゃんの元へ向かう。
「おばちゃん、今回もオラが来ただよ」
パン屋の裏戸を叩くと、四十代半ばの恰幅の良い中年女性が扉を開ける。
「あら、リュートちゃん! いつもありがとうねぇ」
リュートの姿を見た途端、柔らかい笑みを浮かべてリュートを迎え入れる。
そして手に持っていた王都の地図をリュートに見せながら――
「今日は西区のここのドブをお願いしたいの。いいかしら?」
「ええだよ。お昼辺りからゴブリンを倒さなくちゃいけねぇから、今日は掃除距離の延長は無しで頼むだ」
「わかったわ。でも他の冒険者は全くやってくれなくて、本当困っているわぁ。だからリュートちゃんがやってくれて本当助かってるの!」
「気にしねぇでけろ。オラもおばちゃんから一杯指名依頼貰ってるから、ちょっとした恩返しだべよ」
「ふふふ、これからもお願いね?」
「こちらこそだよ」
そして手慣れた様子で裏戸付近にある物置からシャベルとバケツを手に取り、指定された場所へ向かう。
リュートは既にこのドブ掃除を通じて、老若男女問わずに知れ渡っている。
銀等級という高い位の冒険者にも関わらず、王都の為にドブ掃除を良くしてくれる良き冒険者、と。
そのおかげで、他の王都民からもリュートに対して指名依頼が集中していて、リュートの思惑通りに事が運んでいた。
臭い匂いを放つドブ底に沈殿したヘドロをシャベルで掬い上げ、バケツに放り込んでいく。
ヘドロがバケツ一杯になったら、各区の指定された汚物廃棄場までバケツを運んで中身を捨てる。
これを時間が許す限り繰り返す。
他の箇所は別の王都民が作業をしていて、全てをリュートに任せている訳ではない。
しかし、王都内でドブ掃除を引き受けてくれる者は非常に少なく、冒険者にも依頼を出しているがリュート以外は受けない状態だ。
そりゃそうだ、地味だし何気に肉体労働で非常に身体的に辛い。
誰も好き好んでやる仕事ではない。
そんな変わり者のリュートは既に何回もこの作業をしている為、非常に手際がいい。
さくさくとヘドロを排除していき、太陽が丁度頭上まで昇って来た頃には、リュートが担当している箇所の掃除は完了したのだった。
王都民からのリュートの評判はすこぶる良く、
「冒険者ってほとんどが荒くれ者ってイメージだったけど、リュートちゃんは違うねぇ」
「もう一人の孫が出来た気分だわい」
「銀等級冒険者なのに誰も見下さず、こんな汚れ仕事すらやってくれるんだ。本当ありがたいよ」
「うちに婿に来てもらいたいねぇ」
「いや、うちに来るのがふさわしいだろ!?」
「いやいや、うちだって!!」
と、リュートが知らぬ所でいつの間にか婿戦争が起きていた。
リュートは掃除が完了したら道具を持って、パン屋へと向かう。
物置に道具を置いて、また裏戸をノックする。
「おばちゃん、終わっただよ」
「相変わらず早いわねぇ! 今確認しに行くから、待ってる間これでも食べてて?」
そしていつものようにクロワッサンとオレンジジュースを渡され、おばちゃんが掃除の出来を確認しに行く間ご馳走になる。
朝食を済ませたとはいえ、これだけ身体を動かしていると軽く腹が減るから有難い差し入れだ。
(うん、今日もおばちゃんのクロワッサンはうめぇだよ)
しばらくするとおばちゃんが満面の笑みで戻ってきた。
「うん、いい仕事だったわぁ! はい、仕事完了の札よ」
「ありがとお」
「こちらこそありがとう! あっ、後でリュートちゃんに仕事お願いしていいかしら?」
「んん、確か今の所指名依頼はねぇから大丈夫だけんど、急ぎ?」
「そうね、なるべくは早くやってほしいわ」
「ならいつも通り、受付嬢に仕事出してくんろ。受付嬢がオラのスケジュールに合わせてやってくれっから」
「わかったわ。リュートちゃんは完璧な仕事だから助かってるわぁ」
「オラも指名依頼してくれっから、すっげぇ助かってるだよ」
「ふふ、リュートちゃんの助けになっているようで、何よりだわ」
こうして、新たな指名依頼を獲得するのだった。
リュートは上機嫌で次の依頼場所へと向かう。
今回のゴブリン退治は王都付近の森にゴブリンと遭遇した王都民からの依頼だ。
規模は不明だが、依頼主は三匹遭遇し、死に物狂いで逃げ帰って来たのだとか。
その為、三匹以上のゴブリンを仕留める必要がある。
四匹目からは一匹仕留める毎に報酬と経験点が上乗せされるので、薬草を摘みつつゴブリンをひたすら狩っていくのが、今日のリュートの午後からの動き方となっていた。
リュートは森に到着すると早速気配を探る。
長年魔境と呼ばれる森で狩りをしていたおかげか、スキル無しで気配を探れるようになった。
意識を常に周囲に配りつつ、薬草を摘んではリュックの中に収納していく。
(……ゴブリン、なかなか遭遇しねぇなぁ)
リュートは普通に歩きながらも、非常に小さな足跡しか立てていない。
これも彼が長年狩りをして編み出した技法で、あまり意識しなくても自然体で出来るようになっていた。
当然足音をゼロにする事は不可能だが、それでも耳の良い魔物がしっかりと耳を澄まさないと聞こえないレベルにまで音を小さくする事が可能になっている。
そして薬草が集まって来た頃、リュートがある気配を察知した。
(ん? 人……か?)
リュートは早速木に登り、人が乗っても大丈夫そうな太い枝から気配がした方向を見つめる。
当然彼自身は気配を自然と同化させているので、相手にこちらが察知される事はない。
すると、ゴブリンが六匹もぞろぞろ徘徊していた。
一匹ホブゴブリンがいるので、あの集団のリーダーは奴に間違いないだろう。
(うっし、さくっと狩っちまうか)
リュートは狩りモードにスイッチを切り替える。
そうする事によって、先程までゴブリンと認識していた物体は、動く木の的に見えてきたのだ。
これで殺気を出す事は無くなった。
リュートは矢を素早く矢筒から取り出し、神業的速さでいつでも射撃出来る準備を整えていた。
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