第44話 田舎者弓使いとの対戦後


 リュートがスポンサーと顔合わせをする、ほんの少し前。

竜槍穿りゅうそうせん》のリーダー、ハリーは医務室で治療を受けていた。


「《嗚呼、麗しの天使様。どうか勇ましいつわものにどうか癒しの息吹をお与えくださいませ》」


竜槍穿りゅうそうせん》の副リーダーのニーナの身体が、金色に輝く。

 そして――


「発動致します。《麗しき癒しの息吹ホーリーヒール》」


 神聖魔法である《麗しき癒しの息吹ホーリーヒール》が発動し、金色の光がハリーを包む。

 矢で射貫かれて風穴が空いてしまった右肩付け根、右足甲が徐々に塞がっていく。

麗しき癒しの息吹ホーリーヒール》は《天界》に住まう超常的存在の力を借りている。

 勇ましく、自身の信念を以て戦う者を麗しいと感じる《戦天使 ラーファイール》の、前衛で戦う者のみに効果がある回復魔法だ。

 ラーファイールは、どうやらハリーの戦いをいたく気に入ったようで、治療効果は非常に高いものであった。

 戦いの内容によって治療効果にムラがあるのがこの魔法の弱点だが、ニーナは絶対に最大効果を得られると確信してこの魔法を放ったのだ。


「……ふぅ、終わりましたわよ?」


 治療を終えたニーナは、額の汗をシルク製のハンカチで丁寧に拭く。

 ハリーの肩に手を添えるが、当の本人の反応は全くない。

 少し心配になって顔を覗き込んでみると、今にも泣きそうなのを必死に堪えているといった形相だった。


「悔しかったのですわね?」


「……ああ」


 当たり前だ。

 一太刀も入れられずに負けてしまった。

 全身全霊を以て相手をしたが、届かなかった。

 一番の屈辱は、弓使いが近接戦に持ち込み、それに敗れてしまったという事実。

 リュートは、様々な策を何重にも仕掛け、《ステイタス》持ちを打ち破るという前代未聞な事をしたのだ。

 悔しくない訳がない。

 

「……ハリー、一言宜しいでしょうか?」


 ハリーは黙って頷いた。


「今日だけ、今日だけは沢山泣いて宜しくてよ? ただし、明日からはしっかり前を向きなさい」


 ハリーが寝ているベッドの端にニーナは腰を下ろし、ハリーの手にそっと触れる。

 

「この世の真理は『結果が全て』。よく頑張ったねとかそんな生温い言葉は、私からは掛けません」


「……」


「私達は《超越級》を目指しているのです。この程度で挫けないでくださいませ?」


「……」


「今日だけは泣いて、弱音を吐いていいです。私が許可をしますから、明日からはしっかり反省を活かして、研鑽してくださいませ」


 そして、ハリーを包み込むように抱擁する。


「どんな事があっても、私は貴方の傍にいるつもりですから。ですから、失望させないでくださいませ?」


「……くっ」


 ニーナの抱擁と言葉に我慢が出来ず、ついに涙が溢れてしまった。

 声を殺し、溢れる悔しさを涙に乗せて、静かに泣く。

竜槍穿りゅうそうせん》は二年間ずっと、夢に向かってメンバー達と頑張って来た。

 仲間と共に毎日研鑽を積み、時には挫折しそうになったが仲間達と一緒に立ち上がった。

 腕もそこら辺の銀等級冒険者の中では群を抜いていると自負していたし、実際に金等級冒険者と何度も試合をして、ほぼ負け無しだったのだ。

 自惚れてはいなかったが、技術に程良い自信は付いていた。

 が、目の前にとんでもない存在が現れた。

 それがリュートだ。

 リュートは弓・狩りに関わる技能に特化した、尖りに尖った冒険者だ。

 しかも、ソロで最速で銅等級まで駆け上がり、そしてついには銀等級にまで届くという才能の持ち主だ。

 

 まだ《ステイタス》を持っていない時でも、五分で勝てるという自信はあったのだが、今思えばそれこそ自惚れだったと確信した。

 そこにいたのは、通常の人間がどれだけ努力しても届く確証が全くない領域に住まう、生身で《超越級》に片足を突っ込んでいる異常者イレギュラーだった。

 故に殺すつもりでリュートに挑んだ。

 全力を出して、勝利を掴む為に。

 が、自慢の剣技は届かなかった。

 傷一つ、汗すらかかせられず、頑張ってようやく鼻息荒くなっている程度しかリュートに迫れなかった。


 自信もプライドも、全て粉々に打ち砕かれた。

 そして、あまりにも開いている技術の差に、絶望した。

 それが悔しくて悔しくて、痛みなんて気にならない程に悔しかった。


 気が付いた時にはニーナの細い腰に腕を回し、力一杯抱き締めて思った事を全て吐き出していた。

 きっと痛かっただろう。

 だが、ニーナは優しい声色で相槌を打って、話を聞いてくれて、その母性でハリーを受け止めてくれていた。

 

(ああ、クソ。惚れた女に泣き顔見られたくなかったのに)


 以前から寄り添ってくれるニーナに惚れていたハリーは、正直今の状態は冷静になってくると恥ずかしいものがあった。

 でも、今だけは、彼女の温もりに甘えさせてもらおう。

 明日からはまた、しっかりしたリーダーに戻るから。

 自分にそう言い聞かせながら、ニーナを抱きしめるのだった。


 ここで、ハリーは大きな勘違いをしていた。

 ニーナは別に副リーダーだから寄り添っているのではない。

 ニーナも、ハリーに恋心を抱いていたのだ。

 しかし彼女も彼女で「リーダー故に甘えられないから副リーダーの私に甘えているだけ、勘違いしてはいけませんわ」と大きな勘違いをしている。

 つまり、両片思いなのだ。

 他のメンバーは二人の恋心なんて、見透かしている。

 そう、彼等の恋模様は他メンバーにとっては、絶好の酒の肴なのである!

 今、この瞬間も、医務室の扉をそっと小さく開き、二人縦に並んで覗き見をしているのである!

竜槍穿りゅうそうせん》の斥候であるエリーは――


(なんでよ! なんで両片思いだって気が付かないのよ!!)


 内心じれったさで突撃したい気持ちで一杯だった。

 そして攻撃魔法使いのヨシュアは――


(二人共奥手だなぁ。ま、傍から見てる分は楽しいけどね)


 二人のじれったさを心から楽しんでいた。

 パーティ内恋愛は、パーティ解散の原因のトップと言われているが、《竜槍穿りゅうそうせん》に関してはそうはならなそうである。

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