第43話 田舎者弓使い、無事銀等級に昇格する


 試合を終えたリュートは、受付嬢に案内されて冒険者ギルドの一室に案内される。

 そこに置かれたふかふかのソファーに座り、用意された紅茶を啜る。

 リュートは王都に来て初めて紅茶を口にしたが、村では味わった事が無い味に感動し、最近は様々な茶を楽しむようになっている。

 受付嬢が用意してくれた紅茶もこれまた美味で、これを飲む為だったら何度も冒険者ギルドに通いたいと思える程だった。

 ギルドに併設されている酒場では残念ながら酒しか置いていないので、女性客ばかりのカフェに気まずさを感じながら通っている。

 

「……ふぅ」


 試合の後の紅茶は、若干の疲労を和らげてくれるような気がして、興奮した身体がようやく緊張を解いたように思える。

 しかし、リュートにとっては反省点が多い試合だった。

 だからこそ、この試合は彼にとって非常に有意義であった。

《ステイタス》を得たばかりのハリーに、ここまで矢を消費させられてしまった。

 つまり、《ステイタス》持ちが複数人いた場合、矢が足りなくなってしまい、リュートは戦力外へとなってしまう。

 そうなると真っ先に殺されるのは、リュートだろう。

 では、対策はどうすればいいか?


 一つ目は、自身も《ステイタス》を得る事。

 ただ《ステイタス》のデメリットは、人外の肉体を手に入れる代わりに、今まで得た技術が大きく狂ってしまう懸念がある。

 リュートの場合、獲物を射る繊細なコントロール、身体操作、気配を消す技術、足音を極力小さくする技術等が、人外になった事で感覚的に大きく狂う可能性があるのだ。

 こういった人種を《技能派》と言うのだが、《技能派》が《ステイタス》を得て技術が失われ、取り戻すのに半年も掛けてしまった事例が実際にある。

 リュートはまさしく《技能派》にカテゴリーされるし、特化しているとなると更なる年月が必要となる懸念もあるのだ。

 よって、リュートの中では《ステイタス》を得る選択肢は排除される。


 二つ目、矢を温存する為に、戦術の幅を広げる。

 恐らくこれしかないとリュートは考えている。

 今回のハリー戦では、矢を多く使って意識をそらして勝利する事が出来た。

 ただ、当てるつもりで矢を放っても回避されてしまって、膝蹴りを食らわしてようやく勝利を得たのだ。

 これは非常にまずい。

 そもそもリュートは対人戦は豊富ではない。

 基本的な相手は魔物で、対人戦はたまに侵入してきた密猟者や盗賊だ。といっても密猟者達も不意打ちで仕留める程度だったので、このように正面向かって対峙し戦うという経験は、二、三度程度しかない。

 圧倒的な対人戦の経験不足による、戦術のなさと決定打のなさが露呈したのだ。


(……さて、どうすっぺかなぁ)


 どうやったら戦術の幅を広げられるか。

 どうやったら決定打を作り出せるか。

 正直、今考えても答えを得る事は出来ないだろう。

 だが、思考を止める事だけはしたくない。

 思考と止めるというのは、自然の中で生きた身としては死ぬ事と同意だ。

 答えは出ないが、常に考えておこう。

 もしかしたら、日々過ごしていく中で発見があるかもしれない。

 

(……んだ、恐らくそれが最善だべ)


 一旦思考を止め、紅茶を飲む。

 脳にも紅茶の味がしみわたるようで、非常に落ち着いた。


「はぁ、うんめぇ」


「お気に召したようでよかったよ」


 話し掛けてきたのは、にこやかな顔をしているナイスミドルなギルド長、ハーレィだ。


「待たせてしまって悪かったね」


「いんや、紅茶さ味わっていたから大丈夫でぇじょうぶだ」


「ふふ、紅茶を気に入って貰えて嬉しいよ」


 ハーレィは向かいのソファにゆっくり腰を掛ける。

 先程のにこやかな笑顔から一変して、真剣な表情になる。


「正直驚いたよ。《ステイタス》がない君が、金等級に相応しい実力を持っているハリーに勝ってしまうとは」


「ありがとぉ。でも、オラにとってはまだまだ課題が多いから、辛勝だったけんどな」


(……無傷で何が辛勝だ。恐らく謙遜でもないから、恐ろしく向上心が高いのだろう。ここまで高過ぎると、この発言は超絶皮肉にしか聞こえんな……)


 普通なら《ステイタス》持ちと普通の人間が対峙した際、五体不満足でも生きていりゃ御の字と言われる程なのに、それを無傷で勝ってしまってこの発言。

 上の等級を目指している冒険者からしたら、皮肉たっぷりな発言である。

 ハーレィは咳払いをして気を取り直し、本題に入る。


「さてリュート。君の試験結果は文句なしの合格だ!」


「っしゃ!」


 勝利したから昇格は確実だと思ってはいたが、最高責任者であるハーレィから改めて昇格を言われたのだ。

 日々依頼をこなしてコツコツと経験点を貯めて昇格を目指してきたリュートにとって、非常に嬉しいものだった。

 次は通常の人間では最高等級となる金等級だ。

《ステイタス》を得るつもりがないリュートにとっては、現段階での最終目標となる。

 ひとまず、そこを目指して少し活動を控えめにし、王国兵士になる為の勉強に注力しようと考えている。

 それまでは全力で依頼をこなしていこうと決意を新たにする。


「では史上最速で銀等級になった君に、証明書を贈ろう」


 ハーレィは丁寧に純銀で出来た冒険者の証である《タグ》を置いた。

 照明によって煌めく傷一つない銀色のタグは、リュートに早く付けろと言わんばかりに、輝きによって主張しているように思えた。

 リュートはゆっくりとタグを手に取り、今までの銅等級を示すタグを外して机に置き、首に銀のタグを付けた。


「おめでとう、これで君も銀等級だ!」


 二ヶ月弱という、短いようだが長く感じた期間。

 全力で駆け抜けてきたリュートの苦労が、報われた瞬間だった。

 そして、冒険者としてはベテランと呼ばれる領域に来れた。

 目頭が熱くなるのを感じるが、まだゴールではない。

 泣きそうになるのを堪え、慢心しないように改めて自身を戒める。


(オラの目標は王国兵士だべ、ここで感動しててどうするだよ!)


 リュートは両頬を叩き、喝を入れてハーレィに顔を向けて礼を言う。

 ハーレィは、心底驚愕した。


(この少年……他の冒険者達は銀等級になれたら喜び叫ぶか感動で泣くのに、感情を抑えて律して表情を引き締めた……。凄いな、こいつは)


 そして同時に期待してしまう。

 今安定を求めている冒険者達の心を引き締めさせ、良い意味で嵐を巻き起こしてくれるのを。


「リュート、これからの君の活躍に期待をする」


「んだ、頑張らせてもらうだよ」


「さて、銀等級になった君に早速やってもらいたい事がある」


「ん? 依頼か?」


「いや違う、君のスポンサーになりたいという方が既にいらっしゃっていてな。試合で疲れている所申し訳ないが、この場で顔合わせをして貰いたい」


「まぁ、その程度なら問題無い


「では早速スポンサー希望の方を呼ぶから、もう少し待っていてくれ」


「んだ」


 ハーレィは席を立って退出した後、リュートは紅茶を楽しんで待つ。

 しばらくすると、ハーレィがスポンサーになってくれる人間を呼んだようだ。

 リュートはそのスポンサーを見た。








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〇銀等級昇格の難しさ

 冒険者の等級で第一の壁と言われているのが、銀等級になる難しさだ。

 まず、銅等級になると、依頼の難易度が一気に膨れ上がる。

 故にその依頼で死亡するか、達成できずに経験点が没収されてしまうのだ。

 その為、鍛錬をさぼってでも銅等級になれた冒険者達は、急に自身の強さも重要になってくる依頼の数々に戸惑ってしまう。

 だからと言って、今まで楽に銅等級にまで昇って来た彼らに「鍛錬をする」という選択肢はなく、どうにかして強い冒険者を引き入れて楽をしようと考える。

 が、優秀な冒険者は優秀な者同士でパーティを結成し、瞬く間に上へ上がっている為、そんな都合よくメンバーを得る事は出来ない。

 そして、銅等級のままくすぶって引退するという冒険者は、相当数の数でいる。

 そんな中、リュートはソロで活動していた為、楽をしようとしている冒険者達の格好の獲物であった。

 が、リュートは実力で優秀な冒険者達を味方に付け、王都で一、二を争うとも言われる美貌で魅了――もとい、味方になった女性冒険者達が、本人の知らぬ間にそういった輩を抑え込んでくれていたのだった。

 今日も努力をしない銅等級冒険者は、有望な冒険者をスカウトする為に時間を浪費していくのだった。


ハーレィ「素直に鍛錬すればいいものを……」



〇リュートが通うカフェの女性客

 茶を嗜む趣味を得たリュートが通うカフェは、リュート以外全て女性である。

 美男子として有名なリュート目的でカフェに通う彼女達は、紅茶を優雅に飲むリュートの姿を見ては胸をときめかせていた。

 カフェの店主 (男)は、リュートが来てから店の売り上げが爆増し、嬉しい悲鳴を上げている。

 ただ、女性店員すらリュートに魅了されており、たまに仕事を放棄して見惚れている為、忙しいのにその都度注意しないといけないという無駄な労働が発生してしまっているのが悩みだ。

 だが随分と懐が潤った為、現在このカフェはリュートのスポンサーに名乗りを上げている。

 そのおかげか、近い将来オーナーのスポンサー発表に感動し、更なる女性客を呼んでてんてこまいになる状態が待っているのだった。

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